第二話
さすがはベテランの教官だ。ただの暑苦しくてうるさいオッサンじゃなかった。
僕も前川もスーツ一つで宇宙に放り出されることへの恐怖感はなくなった。
スピードに対する恐怖で上書きしたとも言えるけど。
「おれ、今日はもう何も食えないわ。」
前川が顔を青くしてそういった。
僕も同感だ。今日は何か胃に入れても受け付けない自信がある。
本当だったら今日は学校終わったら2年前に卒業した先輩に食事をおごってもらう予定だったけど、無理だな。
「ご飯は残念だったけど、久しぶりに会えるんだし行くでしょ?」
「まあな。もしかしたら面白い話聞けるかもしれないしな」
とまあそんな調子で二人で学校からの帰り道を帰っていた。
僕達の学校、秋津洲宇宙軍兵学校はその名の通り、宇宙空間に作られた巨大宇宙基地『秋津洲』の中にある。
ここには僕達の通っている学校の他にも一般的人用の住宅や娯楽施設、複合商店なども入っている宇宙に浮かぶ街であり、機竜や人機、艦船などの港もある軍事施設でもあり、惑星採掘施設や新型機動兵器の実験場もある一つの閉鎖された世界だ。
このようなコロニーを目当てとなる惑星の付近に建造し、そこから採掘、惑星の管理、防衛圏の形成、そして経済圏の拡大を行うのが現代の植民地獲得時代、第二の大航海時代だ。
で僕たちは先輩との待ち合わせ場所であったショッピングモール前に来ていた。
居残り訓練で遅くなると連絡を入れておいたが、先輩はもう先に来て待っていたようだ。
黒い短めの髪に、度の低い眼鏡に黒いスーツ。そして年々膨張する下っ腹。
雑賀先輩だ。 というか先輩また太ったな。
「先輩お久しぶりです。また太りましたね」
と前川が開口一番に先輩を煽った。いいぞ。
「うるさい。情報将校は運動しないんだよ」
先輩は学校の基本課程を終了したあと、僕達とは違い情報系に行った。結局のところ使いっ走りになるパイロット課程よりも政治に近づきやすくなる分、より難関で、エリートと言われるやつだ。それなのにいまだにこうして交流があるのは、いわゆる幼馴染というやつだ。
良いよね。幼馴染って響き。でも全員男だ。くそう。
「それで、最近はどうですか?なんか面白いネタとかありますか?あったら聞かせて欲しいなーなんて」
「バカタレ。あってもこんな往来で言えるわけないし、お前らにも言えるか。さっさと飯食いに行くぞ」
前川が直球に訪ねて、正面から撃墜された。当たり前だよなぁ。
「あ、それなんですけど先輩、僕達今日居残り訓練くらって、モノ入らないんですよ・・・」
「だから今日にしたんだよ。お前らがバカスカ食えないときのほうが、都合がいい店に連れて行ってやる」
いつもの軽口をたたきながら食事エリアに向かう。さっきは『もう何も食えない』って思っていたが、実際にご飯のいい匂いを嗅ぐと食べられる気がしてきたから、若さとは素晴らしいものだ。
「それで、何が聞きたい。答えられる範囲なら教えてやろう」
席につくなりこう切り出してくる辺り、それで良いのかと思うが、個室で周りに声があまり漏れないから良いのだろう。
「じゃあ先輩、今星の方で隣の国との緊張が高まってて一触即発って話、どこまで進みそうですか?」
現在僕達がいるコロニーが採掘を行っている惑星「No139」は僕達の国「扶桑」と隣国「宋胡」の二カ国が領有権を主張して睨み合っている。
No139惑星は本来あまり見向きされない星だった。大きさと密度が小さいため、ここに採掘基地コロニーを建造してもそれに対するJM粒子採掘量のリターンが見合わないというわけだ。
だが、比較的小さいということは採掘の難易度は低いということから他国に対して宇宙進出技術で遅れをとっている我が国にとっては、データ収集にもってこいの『練習台』であったこと。
新型機動兵器・機竜の研究開発、搭乗員育成施設を建てるにはあまり目立たないここはもってこいだったこと。
この二点から、うちの国はここにコロニーを建て始めた。
そして掘り始めてみたら、予想外の『大当たり』だったのだ。
JM粒子の採掘量は標準より少し大きめの惑星並。それでいて採掘難度は小型惑星並ということで、さぞ上層部はウハウハだったろう。
そんな流れでコロニーの建設もあらかた終わり、採掘場建設の次の段階、惑星への長期的な植民を開始しようとしていたとき、隣の国がイチャモンを付けてきたのだ。
『この惑星は我々が母星にいたときから領有権を主張していた。そして我が国が他の惑星への植民に忙しく、手が回せなかったのを良いことに貴国は勝手にコロニー建設、採掘場を建設し、実行支配を行っている。 本来ならば既に採掘されたJM粒子も我々のものであった。なので貴国に対し、惑星からの立ち退きと採掘されたJM粒子分の補填のために、採掘基地、並びにコロニーの開け渡しを要求する。』
と言い出したのだ。
もちろんそんなコトを言われてスゴスゴと立ち退いたりしたら他国から下に見られるし、さらに不条理な要求を突きつけられるだろう。国民感情からしても受け入れられないし、何より、そんな歴史的事実はない。
こっちはきちんと所有権を主張している国がないのを確認してから領有権を主張し、国際連盟に提出。そのときは宋胡も主張を認めたのだ。
それを資源がでたから古来からうちのもんだったなど、『新しく』発掘された資料を元に主張されてはたまったものではない。
が、しかし、『力』があればそれがまかり通るのもまた事実。
宋胡の政治形態は少数の政治家兼軍人が多数を支配する独裁の形をとっている。
安定した時代であったら、多数の国民を圧する独裁は歓迎されないだろう。
しかし、新たな時代を拓くとき、独裁という政治形態は爆発的な力を発揮する。
母星にいたときから蓄えていた圧倒的な資源とマンパワーで有利なスタートダッシュを切り、次々と植民惑星を獲得、勢力を広げてきた。
ぶれない指針と人命を顧みない強引な拡大は、多大な負担を民衆に強いつつも、確実に富を国家と自国民に還元していった。
着々と経済力を伸ばし、軍事力を拡大してき。
それらの力でもって、我が国を脅しに掛かってきたと言うわけだ。
こんな要求は到底飲めない。しかし、宋胡の軍事力は確かに脅威である。
それでどうするかという話である。