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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

中学生だけど勇者になった。コンクリートに囲まれた、この現代で

作者: いかぽん
掲載日:2017/01/26

 きーん、こーん、かーん、こーん。

 今日も一日の授業が終了した。


「んっ……帰るか」


 オレは教科書類をバッグに詰め込むと、そのバッグを手に取って教室をあとにする。

 下校する生徒たちで賑わう玄関で、下駄箱で靴を履き替える。


光輝みつきくん、また明日ね」


 クラスの女子が帰り際に声をかけてきた。

 オレは作り笑顔を向けつつ、それに手を振る。


「きゃーっ! 光輝くんに手振ってもらっちゃった!」

「あんたねぇ、御剣みつるぎくんはマスコットじゃないんだから」

「だぁって、可愛いんだもん。洋子だって可愛いと思うでしょ?」

「まあ、そりゃね……」


 その女子は、連れ合いのもう一人の女子と話しながら、校舎を出て行った。

 オレはそれを聞いて、一人ため息をつく。


 せめてオレから聞こえない声で話してくれないかな。

 もしくは、女子から可愛いと言われる男子の気持ちも、少しは考えてほしい。


 そんなことを思っていると、後ろからポンと肩を叩かれた。


「よう、光輝。今日も大人気だな」


 振り向いてみると、腐れ縁の友人、新田にった啓介けいすけがそこにいた。

 オレより少し身長の高い啓介は、いつも通り軽薄そうなへらへら笑いを浮かべている。


「はあ、嬉しくねぇよ。女子から可愛いって言われるオレの気持ち、お前考えたことある?」


「相変わらず贅沢言ってんなぁ。そもそもモテないより全然いいだろ」


「別に。女子にモテたいとも思わないし」


「前から思ってたけど、お前まさか、そっち系?」


「アホか」


 啓介とそんな会話をしながら、玄関を出て、校庭を抜けて学校の門を出る。

 啓介は俺の後ろをぶらぶら歩きながら、声をかけてくる。


「お前ってほんと、クールっていうか、ストイックっていうか、変な奴だよな。何が楽しくて生きてんの?」


「別に」


「別にってこたないだろ」


「いや、ほんと別にだよ」


 住宅街を歩き、踏切を渡ると、そこで啓介とは帰り道が分かれる。


「じゃあ光輝。また明日な」


「ああ、また明日」


「なんか最近物騒みたいだし、帰り道気を付けろよ。お前パッと見じゃほとんど女子だからな。変なのに襲われないとも限らんぞ」


「やめろよ……っていうか、男子の制服着てるのに間違えるとか、ありえないだろ」


「いやいや、それが余計そそるって可能性も」


「言ってろバカ。じゃあな」


 啓介と手を振って別れる。

 あとは帰宅路を、まっすぐ家まで。


「はあ……何が楽しくて生きてるのか、か……」


 オレは住宅街を一人歩きながら、啓介に言われた言葉を、特に意識もせずに繰り返していた。

 その問いに対する答えを、オレは持ち合わせていなかった。


 御剣みつるぎ光輝みつき、中学二年生。

 家庭生活も学校生活も、特に問題らしい問題もなく、順風満帆。

 成績も運動も上の中程度で、特に不満もない。


 でもオレには、これと言って打ち込める何かが、何もない。

 夢を持てと大人たちは言うが、それには何か情熱みたいなものが必要で、オレにはその情熱とかいうものが決定的に不足している気がする。


 何をしてもむなしくて、意識が上滑りする。

 何でもほどほどにはやれるけど、ほどほど以上にはやろうと思えない。


 他人との付き合いも、どっちかって言うと、わずらわしい。

 一人でいる時間のほうが、よっぽど心が落ち着く。

 ……まあ、啓介ぐらい気楽な相手になると、そうでもないけど。


 そんなオレは、ただただ惰性で毎日学校に行って、家に帰ってを繰り返している。

 このルーチンワークは、いつまで続くのか。

 高校、大学……あるいは、社会人になっても?


