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快速アクティー熱海行き。東京駅で乗り換えたのはそんな電車だった。
「え、熱海行くの」
焦る。熱海の温泉宿とかだろうか。それは確かに一線を超える気がする。巨大な東京国際フォーラムがゆっくりと流れていく。
「そこまでは行きません」
一線は超えないらしかった。助かる。
「じゃあ、横浜あたりまで?」
「横浜よりはもっと先まで行きます。具体的には大船まで」
「どこだそれは」
私は神奈川方面の地名には疎かった。電車が品川を出る。
「ここが東京だとしたら」
燈花が空中を指差す。
「ここが品川で」
「わかる」
「この辺りが川崎」
「……わかる」
「この辺りが横浜で」
「わかるよ」
「こう下って大船」
「ごめん、わからん」
「そしてここが一線」
ぴっと線を引く。
「なにそれ」
「ここから先は、めくるめく大人の世界です」
「ええ……」
「まだ学生である私たちには早いと思います」
「そうだね」
「香織はそういうのに興味はありますか?」
熱海。うーん。よく広告が出てくる貸し切り露天風呂とかそういうやつか。ちょっと憧れないでもないけれど、お泊りはちょっと困る。真面目に申し上げて、僕が燈花を襲ってしまう危険がある。
「まあ、全く無いとは言わないけれ」
「ヘタレですね」
かぶせ気味だった。
「何が」
「まあいいでしょう。そして一線を超えるとここが平塚」
「いまなんか器用な発音を」
「さらに小田原」
「あの」
「ぐーんと伸びて、このへんが熱海です」
最終的に燈花の右手は下方にピンと伸び、ペンギンみたいなポーズになった。
今日の燈花はいつもより元気な気がする。いつもよりよく動く目、微かに上気した頬。いつもよりかわいい。
「燈花、何かいいことあったの?」
燈花はゆっくりと、不思議そうな目で首を傾げる。
「……別に、そういうわけでは」
電車が新橋を出る。