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02 出会い 1

 拓郎が彼女、大沼藍おおぬまあいと出会ったのは昨年の十一月。

 無性に「朝の港の風景」が撮りたかった拓郎は、神奈川県の「港が見えるヶ丘公園」に来ていた。

 その名称通り、横浜港を一望できる小高い丘に造られた公園で、日没から夜にかけての景色の素晴らしさは言葉に出来ないほど美しい。山下公園、マリンタワーと並ぶ定番の観光&デートスポットなので、昼間は観光客夜はカップルで賑わっている。

 だが季節はもう冬。それもまだ日の出前の薄暗い時間帯と言うこともあり、さすがに散歩をする人影すらいない。

 拓郎はけっこうな底冷えの中、日の出を撮るべく一番見晴らしの良い場所に陣取った。

 吐く息が白い。夜が明ける前のシンと染み込むような冷気が、むき出しの頬に突き刺さるが、子供と一緒で、そう言う時の早起きも寒さも気にならなかった。

 日の出の瞬間、拓郎はシャッターチャンスにカメラを構える。

 ――と、不意に覗くファインダーの中に、人影が入った。


 年の頃は、十六、七才だろうか。淡いブラウンのコート姿の華奢なシルエット。

 人目を引く程の、腰まで伸びた自然なウェーブの掛かった、柔らかそうな長い髪。

 その髪が、海風に吹かれてサラサラと、軽やかに舞う。

 髪の色が金色に輝いて見えるのは、朝日に照らされているからばかりではないようだった。

「ハーフか何かかな?」

 少女がゆっくりと拓郎の方へ振り返る。

 瞬間、拓郎は思わず息をのんだ。

 まだ眠りから目覚めない薄紫に霞む港の風景。

 冬の凍えるようなぴんと張りつめた空気を切り裂くように、雲の切れ間から漏れるの神々しいまでの朝日が儚げに佇む少女を染め上げる。

 今にもその光に溶けて行ってしまいそうな、目を離したら、もう次の瞬間には消えていなくなってしまいそうな危うさ。決して、絶世の美女という訳ではなかった。でも目が離せない。

 それはまるで、鮮烈なイメージを放つ一枚の絵のようだった――。


 一瞬拓郎は、今見ている物が現実ではないような気がした。

「冬の妖精とか言うんじゃないだろうな……」

 そんなことを呟きつつ、感動。そう、感動するとはこ言うことなのだと、どこかでぼんやり考えながら、拓郎は夢中でシャッターを切り続けていた。

 カシャカシャカシャ。カシャカシャカシャ――。

 朝の静寂しじまを縫うように響くシャッター音。

 その音に気付いて、少女が拓郎の方を見た。

 二人の視線が、カメラのファィンダー越しに合う。

 まさか人がいるとは思わなかったのだろう、少女の大きな色素の薄い明るい茶色の瞳が驚きに見開かれる。

「あっ、すみません! 勝手に撮ってしまって!」

 結構な重さのカメラを抱えて、ペコリと頭を下げながら拓郎は少女の元に走り寄った。

 訝しげに、と言うより『恐怖』の表情を浮かべて見つめ返す大きな瞳。

 綺麗だな――。

 拓郎は、素直にそう思った。

『邪気のない』と言えば一番ぴったり来るだろう、澄んだ瞳の色。目は心の窓と言うが、その澄んだ瞳の色は、少女の純粋さをそのまま現しているような、そんな気がした。

「あ、俺、私は、こう言うもので……あれ?」

 拓郎は、いつもの仕事の癖で、名刺を渡そうと胸ポケットやジーンズのポケットをまさぐって、はたと気が付いた。

「今日は、仕事じゃなかったんだっけ」

 納得したように呟くと、くしゃっと笑顔になる。元々童顔で人好きのする顔なので、笑うとますます少年めいて見える。

「俺、芝崎拓郎しばさきたくろうって言います。フリーのカメラマンをしているんですが……。突然ですが、モデルになって貰えませんか?」

 我ながら、在り来たりなナンパにきこえるな、と思いつつ「是非撮らせて下さい。宜しくお願いします!」と、頭を勢いよく九十度に下げる。

「ごめんなさい。私、出来ません!」

 動揺したような、幾分震えたトーンの高い澄んだ声が返って来て、拓郎は頭を上げた。

 ペコリ。

 その視線の先で少女は頭を下げると、無言のままクルっときびすを返した。

「あ、待って!」

 拓郎は思わず反射的に、少女の手首を掴んだ。

 ビクリ!

 少女の体は絵に描いたように固まり、驚きに見開かれた瞳が拓郎を見つめ返す。

「あ、ご、ごめん!」

 反射的にしてしまった行動が、少女を酷く怯えさせたことを感じて、拓郎は慌てて手を放した。

「それじゃ、話だけでも聞いて貰えませんか? 確か、すぐそこにファミレスがあった筈だから……」

 しどろもどろになりつつ、何とか説得を試みる。

「お願いしますっ! この通り!」

 こう言う時は、押して押して押し切るに限る。それが必要な物ならば、恥や外聞を気にするのは二の次だ。

 どうしても、この少女の写真が撮りたい。

 最早それは『被写体に対する一目惚れ』のような物で、拓郎の『カメラマンとしての勘』としか言いようがない。理屈ではないのだ。

 拓郎は再度、深く頭を下げた。




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