 何が楽しくて生きているのか。

 オレ自身が分かっていない。

 そういう意味では、女子にモテるとか何とかいうことに情熱を燃やせる啓介みたいなやつのほうが、よっぽど人として優れているのかもしれない──


「……なんてこと考えている時点で、オレって傲慢なんだよなぁ……」


 そんなことをつぶやきつつ、帰宅路を歩いていた。

 そのときだった。


「──見つけましたわ、勇者様!」


 行く手の先の、曲がり角。

 そこに、なんて言ったらいいのか──とにかく、信じられないものを見た。


 そこに現れた人物を一言で表現するなら、「純白のドレスを着たお姫様」だ。

 結婚式から抜け出して来たのかと思うようなドレスを着た、金髪碧眼の白人系の少女。

 年は俺と同じか、もしくはちょっと上ぐらいだと思う。


 それが、日本の住宅街の路地に現れた。


 それを見たオレが真っ先に思ったのは、「あ、あれはヤバい人だ」である。

 直観的に、アレと関わり合いを持っちゃいけないと思った。


「勇者様ーっ!」


 でも、相手はそれを許してくれなかった。

 そのお姫様然とした少女は、オレを視界にターゲッティングするや、まっしぐらに駆け寄ってきたのだ。

 そして彼女はそのまま、オレに抱き着かんと、白の長手袋に覆われた両手を広げてダイブしてきた。


 俺はそれを、横にひょいとよけた。

 べちゃり。

 純白ドレスのお姫様は、コンクリートの地面に墜落した。


「……ゆ、勇者様……?」


 お姫様はゾンビのようにふらふらと立ち上がってくる。

 俺はその前にそそくさと、足早にその場を立ち去ろうとした。


 しかし、捕まった。

 お姫様は死に物狂いで、立ち去ろうとするオレにしがみついてきた。


「勇者様ぁっ、待ってくださいぃ! どうして逃げるんですかぁっ!」


「アホか! そりゃ逃げるわ! 何だか知らないけど怖いわ! お前誰だよ!?」


 お姫様は、オレの腰回りに抱きついて離れない。

 引きはがそうとしても、意外な力の強さを見せてへばりついてくる。


「は、な、せ!」


「離しませんんっ! 久しぶりに見つけた勇者様なんですから! それに、あなたみたいに可愛らしい勇者様は初めてです! もう私あなたに決めましたからね! 絶対逃がしませんよ!」


