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「いらっしゃい」
薄暗い店内には、昔の怪獣特撮映画の曲が低く流れています。
「ああ、君か」
『衣装のウラヅキ』の店長さんは、白髪痩身年齢不詳のちょっとヤバい感じの男性です。
「仮装はうまくいったかな」
「ええ、良い衣装でした。……とても良い衣装でしたので」
私は、先日レンタルした『神谷内香織がいかにも着ていそうな服一式セット』をそのまま買取する旨伝えました。何しろ本人が着て帰ってしまいましたから、返却のしようがありません。店長さんは目を閉じて頷きました。
「わかるよ。僕もそうなるんじゃないかなと思っていたんだ。君がハンドバッグ一つで入ってきた時、やっぱりなと思ったんだ。わざわざ買取を伝えに来てくれてありがとう」
「いえ実は、一つお願いがあって来たのです」
「お願い?」
「はい。ここでアルバイトをしている女子大生がいると思うのですが」
「え、ああ、神谷内さん?」
「彼女について教えてほしいのです」
「うん……? 君は彼女のファンか何かなの?」
「どうしてですか」
「いやだって、『神谷内香織がいかにも着ていそうな服一式セット』を買い取るような人が、神谷内さんのこと教えてくれって言ってきたら、そうなのかなって思うでしょう。ファンかストーカーか」
「……そうですね、ストーカーよりはファンでありたいと思います。あるいは、もっと深い関係」
冷静に考えて、今の自分の発言は犯人っぽいなと思いました。
「ははあ」
「つまりこれまで、私は彼女に私のことを知らせようと、腐心してきました。まさに不審だったわけですが。しかしともかく彼女は彼女自身のことしか見ていませんから、私には彼女になるという手段しかなかったのです。しかし今思い知らされたのは、私こそが彼女のことを何も見ていなかったという事実であり」
「来てるねえ」
店長さんは嬉しそうに笑いました。かなりやばい人だなと思いました。
「神谷内さんとはどこまでいったの?」
「Uまでです」
「なるほどね」