03 撮影会 1
朝食の後、公園に戻って『撮影会』を始めたのだが、これがなかなか上手く行かなかった。
藍は拓郎がカメラを向けると、とたんに全身がちがちに緊張してしまうのだ。
「う〜ん……。そんなに構えないで!」
「は、はいっ」
拓郎は、肩を上下させて『リラックス!』と藍にジェスチャーを送った。だがその言葉に藍は、よけいに緊張して身体が強ばってしまう。
「自然にしてていいから、適当に散歩してみて」と、軽く言ってみるが、藍はどうしてもカメラの方が気になって、ちらちら見てしまうのだ。あげくは、同じ側の手足が同時に出てしまい、足がもつれてコケそうになって拓郎を慌てさせた。
はぁ……。
拓郎は軽く溜息を付くと、気持ちを入れ替えて、ファインダー越しに藍の姿を捉え直した。
淡いオレンジ色のワンピースに、上質そうなシンプルなブラウンのコート。
腰まで伸びた、自然なウエーブの掛かった茶色い髪。抜けるように白い肌。スレンダーなボディ。
美人と言うよりは、可愛い感じの顔立ち。
そして何よりも拓郎を一番惹き付けたのは、その独特な雰囲気。
だが、今目の前にいるのは、引きつり笑顔も痛々しい緊張を絵に描いたような女の子だ。
自然にしていてくれるのが、一番良いんだよなぁ……。
拓郎は、思わず心で呟いた。
日が高くなるに連れて、今朝の静けさが嘘のように散歩やジョギングをする人、観光に訪れる人が増えて来た。
一見して、プロと分かるような機材を抱えた拓郎は人目を引くらしく、気が付くと、いつの間にか二人の周りには人だかりが出来てしまっていた。
「何、雑誌の撮影?」
「あのコ、モデルなの?」
ささやく声がやたらと二人の耳に入ってくる。
ただでさえ緊張してコチコチなのに、この状況。藍は、作った笑顔がますます引きつった。
「う〜ん……」
このままじゃ、無理か……。
『藍は写真を撮られ慣れていない』のだろうと、拓郎は思った。
それは、推測と言うよりは確信に近い。
今時、携帯電話でもプリクラでも、写真を撮るなんて事は日常茶飯事だ。それも十七才。藍くらいの年齢ならば、写真を撮られる事にそんなに抵抗はないはずだ。
でも実際、藍はレンズを向けると、全身硬直状態になってしまう。
どうしたものか。
人だかりを『まいったな』と言う表情を浮かべて見渡しながら、拓郎は頭をぽりぽりかいた。
「藍ちゃん! 少し休憩にしようか」
「は、はいっ!」
その声と同時に、藍はその場に脱力したようにしゃがみ込んでしまった。
気分転換にと拓郎が自動販売機で飲み物を買ってくる間、藍は、公園の突端にあるテラスのベンチに座り、ぼんやりと景色を眺めていた。
拓郎が今朝、藍に声を掛けた正にその場所だった。
眼下には、あの時見た同じ風景とは思えない、活気に溢れた広大な港湾都市が広がっていた。所々で、工事をする大きなクレーンが、まるでミニカーのようなサイズで動いているのが見える。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて。ココアで良かったかな? コーヒーもあるけど」
「あ、はい。すみません。ココアでいいです」
拓郎が、笑顔と共に紙コップ入りのホット・ココアを藍に手渡す。
藍は微笑みを浮かべると、すぐに口は付けずに立ち上る湯気を顔に当てていた。
「猫舌なんです」
飲まないのかな? と見ていた拓郎に、藍は、はにかむような微笑みを向けた。
タイムリミットは、今日一日。限られた時間を有効に使わなければ、せっかくの苦労も水の泡だ。この大きなカメラが緊張の一番の原因なら、それをなんとかしてみるか。
何事も、臨機応変だ。
「ちょっと、ここで待ってて。車に機材を置いて来るから」
猫舌には縁遠そうな勢いで、コーヒーをゴクゴクと飲み干して機材を抱えると、拓郎は「んじゃ!」と、テラスとは反対方向にある公園の入り口の方に、足取りも軽やかにスタスタ歩き出した。