「なんの話だか知らないけど、オレに可愛いって言うな! そして離せ!」


「嫌です離しません私もう心を決めましたから!」


 そうこうしているうちに、大変まずいことに、辺りから人が寄ってきた。

 しかも、中には俺とお姫様の揉み合いがネタになると思ったのか、携帯端末を取り出して写真か動画を撮ろうとしてくる者まで現れる。


 ──まずい。

 このままだと、全国的なさらし者になってしまう。


「ああもう、ちくしょう! とりあえずオレんち行って話すぞ!」

「きゃっ!」


 俺はしがみついている少女を、とっさにお姫様抱っこで抱きあげた。

 そして全力でダッシュし、その場から立ち去った。


「ゆ、勇者様……!」


 オレの腕の中には、オレに向かってきゅんきゅんとした眼差しを向けてくるお姫様がいた。

 こ、こいつ……あとで泣かす。絶対泣かす。






 家にたどり着いたときには、もうへとへとだった。

 オレはひとまずお姫様を玄関前で待たせて、家の中の偵察を行なった。


 今は両親とも仕事に出ている時間だし、妹も部活でしばらく帰って来ないはず。

 家にほかに誰もいないことを確認してから、お姫様を連れて、二階にある自分の部屋に入った。


 そして、お姫様を自分の部屋のベッドに座らせ、オレは勉強机の前の椅子に座って、彼女と向かい合った。

 お姫様はベッドの上で、なぜか正座となり、三つ指ついて深々と礼をしてきた。


「アリシアと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


「あ、いえ、こちらこそ──じゃない! 待て待て待て、一体なんの話だ。最初から説明してくれ」


 オレはベッド上の正座姿のお姫様──アリシアと名乗った少女に向かって、当然の要求をした。

 しかしアリシアは、俺の質問に対して、可愛らしく首を傾げた。


「最初から、ですか……? 私が勇者様をお見初めした理由は、一目惚れとしか……」


「いや、そこじゃない……。いろいろ言いたいことはあるけど、そもそもその『勇者様』ってのは何なんだよ。オレは普通の中学生だぞ」


 オレがそう言うと、アリシアはポンと手を打つ。


「そうでした! 勇者様があまりにも可愛らしいもので、そのことをすっかり忘れていましたわ」


 また可愛いって言った……。

 でもここで突っ込むと話が進まない。

 我慢だ、我慢しろオレ。


「えっとですね、あなたには──」


「オレは御剣光輝。光輝って呼んでくれ」


「はい、ミツキですね。──ミツキには勇者として、この地で魔物を撃退する守護者となってもらいたいのです!」


「……はあ」


 アリシアは、何だか突然ファンタジックなことを言いだした。

 ……いや、アリシアの存在自体がファンタジックと言われれば、その通りではあるんだが。


「とりあえず、お前が見た目通りの妄想世界の住人だってことはよく分かったよ。でもそういうのは一人でやってくれ。オレみたいな善良な一般市民を巻き込むな」


「妄想世界じゃないですよ? 現実ですよ?」


「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」


「むー、どうしたら信じてもらえますか?」


「どうしたって無理だ」


 俺はアリシアの妄言を、無碍むげに突っぱねる。

 頭がどこかのお花畑に飛んでしまっている少女の言うことを、親切に真に受けてやれるほど、オレもお人よしじゃないのである。


 そして次には、この厄介な妄想人を、どうやって追い出そうか考える。

 警察呼ぶか?

 まあそれが順当だろうなぁ……。


 なんてことをオレが考えていると、アリシアはふと顔を赤らめ、もじもじしながらこんなことを言ってきた。


「……じゃあ、キスしますか?」

「何言ってんのお前?」


 突然、脈絡のないことを放り込まれた。

 くそ、ちょっと想像しちゃったじゃないか……。


「なんならディープなほうでも、私は一向に構わないですけど」

「いやだから何言ってんのお前?」


 照れた素振りをしながら、ちらちらとオレのほうを見てくるお姫様。

 こいつヤバい……ガチでヤバい……。


 家にあげてしまったのは失敗だったかもしれない。

 どうやってこいつに知られないように、警察に連絡しようか……。


 そんなことを考えていると、


 ──ピピピピピッ、ピピピピピッ──


「──はい、アリシアです」


 アリシアが、懐から携帯端末を取り出して、電話に出た。

 えっ、あのドレスって、ポケットとか付いてるの?


「はい、はい……えっ、ゴブリン? 三体ですか? ゲートは? ……まだ開いてない。十分後ぐらいの予測と。……はい、私いま、●●町の勇者の素質を持った方のお宅にお邪魔して、説得してるところなんですけど……はい、この近く、三丁目ですか。……あっ、はい、わかりました。ちょっと厳しそうなんですけど、何とか説得してみます。はい、はい、失礼しまーす」


