出会い 3
「じゃ、改めて自己紹介を。俺は、芝崎拓郎。フリーのカメラマンをしています」
「私は……」
少し言い淀みながら、少女は自分の名を告げた。
「私は、大沼藍です」
ペコリと頭を下げる。
「あ、俺、こう見えても、二十七なんです。良く学生に見られるけど。ほら、見ての通り童顔だから」
その言葉に、少女、藍が驚いたように目を見開いた。ただでさえ大きな瞳が、更に大きく見える。
無理もない。
フリーのカメラマンなんてやくざ人種は、概ね若く見られがちだが、拓郎は特にその傾向が強くて、『二十七なんです』と言って信じて貰えた試しがなかった。それを自分でも十分自覚している。
拓郎は、『ははは』と苦笑いをして頭をかいた。
「私は、十七歳です」
「へぇ。高校生? でも、今日は朝早くからあそこで何してたの? 観光には早すぎる時間だよね」
何気ない問いに、藍の表情がすっと硬くなる。
「……高校生じゃないです。学校には行っていません」
――まずい質問だったかな?
拓郎は内心、焦った。気を悪くさせては元も子も無い。
「あ、これ、俺の連絡先です」
荷物の中にあった名刺を取り出して、藍に手渡しながら、恐らく返事はNOだろうと思いつつダメモトで聞いてみる。
「あの。連絡先を聞いてもいいかな?」
「すみません……」
思った通り藍はそう言うと、すまなそうにうつむいた。
「携帯の番号か、メルアドでもいいんだけど。後で出来た写真を送りたいしね」
「すみません……」
だんだんと『補導するお巡りさん』の様相を呈して来た。
――家出だろうか?
考えれば妙な話だった。若い女の子が、日の出前の人気のない公園に一人。いったい何の目的があったのか?
導き出される答えは、そんなに多くはない。
「そんなに言いたくないなら、無理には聞かないけど……」
「すみません……」
やはり家出娘で家に連絡されると困るのか、それともまだ警戒されているのか。
拓郎は、「すみません」とすまなそうに呟く藍を見ていたら、自分が悪者になったような気がして軽く溜息を付いた。
と、その時だった。
キュルルルッ!!
隠しようのないボリュームの実にひょうきんな音が、ファミレスの店内に鳴り響いた。
実際は、拓郎と藍の二人には、そう感じられただけだが。どこかで腹の虫が威勢良く鳴ったのだ。
――俺じゃないぞ。
拓郎は思わず、周りを見回す。
「ごっ、こめんなさい!」
頭のてっぺんまで赤くして、藍がさらにうつむく。
――笑っちゃダメだ。ここで笑ってみろ、彼女ポストになっちまうぞ。
拓郎は、こみ上げる笑いの衝動を何とか抑え込んだ。だが、とても成功したとは言えなかった。藍に気を遣っているのだが、如何せん肩が小刻みに震えているので、笑いを堪えているのが丸分かりなのだ。
「ごめんよ、もしかして、今まで元気がなかったのって、腹、空いてたせい?」
そう言う声も、笑いを含んでしまう。
「すみません。私、昨夜から何も食べてなくて……」
昨夜から、と言うことは、やはり家出をしてきているのか。
「俺も丁度、腹ぺこだったんだ。何か食べようか」
にこやかにそう提案する拓郎に、藍がおずおずと口を開く。
「あの、でも私、お金が……」
「ああ。心配しないで、俺のおごり。しがない売れないカメラマンだから、モデル代はそんなに弾めないけどね」
こうして、珍妙なカップルの朝食タイムが始まった。
――ほかほかご飯に、豆腐とワカメのみそ汁。焼いた鮭に大根おろし。甘い卵焼き。付け物。
頼んだ和風朝食セットは、空腹なことを割り引いてもとても美味しかった。
誰かと食事を一緒に取るのは、久しぶりだな……。
拓郎は、ファミレスの味気ない料理が妙に美味しく感じるその訳を、不思議な気持ちで考えていた。
目の前には、実に美味しそうに食事を口に運ぶ藍の姿がある。
在り来たりだが、食事は一人で取るより誰かと一緒の方が美味しい――。
それは、拓郎が忘れて久しい感覚だった。