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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【2】稲荷木燈花は貴方が知りたい
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『二十八歳、地方都市の公立中学の女性教師(社会科)が平日に着ていそうな服セット』を脱いで、ベッドに横になります。これベッドはどうやって部屋に入れたんだろうなぁ、という感じのビジネスホテルです。部屋とベッドとわたし。意外と落ち着くんですよねぇ。


 鼠の話について振り返っておこうと思います。

 私は図書館で取ったノートを開きます。

 それはおおよそこういう話でした。

 明治の時代から終戦までの間、金沢城址には陸軍の第七連隊が置かれました。ある夜、城跡の兵舎からもうもうと白い煙が上がり、「七連隊が火事や!」と街は騒ぎになりました。結局、火事そのものはすぐに消し止められたのですが、なぜ火事が起きたのか、街ではもっぱらの噂でした。

 スパイの仕業だ、とか。

 兵隊の教練がつらくて、気がおかしくなった兵隊が火を付けたんだ、とか。

 新聞には陸軍の発表が載っていましたが、「原因は目下調査中」とだけ。

 記者は毎日軍を訪れましたが、来る日も来る日も、「調査中」。

 そんな中、数日がたったとき、街に新しい噂が流れ始めました。

「原因は鼠のしょんべん」、というのです。

 なんでも、兵舎の隅に石灰を入れた袋が積んであったのだそうです。そこを鼠が四六時中駆け回っていたものですから、そのうちに袋が破けて穴が空いていた。さらにそこへ、鼠が小便をし、その水分が石灰と反応し、発熱して、袋や周りの建物に火がついたというのです。

 噂にはもっともらしい設定もついていました。

「司令部のお偉いさんが、警察署長にそう説明していた」というのです。


 この噂を聞きつけた新聞記者は、軍に直接聞いてみました。

「火事の原因はわかりましたか」

「目下、調査中である」

「鼠のせいだと言われていますが」

「石灰が水分と反応するということは、まあ確かに、無いとは言えんだろう」

「では鼠のせいというのが公式発表でよろしいですか」

「いやいや、目下、調査中である」

「いつ調査結果が出るのですか」

「それはわからない。相手は鼠。尋問するのにも時間がかかる」


 最後のはあまりにも取って付けたみたいな落ちですが、これは実は、笑い話として伝わっている伝承なのです。

 というのも、街の人達にも本当の原因はなんとなく分かっていたのです。

 実際は至極単純、兵隊が酒を飲んで、煙草の火の不始末で火事をだしてしまっただけなのです。しかしそれを公表するのは体面が悪い。だから軍は正式には何も発表せず、一方で「鼠の仕業」などという噂を流していたわけです。

 鼠に悪者になってもらう。

 火事そのものが、延焼もせず、大した被害も出なかったからこそできる笑い話ではありますが、つまりは原因となった兵隊さんを責めず、真実を曖昧なままに終わらせてしまう、ということなのでしょう。

 このお話を下敷きにして、この街では不審火の原因はしばしば鼠にされるのだそうです。

 もちろん石灰は水と反応すれば発熱しますし、それが原因で火事が起こるというのも、まあ「ギリギリなくはない線」なのではないでしょうか。化学的にどうなのか今度調べようと思いますが。しかし素人的には「そういうこともあるのかなぁ」と半信半疑ながら思ってしまえるレベルなわけです。

 そこがこの都市伝説の『都合の良さ』『都市伝説的なところ』なのだと私は思います。

 さっき店主のおじさんが言った「鼠のせいかも」というのもそういうことでしょう。生徒の放火だなんて話を大きくしてしまうよりは、もしそうだったとしても本人は反省しているだろうと期待して、犯人探しはせずに「鼠のせい」で埋めてしまえ、ということですね。


 この話が私の記憶にひっかかっていたのは、似ていたからです。

 江ノ島の話、そして都市伝説化した『アシキ』の話。

「便利だから語られた」と香織が断じた二つの話に、似ているように思ったからです。「鼠のせい」が不審火に対する緊張を緩和するキーワードとして便利に用いられていることは、今日まさに目にしたわけですから、この感覚は間違っていないのでしょうか。


 私は例の新聞記事をまた取り出しました。

 この一連の不審火も、すべて「鼠のせい」だったのでしょうか。

 鼠。

 狼。

 火。

 香織と香熾。

 単語を並べて、ぐるぐると回します。

 携帯電話を取り出して、例の写真を眺めます。

 穴のあくほど。

 煙が出そうなほど。

 炎が上がりそうなほど。

 この街に来る前から持っていた手がかりの写真と、この街に来てからわかったこと。その一つ一つを積み上げます。

 この数日、ずっと考えているなぁと私は思います。これまでに、一人の人間のことを、ここまで考え続けたことってあったでしょうか。なんとしても正解しなければ、と私はまた深呼吸をします。神谷内香織のことを考えます。

 穴のあくほど。

 煙が出そうなほど。

 炎が上がりそうなほど。

 写真を眺め続けた先に、私は一つの仮説にたどり着きます。



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