 ──ピッ。

 アリシアが、通話を切った。


「──というわけなので、ミツキ。事態は一刻の猶予もなくなりました。今すぐ私とキスしてください」


 オレはとりあえず、何だかわからないが、スリッパで一発アリシアの頭を引っぱたいてやった。

 そして涙目で頭を押さえる少女に、こう伝える。


「わかった。ひとまず信じることにしてやる。してやるから、ちゃんと順を追って話せ」


「うぅ……でも、時間が……すぐにキス──契約を済ませて、現地に向かわないと……」


 その少女の言い分に、オレは頭を抱えた。


 とりあえず分かったことがある。

 こいつにまともなコミュニケーション能力を期待しちゃダメだ。

 こっちで会話の流れを制御してやる必要がある。


「…………。なんだ、その、契約ってのは、お前とキスすればいいのか?」


「……はい」


「わかったよ」


 オレは、アリシアの肩をつかむと、その唇に自分の唇を重ねた。


「──っ!?」


 少女の目が、驚きに見開かれる。

 オレはすぐに、口づけを離した。


「ほら、これでいいの──か……?」


 ほら、これでいいのか。

 そう言おうと思って用意していたオレの言葉は、後半、驚きに取って代わられた。


「な……何だこれ……?」


 オレの全身から、何か淡い光が発せられていた。

 その光はすぐに、オレの体にしみ込むように消えてゆく。


 そして、それと同時──


 ぶわっと、オレの内側から、何か力の奔流ほんりゅうのようなものが溢れ出してきた。

 オレの髪が一時だけ逆立ち、部屋のカーテンがはためき、机の上の本がバラバラとページをめくられる。


 そしてそれがやむと、アリシアはオレに向かって微笑みかけてきた。


「契約は完了ですわ、勇者様。『光と剣の勇者』、それがミツキのステータス。──ともかく、事は一刻を争います。急がないと」


 戸惑うオレと違って、アリシアは当たり前の現実を見るようにその事態を受け入れつつ、そう告げてくる。

 そしてもう一つ、思い出したように付け加えた。


「あと──キス、ご馳走様でした。結構なお手前で──痛いっ!」


 オレは何はともあれとりあえず、頭を下げてくるアリシアの後頭部を、スリッパでぶん殴った。






「『姫』との口づけで、『勇者』が目覚める──古くからの言い伝えで、理屈とかよく分かってないんですけど、そういうものなんです」


 オレの腕の中で猫みたいになったアリシアが、雑な説明をしてくる。

 そのドレスと髪が、風でバタバタとなびいている。


 オレはアリシアをお姫様抱っこで抱えつつ、屋根から屋根へと次々跳んで渡り、目的地までの最短距離を移動していた。


 アリシアとのキスによって、オレは勇者として目覚めた──らしい。

 そしてそれによって、オレはまったく人間離れした身体能力を得ていた。


 屋根から屋根へひとっ跳びの脚力に、女の子一人抱えるぐらいは何の重さとも感じないほどの腕力。

 その能力をもって、俺は『現場』へと急行していた。


「確か三丁目とか言ってたよな。啓介の家があるほうだぞ……」


 オレがそう呟くと、アリシアは真剣な顔つきで、こんなことを聞いてきた。


「ミツキ、そのケイスケという人とは、どういう関係ですか? ひょっとして、くんずほぐれつのあはーんな感じですか?」


「……落とすぞこの腐れ姫」


「わっわっ、ごめんなさいごめんなさい!」


 何かを期待するようなキラキラした瞳で見上げてくるアリシアを、片手で首根っこだけつかんで宙づりにしてやると、少女は手足をバタバタさせて謝ってきた。

 一応、謝罪の言葉があったので、もう一度お姫様抱っこ姿勢に戻してやる。


「うー、ミツキは『姫』の扱いがぞんざいだと思うのです……」


「それが嫌だったらもっと常識的な言動をしろ。──ていうか、その『姫』ってのは何なんだ?」


「『姫』ですか? 何って言われても……うーん……教科書的には、勇者様の力を解放する能力を持った『鍵』の役割を持つ一族、っていうことになってますけど」


「教科書?」


「はい。『姫』の一族は、幼い頃からその教科書を使って、英才教育を受けるんです」


「……その英才教育を受けた結果が、お前か」


「はい!」


 お姫様抱っこされたまま、腰に両手を当て、自慢げに胸を張るアリシア。

 残念ながら皮肉は通じなかったようだ。


 そんなこんなの話をしながら、屋根の上を跳び続けていると、やがて啓介の家の近くあたりまでやって来た。


「そろそろ三丁目だな……特に異常はなさそうだけど」


 オレは比較的高い五階建てぐらいの建物の屋上に着地し、アリシアを降ろしてから、辺りを見渡す。

 近くで騒ぎが起きているというような様子は、特に見当たらなかった。


 ていうか、何となくノリでここまで来てしまったけど、落ち着いてみると、何してるんだろうオレ、という気分になってくる。

 制服姿の、着の身着のままで飛び出してきてしまったけど……。

 純白ドレスの金髪美少女を、お姫様抱っこして屋根の上を跳び回るとか、それこそ通行人に動画でも撮られたら、人生終了のお知らせだ。


「んー、まだゲートが開いてないのかもしれないですね」


 アリシアもぐるりと辺りを見渡しながら、そんなことを言う。


「その、『ゲート』ってのは何なんだ?」


「ゲートですか? 英語で『門』っていう意味ですけど? ……おやおやぁ? ミツキってば中学生にもなってそんなことも知らな──痛い痛いっ! こめかみぐりぐりはやめてくださいっ」


