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作者: ノラネコ

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「……ごめんね、好きって言葉が自然に出てこないってことはもう好きじゃないんだと思う」

最初は何を言っているのかわからなかった。いや、ただ頭が理解しようとしなかったのかもしれない。

今だってどうして彼女がこんなことを言ったのか理解できないでいる。




僕は恋愛なんかに興味は無い人間だった。そんなことにお金と時間を使うならば友人と遊ぶために使ったほうがいい。本当にそう思っていたし、それを微塵も疑いもしなかった。

そんな僕の前に現れたのが彼女だった。僕と彼女は共通のゲームを趣味としていたから仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

まだただの友人関係だったその頃、ネガティブな性格の僕に彼女はよくこう言った。

「恋をしたら世界が変わるよ」

それにいつも決まって僕はこう返した。

「僕が恋するなんてあり得ない。 そもそも恋なんて感情が僕には理解できない」

すると彼女は共通の友人を薦めてくるのだ。「あの人はどうだ? この人はどうだ?」と。僕はそれにいつも苦笑いして「勘弁してくれ」とだけ返す。もう何度したかもわからないやり取りだった。

その後も仲の良い友人として彼女とは度々遊んだ。その時はお互いに友人以上の感情は持っていなかったように思われる。少なくとも僕は気さくに話しかけられる友人だと思っていた。

楽しかった高校生活も終わり、受験を乗り越え僕は大学に進学した。

大学に進学すると連絡を取り合える友人というのは半数ほどに減ったが、彼女の名前は僕の連絡帳に残った。

いつの間にか僕と彼女は連絡を頻繁にとるようになっていた。頻繁にと言ってもそれは僕の親友と言っても過言ではない男友達と変わらない量だったが、異性の友人としては突出して多かった。

恋愛に興味がないと言っても別に疎いわけでは無かった。だから、好かれてるのかもしれない、そう考えなかったわけでは無い。しかし、彼女は高校時代、僕に他の女性を薦めてきていたし、何より以前に彼女は僕に対して恋愛感情は無いと明言していた。

だからどうにも僕には彼女が不可解に思えた。勇気の無い僕がこの時、彼女にそれを問いただすことが出来たのは、僕の中で彼女がもう遠慮なく接することができる相手になっていたからだろう。

「ねぇ、変なこと聞くけどさ。 僕に恋愛感情が無いんだよね?」

ここで一度言葉を切って「なら、どうしてこんなにも仲良くしてくれるの?」そう続けようとしていた僕の言葉を遮って彼女が口を開いた。

「んー……ごめん、好きかも」

この時、僕はただ驚いた。恋愛感情は無いと明言されていたから。

でも今思えば、こんなことをわざわざ聞いたのも、一度言葉を切ったのも本当は期待していたからかもしれない。

驚いて何も言わない僕に彼女は続けた。

「でもね、友人でいて欲しいの」

この時から、つまり最初から僕は彼女のことがよくわかっていなかったのかもしれない。

「なんで?」

僕は自然と聞き返していた。それほどに理解ができなかった。

「付き合ってしまうといつか別れが来てしまうから」

付き合う前から別れる時のことを考えるなんて随分な敗北主義者だと僕は思った。この時の僕は彼女に恋愛感情なんて本当に感じていなかったが、人に好かれるというのは心地よいものだとは思った。同時にこの敗北主義的な考え方に少し腹が立った。

その日の夜から僕は彼女と毎晩、通話するようになった。僕の方に恋愛感情が無くとも僕は彼女のことが嫌いではなかったからそれに付き合うのは吝かではなかった。

ある晩に彼女は言った。「恋愛感情とはどういったものなのか」という僕の質問に対しての返答だったと思う。

「私は君のためならなんだって出来るし、受け入れられるくらい好きだよ」

やはり僕には理解できなかった。たとえ好きでも自分のプライドを曲げてまで何でもできるなんて激情を僕は今までの人生で感じたことは無かった。

「じゃあ僕と付き合ってよ」

別に本気で言ったわけでは無かった。ただ『なんでも』という言葉を試してみよう、そう思っての発言だった。

「えー、嫌だ」

彼女は少し悩んでからそう答えた。

「なんでさ、なんでもできるんじゃなかったの?」

「告白ってさ、やっぱり男の子からするものじゃん?」

ふぅと彼女に聞こえないように僕は息を吐いた。僕に恋愛感情が無いんだからそんなことするわけがない。しかし、話の流れ的に僕がしなくてはならない雰囲気になってしまった。

