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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【1】神谷内香織は自分を知りたい
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「面白いじゃん!」

 みとはちさんが叫んだ。

「何で一人でこんな面白い事やってるのさ、燈花ちゃんは! 抜け駆けはずるいよ!」

 僕も驚いた。それなりに量があるし、時間がかかる作業だったはずだ。取材日の記録を見ても、連休をいっぱいいっぱい使ったことがわかる。

「どうして××県なの? 実家とか?」

 草苅さんが尋ねる。

「はい、父の出身の近くです。といっても、父の実家とは元々ほとんど交流がなくて、今回も親戚のところに泊まったとかいうことではないのです。ただ、父からこの話の断片を聞いたことがあって、面白そうだなと思いましたので」

「へええ……」

 僕は感心してしまった。

「しかし、だ」

 草苅さんが言った。

「これ、特にこの問題提起なんだけどさ、これはつまり都市伝説を考察しようという提案だよね。うちのゼミ的に若干外れるような気が」

「えーいいじゃん面白いし。せっかく燈花ちゃんが持ってきてくれたんだし。だいたいうちのボスの専門だって怪しい系だし。このゼミの存在も都市伝説みたいなもんだし」

 このゼミは都市伝説みたいなもんではなかった。多分。

「あ、いえ、この問題提起は軽く書いてみたものなので……」

 燈花は自信満々のテキストを提出した割には腰が低かった。

「うーん。香織はどう思う?」

 草苅さんが僕に振る。

「僕は、いいんじゃないかと思いますよ。Bは都市伝説ですけど、民話がどう都市伝説っぽいものに繋がるのかを考察しようという話ですから」


 用語法は時代や学派によってそれぞれではあるのだが、伝説というと、民話や昔話と比べると多少の信憑性を持って語られるものであるとされている。実在する人物に関するものであったり、特定の時期が設定されていたりと、少なくとも語る側はそれなりに真実であると思って語るのである。『むかしむかし、あるところに』の昔話とは正反対の特徴だ。

 それが一般的な『伝説』という用語への定義付けであるのだが、そこに『都市』とつけると、意味はややずれてくる。都市伝説は現代、それこそ都市の時代において口承される話だが、信憑性は薄れてくる。登場人物が『友達の友達』とかであることは多いし、語る人々も本心から信じているのではなく、よりゴシップ的に語る。

 とはいえ、語りたい、伝えたいという欲求があるから語るのだ。その点では古典的伝説も現代的都市伝説も、根っこに存在する人間の心としては同じだろう。


「じゃさー、今日は1番をちゃちゃっとまとめて来週2をやるということにしよう。1はあくまで感じ方の問題だし、答えがあるわけじゃないよね。2のほうが謎っぽいし、考える時間が必要だよ。とりあえず私は、対処法があるのが都市伝説っぽいと思う」

 みとはちさんが勝手に始めた。この人は提出されたテキストに対しては躊躇がない。

 燈花がホワイトボードに『対処法』と書いた。達筆だった。

「妖怪系の都市伝説ってその伝播の過程で、だいたい何らかの対処法が付与されることが多いんだよね。そうしないと殺られるから。対処法が付いている方が、情報として価値が出てくるわけで、口に上る事になるんだよね。怖い存在ってだけで語りたくなるけど、それから逃れる方法もあるんだよっていうと、なおさら伝えたくなるし聞きたくなる。口裂け女のポマードみたいな」

 口裂け女。おそらく日本で最も有名かつ歴史的な都市伝説。

 彼女の弱点は『ポマード』だ。ポマードと三回唱えれば、口裂け女が怯むので、その隙に逃げられる。

「ただ、この対処法、バラバラです。A群にはなかった対処法がついているけれど、それを実際に使って退治した話は出てこないし」

 僕は言った。実際バラバラなのである。『ここに来る前にどこにいたか』という質問の他に、犬の鳴き真似をすると追い払える、『キツネキツネキツネ』と唱えると変身が解ける、などなど。

「そこが逆に怪しいとは言えるよね。いかにも後付けっていう感じ。そこが『都市伝説っぽさ』なのかも知れない。口裂け女だって対処法って色々あったよね。ポマードの他にも」

「僕はポマードとべっこう飴しか知らないです」

「ポマードでしょ、べっこう飴でしょ、他にもニンニク、ハゲ、百円玉、犬、リキッド、建物の二階、とか」

 みとはちさんが指折り数えた。

「さすが八恵」

 はるかさんが褒めた。さすがなのか?

