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どんな学校にも、七不思議の一つや二つ、あるものである。七つはないこともある。大抵の場合、「七不思議を全て知ると死ぬ」という設定があるため、情報は集約されず、五つくらいまでしかなかったり、逆にどう考えても十を超える不思議があったりする。私は生徒のそういう話を聞くのが好きだったりする。
錦ヶ丘中学校にも、もちろん七不思議があった。
二宮金次郎像が動く、女子トイレの三番目の個室に花子さんがいる、といった定番モノもあれば、朝礼台の下に事故死した生徒が埋葬されている、などという大きく出たものから、秋の体育大会は必ず雨が降る、のような日常ジンクスものまで、枚挙に暇がない。
予想に反して、4月に着任してからこの方、狼の話は少しも聞かない。
私は狼の話を探して生徒たちの間を回っているが、どこにもその尻尾はつかめない。面白い話は出てこない。もう少しなにかあるかと思ったのだけれど。
「羽咋くん、どうしたの」
羽咋渚。二組の男子生徒。旧校舎の三階の廊下から、窓の外をぼんやり眺めている。大人しく、休み時間もあまり遊んでいるのを見かけない。確か部活はテニス部で、そのテニス部なら今まさに、コートで練習しているはずだが。羽咋はばつの悪そうな顔をする。
「……別に」
「サボり?」
「……」
「サボりはいけないなぁ」
羽咋は答えない。かと言ってここから逃げ出そうともしないで、押し黙っている。夕日が古い廊下を染め上げて、変声期の野球部の掛け声が遠くに聞こえる。
「まあ、そういう時もあるよね」
「え」
「先生もほら、サボってるし」
羽咋は怪訝な顔をする。
「大人もサボりたくなるものだよ。職員会議、抜けてきちゃった」
「いいの、それ」
「駄目かなぁ」
駄目だろうな。
「羽咋くんは、どうしてここでサボってるの」
「……人、来ないし」
旧校舎は資料館かわりに使われて、無料で開放されている。玄関のところの事務室にボランティアの職員がいるものの、そこの目さえ盗んで入ってしまえば、この時間には無人だ。
「先生も?」
「それもあるけど、ここで幽霊が出るって聞いたから」
錦ヶ丘中学校七不思議の一つ、旧校舎の三階に夕方現れる幽霊。それはかつてそこで死んだ少年の霊だという。
雑な話だった。
「ああ、それ」
「羽咋くんは怖くないんだ、幽霊」
「信じてないもの」
その声に強がりの響きはなかった。もっとも、七不思議を語る生徒たちも本気で幽霊の存在を信じているというばかりでもないだろうが、わかっていても怖いというのが人間だろう。
「あんまり幽霊とか、興味ない?」
「……先生こそ、幽霊なんか信じてるの」
「信じてはいないけど、興味はあるよ」
「へんなの。学校の先生なのに」
「学校の先生だからだよ。幽霊って、多分だけど、いないでしょう?」
羽咋はまた、怪訝な顔をする。
「大人だから、先生だから、多分いないだろうなってわかっちゃう。きっと羽咋くんもそうだよね。大人っぽいもの」
「……」
羽咋は確かに、大人びているがゆえに悩んでしまう、そういう生徒のように見えた。表情は変えずに、けれど微かに彼は、恥ずかしそうに身じろぎした。
「それなのに、幽霊の話ってすごく流行るでしょう。クラスの子たちもよく喋っているでしょう? だから面白いなって。存在しないものが、みんなの話題にこんなにずっとなるなんて」
それは実際、子供向けの方便でもなんでもなく、私の本心だった。
どんな学校にも、七不思議の一つや二つ、あるものである。
なぜか。
大人になった私には、二宮金次郎が動いたりしないことなど、わかりきったことである。
それではなぜ、七不思議の中では二宮金次郎は必ず動くのか。
「噂、流したからだよ」
ぽつりと羽咋が言った。
「え?」
「幽霊の噂を流したの、俺の兄ちゃんだから」
「え」
「兄ちゃんもサボりたかったんだって」
羽咋の兄はここの卒業生だという。去年卒業したそうだから私は面識がない。
「お前が幽霊を引き継いでくれって、言われた。だからここでサボってる」
「幽霊の、引き継ぎ」
羽咋が、ほらと言いたげに窓の外に目を戻す。
……なるほど。
この廊下に立っていれば、ちょうど夕日があたって、校庭から見れば人影だけが見えることだろう。こんな時間に旧校舎の三階に生徒がいるはずがない。それを遠目に見て、幽霊だと言わせる。
そうして他の生徒をこの廊下から遠ざけて、自分は部活をサボって黄昏れているというわけか。
「でも人が死んだのはホントらしいよ」
幽霊少年はふと言った。
「火事で死んだんだって」