どうしたものかと僕が悩んでいると付け加えるように彼女が言った。

「もちろん、直接ね」

申し訳ないが、するわけがない、そう思った。

「まぁ誠意を見せてくれればね」

きっぱりと断るのは今の友人関係すら壊してしまいそうで僕ははぐらかすように冗談を言った。少なくとも僕にとっては冗談のつもりだった。





それからしばらく経ったある日、僕と彼女はたまたま暇な時間が重なったから遊ぼうという話になってカラオケに来ていた。

友人というには親しすぎる関係だったが、それでも僕たちはあくまで友人関係だった。

数時間歌って、疲れてきた僕たちは少し休憩していた。

何てことない雑談をしながらダラダラと過ごしている。普段となんら変わらない状況。

僕はそんないつもと同じ彼女の態度に安心していた。僕は彼女に恋愛関係は無くても友人として大切に思っていた。だから、どのような関係であれ、変化は僕にとって望むものではなかった。

けれど、そう上手くいくはずがなかった。今になって振り替えれば既に彼女との関係は変わり始めていて、それは止まるものではなかった。

一瞬、彼女が無言になったと思ったら、彼女は突然、僕に抱き着いてきた。

直前までの会話におかしなところは無かったし、そんな様子は微塵も感じなかったから僕はただただ驚いた。

呆気に取られて固まる僕は彼女の背中に手を回すことすら出来なかった。

彼女はすぐに僕から離れると座っていた椅子から降りて床に座り込んだ。混乱して完全に頭が回らなくなっていた僕は声も出せずにただそれを茫然と見ているだけだった。

ほんの一瞬、彼女は僕を見上げて目を合わせた後、僕の靴にキスをした。

ドクンと僕の心臓が大きく鳴った気がした。動悸が激しくなって、まさに心臓を鷲掴みにされているかのような苦しさを感じ、ホゥ…と息が口から漏れ出た。

彼女は床に座ったまま、再び僕を見上げて言った。

「私は君のためだったらなんだって出来るし、受け入れられるくらい好きだよ」

いつか聞いたのと同じ言葉。

僕はこの瞬間、彼女のことが好きになった。友人としてではなく、異性として。

僕の頭は既に正常には機能していなかったが、このまま何もしないのは間違っていることだけは理解できた。

そして僕は彼女の唇に自分の唇を押し付けるようにキスをした。歯が当たったことは言うまでもない。こんな不格好で雰囲気も何もないものが僕のファーストキスだった。

唇を離すと僕は思い出したかのように声を絞り出して言った。

「僕と付き合ってください」






彼女はなんだって受け止めてくれた。これは僕の気のせいかもしれないが受け止めたがっていたようにすら思えた。そうすることで僕への気持ちを表現しているようだった。

逆に彼女は自分から求めるのが苦手だと言っていた。だから僕は安心してほしくて言葉を尽くして語った。「どんな要求をされても決して僕は君を嫌いにならない」と。そして自ら先に求めたりもした。そうすることで少しでも彼女が求めやすいように。

しかし、ほとんど彼女が自分から何かをしてほしいと僕に求めてくることは無かった。

唯一、彼女が僕に頼んできたことはこの恋愛を秘密にすることだった。もちろん僕は二つ返事で頷いたが、理由も聞いた。

彼女曰く「秘密の恋ってなんか憧れない?」ということだった。それはあまり要領の得ない答えではあったがそれ以上言及する気にはなれなかった。何より怖かった。言及することで彼女に嫌われてしまうことが。恋愛が初めてだった僕は恋の持つ熱に完全にやられてしまっていた。

