18
梅雨の気配がしてきた曇天に、いびつな階段を登ります。三階まで登るだけで、もうバテそうです。空気が湿って、じっとりとして、これから夏が思いやられます。
「おや、燈花ちゃん、今日は登校?」
研究室に上がると、今度はみとはち先輩が一人でした。
「私、不登校というわけでは……」
「いやでも、昨日いなかったでしょ? バウジンガー」
「あ、はい……自主休講です」
バウジンガーの『科学技術世界のなかの民俗文化』を読む授業で、これがなかなか面白いのですが、背に腹は代えられませんでした。
「自主休講って、大教室で百人くらいいる授業でやるもんだと思うけどねぇ。まいいけど」
確か履修登録者が5人くらいだったはずです。先生には今度謝っておきましょう。
「みとはちさん」
「ん」
「この間は、ありがとうございました」
私は頭を下げました。
「え、なんだっけ」
「占いの話です」
「ああ、香織っちの下着の色の話」
「下着の色の話ではない」
「今は……白だね」
「詳細をお願いします」
「下着の色の話ではないよ」
確占状態なのですからちゃんと占ってほしいものです。
「ともかくみとはちさんのお陰で先生と話ができました」
「おー、それはよかった。センセーに聞きたいこと聞けた?」
「聞けませんでした」
「あれ」
「だから自主休講していたわけですが」
「サバティカルではなかった」
「それ、地の文でやるんですよ」
こんな感じで。
「そんな感じと言われても、今回は地の文を使えるのは君たち二人だけだからさぁ」
メタいことを言わないでください。
「どうも私ら二人だと話が滑るねえ」
「みとはちさんがメタい話をしすぎるからです」
「それでぇ」
みとはちさんが眼鏡を上げました。
「香織っちのことは大丈夫だった?」
「いえ……私なりに調べてみましたが、仮説止まりです」
「仮説かぁ。下着の柄の話?」
「下着の柄の話ではない」
「じゃあ香織っちが実は狼とか」
え。
「え?」
え?
眼鏡の奥でみとはちさんが笑いました。
「占い師だからね、白か黒かくらい見えてるって」
……。この人何者なんでしょう……。
けれど、私はなんだか、それによって一気に緊張が解けたような気がしました。メタな話ができる人、香織が狼であるというところまで知っている人。そういう存在であれば、自分の仮説を話すことに抵抗がない、そう思えたのです。
「みとはちさん、私の仮説、聞いてもらえますか」