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ゼミで回答編をやらかし、さんざんみとはちさんに絡まれた後、急いだのだけれど、それでも家につく頃には日が落ちていた。しかし今回は家を離れる時間もなかった。自宅しかない。
額の汗を拭い、玄関の扉に鍵をかける。チェーンもかける。コップに水をくんで、薬を飲む。白い正円。二錠飲み込む。もう一錠飲む。さらにもう一錠口に含んで、今度は水で流し込まずにゆっくりと舌の上で転がす。ビリビリとした苦味が頭痛を押し戻す。吐き気をこらえながら僕はすべての窓の鍵がしっかりとかかっていることを確認し、遮光カーテンを閉めていく。閉めていく。ベランダに出られる一番大きなサッシには防犯用の追加錠を取り付ける。口の中の錠剤が消えているのでもう二錠口に放り込む。いま全部で何錠飲んだ? 頭が痛い。頭の奥が引きつって、頭蓋骨が締まる。脳が頭蓋骨という水槽の中に浮かんでいるのを僕は想像する。水圧で脳が押しつぶされそうだ。目をしっかり開けていられない。もう一度玄関に戻り靴箱から大きな電子錠と手錠を取り出す。錠前の方はドアの取っ手部分に取り付けることで内側からドアが開かないようにすることができる。手首の骨にしっかりと嵌る手錠にも連動しているので、同時に僕の両手を拘束し、翌朝までこの場から動かさない。一度ロックすれば規定の時間数が経過するまで外す方法はない。設定は十時間。十時間後、夜が明けるまで、ロックは外れない。頭が割れるように痛みだす。錠剤の瓶を取り落としてしまい床にぶちまける。白い錠剤がバラバラと廊下を満たす。小瓶から吐き出される錠剤は止まらない。呪われた薬壺のように毒を吐き続ける。錠剤たちが無限に床を転がる。ザラザラと耳障りな音が鳴り続ける。錠剤たちの震えは止まらない。僕の細胞一つ一つが不快な震えを続けている。細胞と細胞の間の隙間がギシギシときしみ、表面を撫でればその隙間が引き千切られ、ボロボロと剥がれてしまいそうだ。吐き気と悪態を喉の奥に抑えながら、散らばった錠剤を集めるのは諦めてただ床から一掴み拾ってポケットに突っ込む。頭頂の左右がムズムズと痛み、頭蓋全体が締め付けられる。僕は叫んでしまわないように口を拘束する金具を用意する。最後に錠剤を三錠ほど追加して飲む。口の中いっぱいに刺すような苦味が広がり頭痛が一瞬遠ざかる。長い夜の前半だけでも昏倒して過ごせるよう、僕は落としたのとは別の薬瓶の蓋を開け、その中の強力な睡眠薬を、
電話が鳴った。
非通知設定。
普段の僕ならもちろんこんな状態の時に電話などでない。電子音がガンガンと頭に響く。また、こんな状態とか関係なく、非通知の着信なんて怪しいし、出たくない。電子音がガンガンと頭に響く。しかし、電子音がガンガンと頭に響く僕は出る前から、電子音がガンガンと電話をかけてきたのがガンガンと頭に響く誰か、想像響くが電子音が響く頭電子音がガンガンと響く頭想像非通知ガンガンと頭に響くついて
「……もしもし」
言葉を発すると自分の息で口の中の苦味が増幅されるようだった。
「僕だよ」
電話の相手は、紛れもなく神谷内香織の声色でそう言った。
「話したいことがある。君の家のすぐ近くまで来ている。出てこられるかな」