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07 恋人未満 1


 年も明けた一月一日。

 今年も何か良いことが有りそうだと思わせるような、 気持ちの良い快晴の下、拓郎と藍は、アパートの大家でもある佐藤家を訪れていた。

『お正月だから、お昼におせち料理を食べに来なさい』と君恵に誘われたのだ。

「明けましておめでとうございます」

「はい、おめでとうございます。今年も宜しくお願いね」

 玄関先に迎えに出た着物姿の君恵に、型どおりの新年の挨拶をすませて、いつもの居間に通された二人は、部屋に入るなり君恵の長女・美奈に、頭のてっぺんからつま先までしげしげと観察されてしまった。

 正月とは言っても、拓郎はいつもと変わらずジーンズにセーターというラフな格好で、藍にしても同じくジーンズにセーター姿だ。

 見ようによっては、ペアルックに見えなくもない。

「ふうん……」

 二人の間に漂う、微妙な雰囲気。

 まあ、主に変わったのは拓郎の態度なのだが、美奈には一目見て「何かあったな」と、ピンと来てしまった。

 ショートボブの黒髪に、猫を思わせる少しつり加減の大きな瞳。女性らしいグラマーなスタイル。

 母性を感じさせる豊かな胸の前で腕組みをすると、美奈はニコニコと満面の笑みを浮かべた。

「な、何ですか美奈さん。その、不気味な笑いは?」

「別にぃ、何でもないわよ? 私の天使のような微笑みが不気味に見えるとしたら、拓郎、あんたの方に何か後ろ暗い所があるんじゃないの? ほら、白状しちゃいなさいよ」

 顔を引きつらせて、しどろもどろに言葉を詰まらせる拓郎をしげしげと見やり、美奈はきつい突っ込みを入れる。

 美奈の言う通り。『後ろ暗い所』が大有りでバッチリ思い当たる拓郎は、ぐうの音も出ずに言葉に詰まった。

 勿論、後ろ暗い所とはクリスマスの、『寝ぼけて藍を抱き枕代わりにして、その上何かをしてしまったかも知れない件』の事だ。

 結局、真相は分からないまま、拓郎の中には『果てしなくイケナイコトをしてしまった』と言う、後ろ暗い気持ちが根強く残っている。

 好きか嫌いかとか、恋愛感情がどうとか言うよりもまず、酔っぱらって寝ぼけて自分がしでかしたかも知れない事に、大いなる罪悪感を感じずにはいられなかった。

 一方、後ろ暗い所が微塵もない藍は、ニコニコとそれこそ天使の笑顔を浮かべて、美奈の娘の恵と佐藤家の飼い猫、ちゃーの生んだ子猫を楽しそうに見ている。

「まあまあ、立ち話もなんだから、まずは、座ったら。美奈、正月早々人をからかって遊ぶんじゃないよ」

 美奈の夫、貴之が苦笑しながら助け船を出してくれたが、そのくらいで引き下がるわけもなく、「はいはい」と腕組みをする美奈の顔は、不敵に微笑んでいた。

 広い十二畳の和室の、アパートの十倍はありそうな大きな家具調コタツを皆で囲んで、おせちでお昼食になってすぐに、

「で、何があったのかな、藍ちゃん?」

 と、待ってましたと言わんばかりに興味津々の、美奈の質問大会が始まった。

 拓郎に聞かずに、素直に答えそうな藍に話を振る所が、美奈の美奈たる所以である。攻め所を心得ている。

「え、あの……?」

 だが藍は、何を聞かれているのか分からないように、きょとんと首を傾ける。拓郎はすかさずフォローに入った。

「美奈さん。何か質問があるなら、俺に聞いて下さい、俺に!」

「拓郎は、嘘つきだからダメ」

「な、何ですかそれは。人聞きが悪い。俺がいつ、嘘なんかつきましたか?」

「ついたじゃない。この前『藍ちゃんのこと好きなんでしょ?』って聞いたらあんた、なんて言った?」

「……別に、ただの同居人です……よ?」

 と、言った筈だたぶん。

 拓郎が、半月ほど前の美奈との会話を思い出しながら答えると、美奈はうんうんと、納得気に頷いた。

「そう。そう言う心にも無い嘘を、シャラーっと言うようなヤツは、信用出来ないから、素直で嘘なんか付かない藍ちゃんに聞くんじゃないの」

「……嘘って」

 別に嘘を言った訳じゃない。

 少なくとも、美奈に質問をされたその時点では、拓郎の言葉は嘘偽りなく真実だった。

 この二ヶ月間、二人の間にはいわゆる『恋人』と言えるような事は何もなかったのだ。

 クリスマスの夜までは――。


 あのクリスマスの後。

 身から出たさびで、一人、風邪を引いてしまった拓郎は、三日ほど仕事を休んで部屋で寝込んでいた。

 あれは、三日目の夜だった。

 大分体調も良くなって、普通に夕飯を食べた後、久々にTVドラマをのんびりと見ていた。

 勿論、藍も一緒だ。

 内容は、クリスマス特番の高校生が主人公の恋愛ドラマの再放送だったのだが、これがいけなかった。

 誤解や曲解、親友の裏切り、親の離婚。

 王道過ぎる展開ではあったが、それなりにドラマは盛り上がり、いよいよクライマックス。

 街頭に飾られた大きなクリスマスツリーの前で、主人公の女の子が涙に濡れながら男の子に告白をする。

「あなたが好きなの。ずっと好きだったの。愛してるのっ!」

「俺も、ずっとお前が好きだった。始めて会ったときから……」

 見つめ合う、二人。

 出会いからの出来事が、二人の胸の奥に去来する。

 初めての口づけ。交わされる抱擁――。

 やっと告白できた彼女にクリスマスの奇跡が訪れた。

 フワリ。

 今年始めて降る雪が、二人を包むかのように、舞い落ちる。

 で。

 ここで『めでたしめでたし』と、物語が終わったなら、宣伝通りの純愛ストーリーだった。

 が、どっこい、ここからが急展開。

 甘いメロディーが流れて画面が切り替わり、ホテルの一室でラブシーンが繰り広げられ始めた。

 一糸纏わぬ姿で抱き合う恋人達。

 ――告っていきなりそう来るわけか。

 純愛ストーリーと言う触れ込みだったから、まさかこう言うあられも無いラブシーンがあるとは思わなかった。

 クリスマスの夜のことがあり、かなり気まずい。

 藍の様子が気になり、拓郎がコーヒーカップを口に運びながら、藍の横顔にチラリと視線を走らせたときだった。

「芝崎さん、聞いても良いですか?」

 不意に名を呼ばれ、拓郎は内心ドキリとした。

「なに?」

 と、何気ない風を装って、再びコーヒーを口に運ぶ。

「芝崎さんは、セックスしたいと思ったりしないんですか?」

 一秒後。

 拓郎は、口に含んでいたコーヒーを勢いよく吹き出した。逆流したブラック・コーヒーが鼻と気管を直撃して、激しくむせ返る。

 な、な、なんて言った、今!?



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