「そんなこと聞いてるんじゃないよな? 分かるよな?」


 涙目になってヘルプを要求するアリシア。

 しょうがないので、ぐりぐり攻撃をやめて解放してやる。


「うぅっ……暴力反対ですよぅ……ミツキは可愛いのにDV夫ですよ……」


「よし、その発言は頑張ってスルーしてやるから、ちゃっちゃと必要事項を喋ろうか」


「はい……えっと、ゲートですよね? 私たちがゲートって呼ぶのは、魔界とこの世界とを結ぶ門のことです。据え置きのものではなくて、突然現れたり消えたりします。形状は、なんか黒いもやもやみたいな感じで──あ、ほら、ちょうどあんな感じの……」


 アリシアがそう言って、今いる屋上から、とある方向の下のほうの路地を指さす。

 見てみると、その人通りのない路地の、地面より少し上ぐらいの空間に、一抱えほどの大きさの、円形の黒い霧のような何かが現れていた。


 あの場所、さっき見たときには、あんなものはなかったはずだ。

 そう思って注意して見ていると──その黒い霧の中から、何か子どもぐらいの大きさの人型の生き物が三つ、現れ出てきた。


 奇怪な生き物だった。

 肌の色はくすんだ緑色で、衣服らしいものは腰回りに巻かれたぼろぼろの布地だけ。

 背丈は小学校の低学年から中学年というぐらい。でも背中が曲がっているから余計に背が低く見える。


 顔は醜悪で、鼻が異様に長く、口は大きく裂けていて。

 手足は異様に細くて、節くれだっている。

 そしてそのそれぞれの右手には、包丁よりは長いというぐらいの赤茶けた刃物を持っていた。


 出てきた生き物たちは、きょろきょろとあたりを見渡してから、我が物顔で路地を歩き始めた。

 そして、そいつらが出てきた黒い霧は、やがて徐々に小さくなって、消えてなくなってしまった。


「あーっ! っていうかあれです! さっきのがゲートで、あの出てきたのがゴブリンです!」


 アリシアが、路地を見下ろしながら叫ぶ。

 その声に、件の奇妙な生き物たち──ゴブリンが反応し、またきょろきょろと辺りを見渡し始める。


 オレは慌ててアリシアの口をふさいで、屋上の地面に引きずり倒し、自分も伏せた。


「むーっ! むむーっ!?」


「バカかお前! 英才教育はどうしたんだよ!? あれどう見たってヤバい奴だろ!」


「──ぷはっ! どうして隠れるんですかミツキ! ああいう魔物を倒して街の平和を守るのが、勇者であるミツキの使命ですよ!」


「それオレいま初めて聞いたからな! 何となくそんな感じだとは思ってたけど!」


「……あれ、話してませんでしたっけ?」


 首を傾げるポンコツ姫。

 うわー、頭痛ぇ……。


 ともあれオレは、伏せたままの姿勢で屋上から少しだけ顔を出し、件の路地を見る。

 ゴブリンと呼ばれる生き物たちは、どうやらオレたちの居場所には気付かなかったようで、また路地を進み始めていた。


 そのゴブリンたちが進む先を、ふと見てみる。

 すると、その路地の先の別の通りを、見知った姿が歩いているのが見えた。


「あのバカ……!」


 別にあいつが悪いわけじゃないが、オレはつい、そう呟いてしまった。

 その通りをのん気に歩いていたのは、我が腐れ縁の友人、新田啓介だった。


 このまま放っておくと、三体のゴブリンと啓介とが、交差点で鉢合わせになる。

 そのときどんなことが起こるのか──ゴブリンたちが持っている、あのびて赤茶けた刃物が、如実に物語っていた。


 ……チッ、躊躇ためらってもいられないか。


「──アリシア、行くぞ!」


「へっ……? うわっ、うわわわっひゃああああああ!?」


 オレはアリシアの手を引っつかんで、大きくジャンプ。

 五階建てぐらいの建物から飛び降りた。






 アリシアの手をつかんで飛び降りたオレは、空中でアリシアをいつものお姫様抱っこ体勢に抱きなおし、ごうごうという風を受けつつ落下した。

