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ゼミ室への階段を登りつめると、胃が気持ち悪くうねりました。不安七割、期待三割といったところでしょうか。
「おはようございます」
寒気がしました。
ゼミ室にいたのは草苅さん、一人だけでした。
「おはよう」
「エアコン、つけたんですか」
部屋に取り付けられた大型のエアコンが鈍い音をたてて、部屋に冷たい空気を吐き出しています。節電で利用禁止だったと思いましたが。
「さすがに暑すぎるから」
「まだ五月ですが」
「許してよ。こうも暑いと勉強にならないもの。私、最近体温調節が苦手で」
「はあ」
だったら図書館とかで勉強しろという話だと思いますが、私は言わずにおきました。ゼミ室のほうが落ち着くというのはわかります。
「ああ、でもごめんね燈花、急だったから連絡できなかったんだけど、今日のゼミは休みね」
私の胃は不安七割の方向に向かって落ちました。
エアコンが鈍い音をたてて、私に冷たい空気を吐き出して来ます。寒気がしました。
「休み、ですか」
「発表者不在だから」
「今日の発表者は」
「知ってるでしょ。あなたの次。香織」
「休み、なのですか」
「しばらく休みます、って一言だけ来たよ。具合悪いのかって聞いたけど、返信も来ない」
私には、一言も来ていません。
「悪い子だねぇ。学校には、死んでも来なきゃ」
草苅さんはそんなことを言って、気だるそうに自撮り棒をいじりました。自主ゼミはそこまで重要だったのでしょうか。しかし、そんな言葉も、私の頭には入ってきませんでした。
だって。
私には、一言も来ていません。
結局その日から。
神谷内香織は大学に一切姿を見せなくなりました。
サバティカルではありませんでした。
私はいよいよ行動する必要があると思いました。