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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【幕間】二色の狐面
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 夜なのでバスはない。自転車を徴発した。陰陽師はかっこいいからこれくらい余裕なのだ。山道を全力で漕いで、息も絶え絶えたどり着いた岩の前。

「また来たのか」

 女の声は少し疲れたように聞こえる。

「ああ」

「何をしに来た」

「こんどこそ御札を剥がしに来た」

「ああん?」

 僕は父の荷物から拝借した扇子を取り出し、大岩の前で構えた。

 息を吸い、腹に力を貯める。頭の中で真言(マントラ)を唱え、口の中で真言を唱え、最後に大声で真言を叫ぶ。扇子を持ち上げると同時に、大岩がバリバリと啼きながら持ち上がり、神社跡の瓦礫の上に沈んで、凄まじい砂埃を撒き散らした。

「加減と言うものがわからんのか、たわけ」

 苦しそうにコンコン咳き込む妖狐は、今度は女の姿をしていた。

 というか、砂埃の向こうから浮き上がったそれは、娘の姿をしていた。

「……お前、随分小さいな」

 昼前に垣間見た人間の姿は、大人の女だったが、いまでは小学生くらいにしか見えない。服も着ていない。それが脳天に青白く輝く御札を載せて、地面に(ひざまず)いているのだから、結構あれな光景ではある。やはり金と白の二色、異様にふさふさと豊かな髪と、風もないのに揺れている尻尾は相変わらず狐らしいが。

「はん、省エネじゃ」

「省エネ」

「体重を軽くしとったほうが、この姿勢も少しはましじゃからな」

 いや、幼女になったことにより際どさは増している気がするが。

「それよりおぬし、この札、剥がすのか?」

 あどけない顔の中に、怪しく光る両目が、この幼女がただの人間ではないことを告げている。

「剥がすにゃ」

「……おぬしの皮膚を全部剥がす」

「皮膚を全部剥がすのは良くない」

「剥がす。百万回剥がす。べろんべろんにしてやる」

 猟奇的だ。

「取引だ、狐」

「ああん」

「僕の言う通りに化けてくれ。その後はなんでも、好きにしていい。また悪さをしても良いし、本当にその気なら僕の皮膚を剥がしに来てもいいさ。黙って剥がされるつもりはないけれど」

「ほう……えらく都合のいい話じゃな。儂を改心させるのは諦めたか」

「僕は陰陽師をやめるんだ。私利私欲で妖怪を改心させようなんてもう思わないさ」

「はん、良い心がけじゃな」

 狐は尻尾を振った。

 うん。

 狐は尻尾を振った。

 ……うん。

 こういうの、僕はなんというか、結構、こう、尻尾の根本の人間の皮膚とのつなぎ目というか生え方というか、あのゾーンが気になってしまうタイプだ。

 気になってしまう。

 カタカナ三文字で言うとフェチ。

 漢字三文字で言うと脆弱性。

「ん、おぬしこれが気になるか」

 狐は尻尾をゆさゆさと振った。

「いや、全く気にならないな、続けてくれて大丈夫だ」

「ガン見しておいてよう言うわ」

「根本どうなってんのそれ」

「どうもこうも、生えておるだけじゃ」

「いや、ほら、ここ」

「ちょ、自然な流れを装って触るでない! 本当に皮を剥ぐぞ!」

 装えていなかった。生え際はぷにぷにしていた。

「おぬし……ただの軟弱真面目陰陽師かと思っていたら、軟弱でも真面目でも陰陽師でもないと来れば、なんじゃ、何者なのじゃ」

「稲屋燈眞」

「名前のことではない。本性の話じゃ。おぬし今急に頭が回り始めたじゃろう。儂は見れば人間が何を考えているかわかるぞ。『あれ? これって、御札剥がさない限りこいつ動けないんだよな……』みたいなことを考えておるな!」

「やはり真言の効験で能力も落ちているようだな。それを考えたのは岩をどけてすぐだ」

「殺す」

「殺すのはよくない」

「皮膚を全部剥がして殺す」

 僕はだんだん愉快になってきた。

 あまり良くない思い上がりであることは自覚していたが、少なくとも半分は怪異である妖狐と、こうして言葉を交わすことができると言うのは、突然に素晴らしいことのように思えてきたのだった。

「だが要するに、楽になりたいだけの話じゃろ」

「……ん」

「札を剥がす話じゃ。儂がそのあと何をするかは知らん、ただ自分が、貼った御札を剥がすだけ。プラスマイナスゼロ、というわけじゃな。無責任な」

 そう言われてみれば、卑劣なような感じもする。

「それではいかんじゃろうなぁ、陰陽師以前に人としてどうじゃ。まして取引などと、おこがましいわい」

「…………」

「そこで、じゃ」

 幼女がニタリと笑った。中に入っているのが、幼い人間では絶対にないことが伺える妖しい笑みだった。

「儂からも条件がある、と言ったら?」

「まさか……尻尾もふもふ権一年分を提示するつもりか」

「皮膚を全部剥がした後に心臓を取り出してもふもふしてやろうか」

「心臓もふもふは良くない」

「もういいわい、条件は後で言おう。後で言うんじゃから条件ではないな。ただの要望じゃ」

「うん、なんだ、急に歯切れが悪いじゃないか」

「ふん、もういいから剥がせ」

 そうして妖狐は黙った。

「あ、でももう一つ」

 僕は幼女の頭に乗った札に手をかけて言った。

「名前を」

「名前?」

「名前を教えてくれ」

「なぜじゃ」

「名前がわかるものとは、友達になれる」

「はん、友達」

 僕はぞくりとした。再びあの、麻薬のような快楽が背中をかける。

「舐められたものじゃの」

 そう言いながら、妖狐は名前を教えてくれた。

 素敵な名前だった。

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