そもそもそれまで異性に興味を持ったことが無かった僕に理想なんてものは無かったが、今となっては彼女こそが僕の理想だった。

だからこそだろうか僕は彼女といられればそれで幸せだった。特に彼女としたいことは思い浮かばなかったし、彼女の方も求めることが無かったので時間を見つけては会ったがいつも合流してから何をするか悩みながらフラフラと散歩をした。

恋愛経験が無い僕にはデートとはどこに連れて行ってあげれば喜ばれるものなのか、主に何をすればいいのか全く分からなかった。

それでも彼女は楽しそうにしてくれるし、文句ひとつ言わなかった。

この時、僕は幸せだった。彼女は僕にはもったいない女性だと思ったし、彼女が求めるなら出来ることはしてあげたいと思った。

しかし、彼女のように何でもと言い切るような、例えば靴にキスをするほどの熱情を僕はまだ持ってはいなかった。

そして次第にこの恋愛を秘密にしたいと言う彼女を、自分から求めることのない彼女を疑うようになってしまった。「自分は遊ばれているだけなのではないだろうか」と。

一度疑い出したらもう止まらなかった。彼女は僕にとってあまりに都合が良すぎたのもまた拍車をかけた。

それが彼女の優しさによるものだと気づいていながら意地を張った。僕は彼女に対して自分から連絡を取るのを止めた。止めてしまった。





常に受け身な彼女からそうすぐに連絡が来ることもなく、お互いに連絡を取らなくなって二週間が経過した。

「ねえ、もしかして私から声かけるの待ってたりする?」

僕はずっと欲しかったそのラインの通知を見つけると、はやる気持ちを抑えてあえてすぐに既読をつけないようにしてアプリをゆっくりと開いた。

「うん、やっぱり全く求めてくれないと本当に僕のことが好きなのか不安になっちゃって」

彼女から連絡をくれた。それでとりあえずの目標は達成できていたので僕は意地を張るのをやめて素直に答えた。

「……ごめんね、好きって言葉が自然に出てこないってことはもう好きじゃないんだと思う」

しかし、たっぷりと時間を置いて返ってきた答えは僕の予想していないものだった。

頭が言葉を咀嚼出来ない。僕はただその文字を必死に理解しようと液晶を凝視していた。

「嫌いになったわけじゃないの、だから別れたからって疎遠になるのは嫌だなって思う、だからさ友達に戻ってください」

前の一文をまだ理解できていない僕に続けられた言葉はさらに理解したくないものだった。

「わかった」

辛うじて僕はその四文字を打ち込んだが、本当は何もわかっていなかった。

「うん、ありがとう、ごめんね」

僕は感謝されたいわけでも謝られたいわけでもなかった。でも頭の中で氾濫する感情を文字に起こすことは僕には到底できなくて何も返さずに終わった。

帰宅してすぐに、僕は布団に入って声を押し殺して泣いた。もし、彼女がもう一度、僕のことを好きだと言ってくれるなら僕は何だって出来る。靴だって喜んで舐めよう。本気でそう思えた。この熱情が恋だというのなら僕は彼女にフラれてようやく初めて恋に落ちたのだった。

泣き疲れて眠って次の日がやって来るともう涙は出なかった。ただ虚無感だけが残っていた。

例えフラれても僕は大学に行かなくてはならない。その道中、彼女とフラフラ散歩した道を通ることになることに気が付いた。

そこを通る時、僕の心臓は暴れて呼吸も乱れた。歯を食いしばって涙が出ないようにそこを早足で通る。

これから毎日ここを通らなくてはならない。最初は憂鬱だったが、時間が経つと考えが変わった。僕は少なくとも大学生の間、この道を通り続けることで彼女への熱情を忘れずにいられる。

彼女が僕と普通の友人関係を望んでいるのなら、この想いを隠して昔のように接しよう。僕はこの熱で何でも出来るのだから。

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