「みとはちさん、都市伝説マニアなのですか?」

 燈花が頑張ってホワイトボードを書きながら首を傾げた。口裂け女の対処法を板書する必要はなかった。

「私、実は都市伝説マニアだからさぁ、すぐにウィキペディアで調べられるんだよね」

 みとはちさんがスマホをいじっていた。都市伝説マニアではなかった。ただのすぐ検索する人だった。燈花がホワイトボードに『ウィキペディア』と書いた。書かなくてよかった。

「さすが八恵」

 さすがではなかった。

「あと、AとBの違いですけど、Bでは名前がついてますよね。これってどうですか?」

 僕は話の流れを変えてみた。

「アシキ、ね。まぁ、素直に考えたら悪いと書いて悪しき、だよね。名前が付いている方が都市伝説らしいかどうかは……なんとも言えない気がする」

 みとはちさんの指が、スマホの画面をア・シ・キ、の動きで滑った。

「燈花ちゃん、これ誰か表記について言ってなかったの?」

「はい。聞いてみましたが、みんな話で聞いただけだからなんて書くのかは知らない、と言っていました。『悪』の字を使って悪しきだと思うと言っていた子もいましたが、それもその子がそう思っただけみたいでしたね」

「ああ、それは私読んだ時、忌み言葉の逆みたいなやつかなと思った」

 草苅さんが言う。こくりと頷きながら燈花が板書する。多分彼女も同じことを考えていたのだろう。

 忌み言葉というのは日本的な考え方だ。一番わかりやすいのは、植物のアシだろう。アシは元々漢字で葦だが、音が『悪し』に繋がるので、それを嫌ってヨシと言い換えられることがある。実際、いまでは漢字の葦にもヨシという読み方が辞書に載っている。少々捻ったもので言えば、魚の河豚のフグの音が『不具』に通じるのを嫌って、フクと濁らずに発音する地方があったりする。

 しかし、悪い妖怪に対して逆のことが起きた、つまり、あえて悪い意味に繋がる音を使ったという仮説は、この場合は少々都合が悪い。

「つまり、元はヨシキだったけど、縁起が悪いものを表すために変化して、アシキになったってことですか? ヨシキだと、なんか男の人の名前みたいですけど」

「普通、妖狐は陰の妖怪だから、女なんだよねぇ。仮に男だったとしても、ヨシキっていうのはなんか、現代的な名前すぎて合わないよ。ボーカルとかやってそう。ないない」

 ヨシキはボーカルではない。

 燈花が『トシ』と板書した。そういうことではない。

「むむむ」

 草苅さんの忌み言葉説は怪しくなった。みとはちさんが草苅さんの説を真っ向否定しておきながらなんか隣の草苅さんの腕に絡み始めた。スマホいじってない方の手で撫でている。意に介さない草苅さん。だからそういうのやめろ。燈花が『また始まった』と板書した。するな。


 そんな感じで概ね集中力を欠いた自主ゼミは、『都市伝説っぽさ』をいくつか挙げることに成功するにとどまり、紅茶を飲み終わることには解散となった。ま、2番が本番だしね、とみとはちさんが言った。

「こういう謎っぽいやつはわくわくするよねぇ。でもこれもまた香織っちが解いてしまうのかな?」

 どうも、この人はこのゼミでの議論を、謎かけとして捉えている節がある。というか今回の燈花の問題設定がそういう感じになっているのは、明らかに前回みとはちさんが謎かけ形式で議論をふっかけたからである。燈花は意外に影響されやすいな、と思う。

「まあ、考えてみますけど」

 僕は答えた。


 僕は謎解きというより、説得力の問題だと思う。

 別に正解があるわけでもない。いや、一応あるのだけれど。あったとしても、その正解を確定させることが出来ない、あるいは極めて難しい話なのだ。最も説得力を持つ仮説を提出して、それに対する攻撃を退けられるかどうか、だと僕は捉えている。

 まあ、ある時代に説得力を持ったいかにもな仮説が、後に完全にひっくり返ることもあるのが、面白いところでもあるけれど。


「香織っちには期待しているから」

 前回のみとはちさんの出題した謎を僕がたまたま解いたことで、この人は僕を高く買ってくれているらしい。

 はぁ、と僕は曖昧に答えた。それを横で見ていた()()()の燈花は、微笑んで首を傾げた。やっぱり出題なんだな、と僕は思った。

 彼女はきっと、自分なりの何かを持っているのだ。


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