 そして、目標となる路地へと着地する。


 降り立った先は、三体のゴブリンたちの前だ。

 ゴブリンたちは、突然空から降ってきたオレに驚いて、キーキーと奇怪な鳴き声をあげている。


 ちなみに、高いところから飛び降りたことによるダメージとかは、勇者の力とやらのおかげだと思うが、もちろんない。

 というか、そんなのでダメージを受けると思ったら、そもそも飛び降りたりしない。

 どうも純粋な身体能力の強化だけでなく、着地直前に落下速度が遅くなるような力が働いているみたいだ。


「ひょわわわ……ミツキは、とんでもないことする人ですぅ……」


 アリシアは飛び降りたショックで、ぐるぐると目を回していた。

 これはダメだ、使い物にならなさそう。

 オレはお姫様抱っこしたアリシアを地面に降ろし、三体のゴブリンたちと向き合う。


「さて……やるっきゃないよな」


 ゴブリンたちは、顔を見合わせ、キーキーと何かを話している様子だった。

 しかしやがて三体ともがオレのほうを向いて、一様に、その大きく裂けた口をニヤァっと吊り上がらせた。


 ……いや、怖ぇし。


 ただ、怖いのはそいつらの顔だけだった。

 このときオレは不思議と、戦うことそのものに対する恐怖のようなものは、感じていなかった。


 むしろ、心はとても静かだった。

 穏やかで、冷静で──そして冷淡だった。


 三体のゴブリンはニヤニヤ顔のまま、よたよたと、オレのほうに向かってきた。

 手に持った錆びついた刃物を、これ見よがしにチラつかせてくる。


 それに対して、こっちは徒手空拳だ。

 数の上でも三対一。


 絶対的に不利な状況──


 ──という気は、全然しなかった。


「──キシャアアアアアッ!」


 三体のゴブリンたちが奇声をあげ、一斉に襲い掛かってきた。

 右、正面、左。

 わずかの差で先行してきたのは、オレから見て左の一体だった。


「はっ!」


 その左の一体に、蹴りを入れる。

 腹のあたりを蹴られたゴブリンは、砲弾みたいな勢いで吹っ飛んだ。

 路地を二十メートルぐらい先まで飛んで行って、そこでごろごろと転がって、動かなくなる。


「──っ!」


 右から来た一体には、肘を叩き込む。

 頭部に当たった。骨が砕ける感触。

 そのゴブリンは、横手の壁にべちゃっと叩きつけられて、ずるずると崩れ落ちた。


「──っと」


 正面から来たゴブリンの突き出してきた刃物を、半身になってかわす。

 それから無防備な首筋に、手刀を一発。

 首の骨が折れたみたいだった。

 地面にびたんと倒れて、口から泡を吹き、動かなくなった。


「……ふぅ」


 およそ一秒か二秒か、そのぐらいの出来事だったと思う。

 三体のゴブリンは、どれも動かぬむくろとなっていた。


 そして少し経つと、そのゴブリンの骸は、黒い霧のようになって消えていった。

 しかも本体だけではなく、持っていた武器や、身に着けていた布切れ、地面や壁に付着した体液に至るまで──まるで最初からそんな生き物はいなかったかのように、綺麗さっぱり消え去ってしまった。


 ただ、それらのゴブリンのいた跡地には、ある物が落っこちていた。

 一つを拾ってみると、それは紫色の小さな宝石のようだった。


「……はれ? ミツキ、ゴブリンたちは、どこへ……?」


 そのとき、目を回していたアリシアが、ようやく意識を取り戻した。

 地べたに座り込んだまま、きょろきょろと辺りを見渡す。


「全部倒したよ。──これ、何だか分かるか?」


 オレが拾った宝石を投げて渡すと、アリシアは「わっ、わっ」と言って、慌てて受け取る。


「おおー、ゴブリンの魔石ですね。魔石は回収しておくと、あとで協会が買い取ってくれますよ~。ゴブリンの魔石なら、一つにつき一万五千円だったかな? これで生活している勇者もいるぐらいです」


