20
「……はい?」
みとはちさんが窓際に移動して、眼鏡の角度を調整しました。
眼鏡のレンズを反射させて瞳が見えない状態になっているようにしてかっこいいことを言おうとしているようです。
「もしかして眼鏡のレンズを反射させて瞳が見えない状態になっているようにしてかっこいいことを言おうとしてますか」
みとはちさんが眼鏡をいじるのをやめました。
「かっこいいことは言わないから、教えてよ。香織っちが最近大学に来てないのはなぜ?」
「……それは」
「燈花ちゃんはきっと、調べ物をしていて昨日は自主休講だったんでしょう。いま教えてくれた話を考えれば、まさにそれはきっと、香織っちのことなんでしょう。それこそ、その新聞をコピーしに現地に行ってきたとか」
それは、みとはちさんの言うとおりです。
「燈花ちゃんが頑張ってそれを調べているのって、まあ普通に考えれば、香織っちが学校に来なくなったのと関係があるんじゃないかと思うよ」
それも、みとはちさんの言うとおりです。
「ねえ、どうして香織っちは引きこもっているのかな」
みとはちさんが眼鏡のレンズを反射させて瞳が見えない状態になって言いました。
「占い師の私に、教えてくれるかにゃ」
噛みましたねとは、今度は言えませんでした。
*
私はざっくりと事情を説明しました。
もうこの人には全部バレているかもしれませんが、さすがに自分から、ドッペルゲンガーの話や妖狐の話はしませんでした。そこは伏せて、自分が香織を怒らせてしまったこと、その原因は、おそらく、私が彼女の気持ちを何も考えず、何も知ろうとせず、何も知らずに行動したことだったと、極めて抽象的なのですが、そう説明しました。
「特に、私が分かっていなかったのが、わかろうとしていなかったのが、彼女の狼に関する部分だったので、私はそれを知る必要があったのです」
「ははぁ」
みとはちさんは溜息をつきました。
「それで最初の質問に戻るけれど」
みとはちさんは眼鏡を外しました。
伊達だったのでしょうか。
みとはちさんはまた眼鏡をかけました。やっぱりよく見えなかったようです。
「最後に香織っちと話したのはいつ」
「……三週間前、です」
「それは香織っちが学校に来なくなったタイミングだよね」
「そうですね」
「さっきの話だと、香織っちは、燈花ちゃんと喧嘩をして、それで学校に来なくなったんだよね」
「多分、そうだと思います」
「多分?」
「はい」
「多分、なんだね」
「はい」
「それも聞いていないんだ」
みとはちさんが言わんとすることが、少しずつ私にも見えてきました。急に部屋の空気が重くなったように感じます。
「じゃあ香織っちの正体について調べていたのも当然本人は知らないんだ?」
「……知りません」
「香織っちの狼要素についての理解が不足していたことが喧嘩の原因であったというのは、両者で合意した共通認識じゃないんだ」
「……違います」
みとはちさんがもう一度溜息をつきました。
「馬鹿か?」
みとはちさんがそんなことを言うのは、今までに聞いたことがありませんでした。
「まあ喧嘩の内容とかについては、言いたくないなら言わなくても良いんだけれど、だからそこは想像で補ってしまうけれど、燈花ちゃん、君はいみじくも自分で言っているよね。気持ちを考えずに行動したことが問題だったんじゃないの。それなのに、またそうやって、自分なりの勝手な判断で、勝手に行動していないかな」
「大体そもそも土台もともと、狼かどうか云々が分かってなかったから喧嘩になったという燈花ちゃんの解釈が当たっていたとして、それでどうして、調査に出かけることになるのさ。香織っちの正体を正しく言い当てたら仲直りできるなんて思っているならそれはどうかしているよ。いや本当に、これは本当に単純に素直に真っ当に考えてほしいんだけれど、いきなり友達が、お前の中学時代の経験を調査してきたとか言ってきたら普通にどう思う? 嫌じゃない?」
「好きな人のことを知りたくなるの、普通のことだと思うよ。好きな人の故郷に行ってみたくなるのも、普通のことだと思うよ。けれどそれは、一人で勝手にすることじゃないよ。二人で行けばよかったじゃない、旅行で。案内してもらえば良かったじゃない。その街をさ。どうして、一人で行っちゃうかな」
「いや、まあ、調査したとしよう。いいよ。調査した。燈花ちゃんはそういう子だから、調査した。それででもさ、その仮説にしたってさ、私に聞かせるって何さ。いや、楽しかったから良いよ、私は。でもそれを最初に話すべき相手って、私じゃなかったんじゃないかな」
「……だからさ、話すべきだよ。もう3週間も経ってしまった後だとしてもさ。仲直りするのにはそれしかない。結局、核心のところを燈花ちゃんは調べてないじゃない。一番の情報源に当たってないじゃない。だからわかっているんでしょう? 本当の答えは本人から聞くしかないんだ。私達はさ、『一目見れば』の妖狐じゃない。話し合わないと分かんないよ」
ああ。
私は藤木先生の電話での言葉を思い出しました。
神谷内くんのことを知ってあげてほしい。
彼女にはきっと、理解者が必要だ。
それは、別に勝手に彼女のことを調べろと言っているわけではないと、ふと気づきました。いやむしろ、普通にその言葉を、みとはちさんのようなまともな考え方を持って解釈するのなら、それは神谷内香織と話をしてやってほしいという意味にとらえられることに、とらえるべきであることに、私は気づいてしまいました。
「……ありがとうございます、みとはちさん」
私は間違いを繰り返してしまったのだと思いました。金沢まで行ってはしゃいでいた自分が馬鹿みたいに思えてきました。
「ん、行ってきなよ」
みとはちさんは眼鏡を上げました。
「黒で行きなよ」
「は?」
「だってさ、勝負でしょ?」