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少し考えを整理するために、気分をかえる必要があると思いましたので、今日は張り切ってやって来ました。香林坊でバスを降りた私は、目的地を目指して脇道に入っていきます。大通りから一本入った狭くも広くもない道ですが、建物と建物の合間の緑が落ち着いた感じです。遊歩道に流れている小さな川が、結構水量があります。小さな広場に俳句用の看板があり、句が書いてありました。
目つむれば若き我あり春の宵虚子
ホワイトボードっぽい看板に手書きの文字なので、定期的に書き換わるのでしょう。さすが文化の街ですね、と思います。虚子って金沢に関係あったでしょうか? 子規と虚子と碧梧桐は松山でしたよね。
さて、目的のお店にたどり着きました。たべてみまっし、と書かれたのれんは、いい感じに日に焼けています。食べてあげようではないですか。
カウンター席だけのこぢんまりとしたお店です。カウンターの中には、ご夫婦でしょうお二人がにこやかに我々を迎え入れてくれます。私は端の席に着きました。卓の上には醤油と書かれた醤油差しがどんと置かれています。そのあまりにもストレートな醤油アピの強さに、これで中身ソースだったら面白いなと思いました。面白くない。
表には店名すら出ていませんでしたが、ここは有名店なのです。食べログとかで。いつもなら行列ができるそうですが今日はタイミングが良かったのか、スムーズに入ることが出来ました。同時に入店した三人組は地元の方のようです。
「海鮮丼」
「じゃあ私も」
「はい海鮮丼二つね、お姉さんは」
「私はすみれ御膳で」
「あ、ちょっと待って、そっかすみれ御膳あったなー」
「それ一番オトクなやつや!」
店主のおじさんがなんか滑らかにお客さんとの会話に入っていますね……。
私も店名を冠した御膳狙いです。このセットには海鮮まんじゅうという練り物が追加できますが、追加するのが定跡だそうです。
「すみれ御膳をお願いします」
私も注文します。
「練り物はつける?」
「はい」
「あの中から一つ選んで」
指差した壁に短冊がたくさん並んでいます。
白子まんじゅう、枝豆(うに入り)、かぼちゃ(うなぎ入り)、たけのこわかめ(甘えび入り)、ほたるいかまんじゅう、のどぐろまんじゅう、里芋(うに、えび入り)、じゃがいも(ホタテ入り)、れんこん(牛タンいり)。
たくさんあるし味が想像できないので選ぶのがかなり難しいです。
「今日のおすすめはほたるいか」
「じゃあ、ほたるいかで」
店の中を見渡すと、他にも色々と壁に貼ってあるものがあります。何か料理の賞らしき賞状や、口コミサイトのランキング一位ステッカーは店の隅っこでよく見えないのに、息子さんと思われるスポーツ選手の記事がでかでかと掲げてあるのが微笑ましいですね。
「今日は大トロの炙り」
店主のおじさんの調理している姿がカウンターなので近いのも良い雰囲気づくりに一役買っているように思います。
「美味しそう!」
「美味しそうじゃないよ美味しいんだよ」
そんな軽口が繰り広げられます。
さて、そろそろ料理が運ばれてきそうかな、というタイミングで、私の隣の空席に、その時の店内の最後の空席に、もう一人お客さんが座りました。
「あれあれ、七尾先生?」
「えふ」
私はむせました。
じゃない。
私はむせた。