8
「父さん、僕は家を出ます」
二日酔いで顔色の悪い父に、僕は言った。
「はあ?」
「はじめて陰陽師の仕事に連れてきてもらって、分かった。これは僕には向いてない。こんな茶番、やってられるか」
それは、半分本当で半分嘘だった。それはきっと、本当は昨日初めてわかったわけではなかっただろうからだ。けれど、昨日にならなければわからなかったというのも、また本当だった。
「……燈眞、お前」
「正義の味方だと思ってた。僕の勝手な思い込みというか、期待だとは思う。聖人君子じゃなきゃだめだってわけでもない。けれど、あんなのおかしいだろう。あの妖狐を助けもせず、悪事を咎めるのすら放棄して、ただ見殺しにして、自分は酒飲んでるんだぜ。金のためにそんなことやって、そんなのってあるかよ」
「…………」
父はものすごく、ものすごく不機嫌そうに顔をしかめた。
「なら、お前ならどうする、燈眞」
その声は小さく、低かった。
「金のために妖怪退治が俗っぽいというのは、それはその通りだ。反論もない。私も生活がある。お前を養うのにも金がいるのはわかるだろう。だがあの妖狐をお前ならどうしたというのだ。説得して聞く相手か? 違うだろう」
「だからって、あんな風に御札で押さえつけて、後は餓死するだけだなんて……」
「それは本人の心がけの問題だ。我々は物事を、あるべき形に近づける仕事をしているだけだ。お前は思い違いをしているぞ。あの妖狐の犯した罪の大きさに対して、罰が重すぎると思っているんじゃないか。化けて人の不仲を暴くことくらいで、何も殺さなくたって、と思っているのではないか。それは違う。護符は罰ではない。真言は、ただそれをあるべき姿にさせる、己を悟らせるための手段に過ぎない」
「ふざけんな、そんなの言い逃れだろうが!」
「そこまで言うなら剥がしてくれば良いだろう。それで何が起こる? またこの村にはアシキがやってくる。村人は困る。妖狐自身にしても、いつまでも悪行を重ねるばかりで成仏もできぬ。何が良いことがあるというのだ」
「つまり、解決策はこれしかない」
「……なんだ」
「僕が妖狐を連れて、村を出る」
「……は?」
職業陰陽師には興味は持てなかった。けれど、あの子には興味がある。正直、惹かれている。いままでに知っている世界とは違う。異質で理解不能。だから理解したい。そして絶望したい。そういう存在。とてもではないが自分には、見殺しにはできない。かと言ってこの村で暴れさせておくのは、偉そうなことを言うけれども、かわいそうだ。物語に縛られて、妖怪としての役目を負わされた彼女を、違う土地に連れ出してやりたい。
もちろんこれは僕の思いつきで、彼女と約束したわけでも何でもなく、まだ言ってない、ただの要望。彼女がついてくるかどうか、それはわからない。断られたらそれまでだし、その時は、僕は一人で都会に行くだけだ。彼女がこれまでと同じように村を荒らすとすれば、それは残念な限りだ。
だから、精一杯説得するつもりだ。この村から、物語から、彼女を引っ張り出すために。
そんなことを僕は、父に語った。父は顔を真っ赤にしていたが、最後まで黙って聞いていた。
最後には、こう言った。
「好きにしろ。だが狐を絶対に離すなよ。あいつが再び現れたら、俺の仕事は失敗したことになるからな」
そうして去り際、こうつぶやいたのが、僕にもはっきり聞こえた。
「妖しに魅せられたか……あの女の血の悪いところが出たな」
それで、その言葉で、僕たちは終わりだった。