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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【1】神谷内香織は自分を知りたい
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 藤木ゼミ 自主ゼミ

 担当 学部三年 稲荷木燈花

 二〇××年五月十一日


 ××地域における妖狐伝承について


 今回の自主ゼミでは、××地方における妖狐伝承について扱いたい。担当者は今年五月初頭、××県××において当該伝承の収集を行った。

 ××における妖狐伝承は、その時代設定が比較的新しいことからして、背景には江戸時代に流行した玉藻御前伝説があるものと思われる。オサキや管狐のような、「人に憑く」、「家に憑く」というものではなく、あくまでこの妖狐の特定個体についての物語であるという点も、この推定を裏付けるだろう。

 また、今回議論の題材としたい興味深い点であるが、この妖狐伝説の変形したものは現代においても現地の小中学生の間で語られており、いささか都市伝説にも近い様相を見せる。(といっても、××郡は小さな集落の点在する土地であり、『都市』とは程遠いのだが)

 以下、地域の高齢者に取材したA群と、小中学生に取材したB群にわけて紹介する。



 資料A1


 語り手 七十代 女性

 取材日 二〇××年五月一日


 ※資料中の方言は共通語に適宜置き換えた。


 昔々、このあたりの山には一匹の九尾の狐がいた。この狐、もともとは九尾の力を持つ強い妖怪ではあったが、いたずらに人々を化かしたり襲ったりすることはなく、むしろ山奥で静かに暮らしていた。人と関わることは稀であった。

 けれどもある時、藤吉郎という猟師の男が山でこの妖狐とはち合わせてしまった。ふつう、そういうとき猟師たちは腰を抜かして死に物狂いで逃げたものだ。だが藤吉郎は変わった男で、なんとこの妖狐に一目惚れしてしまったという。妖狐が美しい女に化けて誘惑したというわけでもない。妙な男である。初めは相手にしなかった妖狐だが、毎日毎晩と山に通う藤吉郎に最後には根負けし、妖狐は藤吉郎の子を身ごもってしまう。

 九尾の妖狐ではあったが、長年の隠遁でその力も弱まっていたのであろうか、人の子を無事に産むことは出来ず、赤子を残して妖狐は死んでしまった。妻を失った藤吉郎は、半分人間、半分狐の赤ん坊を育てかね、すぐに森に捨てて去ってしまった。藤吉郎はそれから一年もたたぬうちに病に臥せるようになり、やがて死んだ。九尾の妖狐の祟りだと噂された。

 それで、十年ほど経ってからであろうか、村に不思議なことが起こり始めた。

 仲違いである。

 これまで仲が良かったはずの夫婦が大げんかをする。家同士のつきあいが悪くなる。猟師たちの組合が揉めに揉める。青年団の喧嘩が大抗争に発展しけが人まで出てしまう。

 言った、言わない、の争いであることが多かった。すれ違いざまにとんでもない暴言を吐かれたと思ったら、翌日相手は知らん顔をしている、などというのが争いの始まりになっていた。ある時など、親子の仲違いが村全体を巻き込んで、息子が縁を切られて村を出るまでになったこともある。

 噂が流れた。

 半妖狐の娘が人間を恨んでいる。

 このところ人の争いが多いのは、彼女が人に変化し、人々の仲を引き裂こうと悪さをしているのだ、と。彼女は人間に裏切られたと考えている。事実、彼女とその母親は藤吉郎に裏切られたのだから無理もあるまい。だから人間同士を引き裂こうとする。人間が人間を裏切るように仕向ける。この半妖狐、すこぶる人に化けるのがうまく、姿形だけでなく、喋ることも何から何まで本物そっくりになれるのだという。物陰から一目見れば、姿の見分けがつかぬほど化けられる。二歩歩くのを見れば、動きまで余すところなく写し取る。三言喋るのを聞けば、物言いから頭のなかまで真似られて、誰にも区別が付けられなくなってしまう……。



取材者註

 この妖狐伝承における原型とも言えるストーリーを最も簡潔にまとめているものとして、この女性の話を一つ目の資料とした。以下、資料A2からA9まで、多少の差異があるものの同様であると認められる民話を取材した。後半については実際に起こった事件として語られているため、民話というよりも伝説に近い。いずれも、「妖力を持つ狐と人間の猟師の間に生まれた半妖狐が人間を恨み、人間に化けて仲違いさせるという陰湿な嫌がらせを行う」という点が共通している。

 また、この半妖狐を退治したというエピソードは一件も収集されなかった。A7においては退治を試みたが失敗している。したがってこの妖狐は未だ生ける怪異ということになる。ただし、資料Aの語り手である高齢の方々は、小さい頃から伝わっている話だが、さすがにこの二十年ほどは出たという話は聞かない、と話した。逆に言えば二十年と少し前という具体的な時期に対して出現の情報があることになり、これもまたこのエピソードの伝説性を強調している。



 資料B1


 語り手 十代(小学校五年生) 女性

 取材日 二〇××年五月三日


 ※資料中の方言は共通語に適宜置き換えた。


 うちの学校では、アシキっていう狐の妖怪が出ます。アシキは人のふりをするんです。けれど、本当は大きな尻尾が九本ある、白と金色の狐で、人間を恨んでいて、人間の友情を壊しにやってくるんです。アシキは人に化けるのが上手いので、人に化けて、その人の友達にひどいことを言うんです。

 私も三年生の時に、クラスの友達に化けたアシキが出たことがあります。Aちゃんが友達と三人で、放課後の校庭で遊んでいたら、Bちゃんが来て、一緒に遊ぼうと言ってきて、でもそうしたら突然、Aちゃんに悪口を言い始めたんです。もともと二人は仲が良かったので、周りの友達も、Aちゃんも、びっくりしました。Aちゃんにはその時クラスに好きな男の子がいたので、Bちゃんはそのことをからかうようなことを言ったり、Aちゃんは性格悪いとか、男の子たちもそう言ってたとか、ひどいことを言ったんです。それでAちゃんは怒ったんですけど、Bちゃんはすぐどこかへ行ってしまいました。でも実はその日、Bちゃんは具合がわるくて放課後はずっと家にいたそうです。校庭でBちゃんがどこかへ行ってしまった後、地面に白と金色の長い毛が落ちていて、だからきっとあれはアシキに違いないって噂が流れました。

 アシキは人に本当にそっくりに化けるので、見分けることは出来ないけれど、突然ふらっと現れるので、「ここに来る前にどこにいた?」と聞かれると、答えられないんだそうです。だから、突然悪口を言われた時は、私も友達もみんなそうやって聞きます。



取材者註

 資料B1以下、B6までが現地の小中学校の生徒に取材した内容である。「妖狐が人に化けて悪口を言い、仲を引き裂こうとする」という点で明らかに資料Aの半妖狐伝説が元になっていると考えられるが、その出自部分、半人半妖ゆえの恨みといった設定は抜け落ちている。

 資料Aではこの妖狐に名前はついていなかったが、子どもたちの間では「アシキ」という名前で呼ばれていた。都市伝説化にあたって名前がつけられたものと考えられる。



問題

 以上の資料を受けて、今回のゼミにおいて以下の問題を提起し、議論の題材としたい。

 資料A群からB群への伝承の変化について考えたい。

1.取材者はB群を都市伝説的であると感じたが、何がそう感じさせているのか。

2.また、なぜそのような『都市伝説化』が生じたと考えられるか。


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