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木曜日と金曜日のことはよく覚えていない。
なにしろこれは急展開である。
燈花に休日に呼び出された。
結構早めに来たつもりなのに、待ち合わせ場所には既に燈花の姿があった。
急に休みの日に会おうだなんてどうしたの、と僕は聞いた。
「デート?」
「何を言っているんですか」
燈花が首を傾げるとふわふわした綺麗な髪が揺れる。ワンピースに気合が入っている。なんだそれ。デートか。
「休みの日に二人で遊びに行くのですよ。デートに決まっています」
「そ、そうですか」
僕は会おうと言われただけで、どこに行くとかは聞いていない。今まで何度もうどんを食べたりしているが、だいたい平日、大学帰りだ。それが急に休日にデートである。どうした。
「それで、どこへ?」
「デートにふさわしい場所です」
ううむ、と僕は考えた。どこだ。
僕は最近インターネットで美味しいうどん屋とかを調べたりしているので、燈花と行きたいうどん屋リストみたいなのが実はある。クラウド上に保存されている。クラウドバンザイ。その情報は、しかるべきタイミングで取り出せば、きっと燈花は喜ぶだろう。しかし多分、これは多分なのだが、今は、しかるべかない気がする。
「どうしました、香織」
「しかるべかないよね……」
「は」
「いや、普段はうどんとかだから、何かあったのかなって」
「そうです、二人はまだUまでの関係でしたが、今日はその一歩先へ」
「一歩先へ」
「その向こう側へ」
「向こう側へ」
「もうもどれない」
「いや、そんな取り返しの付かないようなことは」
「もどりたいんですか」
「え、まあ」
「いくじなし」
「いや」
「香織は私のことはただの遊びだったのですか」
「あの」
「おうどんさんが目当てだったんですね」
「さんをつけるな」
「様」
「敬称略」
「おうどぅん」
「北欧神話とかで出そうな響きをやめろ」
「香織」
「なに」
「スイカの残額は十分ですか」
「え、うん、今朝チャージしたけど」
「この世で二番目に賢明な行為です」
「え、一番は」
燈花は無言で財布を改札機に押し当てた。
軽やかな電子音と共に、彼女のカードに三千円がオートチャージされた。