 そう言って、アリシアはオレにその宝石──魔石を返してくる。

 オレはそのアリシアの言葉に、呆然とする。

 勇者って一人じゃなかったのか、ということにもひそかに驚いていたが、それはさておいても──


「……勇者って、お金貰えるの?」


「はい。そりゃあ、タダ働きさせるってわけにもいかないですよ。勇者の皆さんにだって、生活っていうものがありますから」


「はあ……そういうもんか」


「そういうもんです」


 ゴブリン一体につき、一万五千円とすると……三体分で四万五千円か。


 ……ごくり。


 大人にとってはそうでもないのかもしれないが、毎月の小遣いが二千円のオレにとっては、とんでもない大金だ。

 オレはそう思って、ほかの二個の魔石も大事に拾ってくる。


 すると、魔石を拾って戻ってきたオレに、アリシアが注釈を付け加えてくる。


「でも、あんまり荒稼ぎすると、親の扶養から外れることもあるから気を付けてくださいね──」


 と、そこまで言ったところで、少女はハッとした顔になった。


「って、ヤバッ! ……あの、ミツキってやっぱり、親御さんいますよね……?」


「ああ、そりゃまあ」


「うあー、やっちゃったー! 本部長に怒られるー! ……いやでも今回の場合は緊急事態だったから仕方ないような……それに電話で刈谷さんも何も言ってなかったし……」


 一旦頭を抱えてから、次にはぶつくさと独り言を言い始める。

 なんか、よく分からんけど、大変そうだな。


「ま、なんか分からんが、頑張れ」


「ううぅっ……ミツキぃ、お願いです、親御さんの説得を手伝ってください~。ミツキからも是非、勇者になりたいと、親御さんに熱い想いを一言!」


「えっ、勇者って親の承諾いるの?」


「そうなんですぅ~! お願いしますよぉ!」


 アリシアはオレの肩をつかんで、がくがくと揺さぶってくる。

 うーん……勇者っていうのも、意外と世知辛いものなんだな。


 と、そんなことを考えていた、そのとき──


「──お、光輝? お前どうしたこんなとこで」


 背後から声をかけてきたのは、啓介だった。

 そういえば、こいつが近くにいたの忘れてたな……。


「って、おい光輝、なんだその子!? お前クラスの女子になびかないと思ったら、そんな外人美少女の知り合いいたのかよ! ていうか、その子の格好……まさか、もう結婚まで……!」


「あ、こんにちは、ミツキのくんずほぐれ──じゃない、お友達のケイスケさんですね? ちなみに私のこの衣装は仕事着みたいなものなので、お気になさらず」


「あ、いやどうも、こちらこそ。光輝がお世話になっているようで。──えっと、光輝とはどういう関係で? やっぱりいい関係なんですかね。むしろ俺となんてどうですかね」


「いい関係といいますか、心に決めた相手と申しますか。そうですね、ミツキとはいい関係を築いていけたらなと思っております。あとちょっと最後は何言ってるのか分からないかなって」


 なんかオレを差し置いて、二人で混沌とした社交辞令をし始めた。

 ……付き合ってられん。


「なあアリシア、オレもう帰るぞ。いいか?」


「えっ、あっ、はい。待ってください、私も行きます。親御さんにご挨拶をしないと」


「うちの親、帰ってくるの遅いぞ」


「大丈夫です。待ちますから」


 さっさと帰ろうとするオレのあとを、アリシアがついてくる。

 それを見た啓介が、


「──うおおおおおっ! 光輝の裏切り者ぉおおおっ!」


 涙を流して膝をつき、絶叫した。

 ──あいつ絶対なんか勘違いしてる気がするが、面白そうなんで放っとこう。




 ……とまあ、そんな感じで、オレの勇者としての新たな日常が始まった。


 そしてこれからも、次々と騒動に巻き込まれていくことになるのだが──それはまた別の話ということで。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白そうなのでほっといたところ\( 'ω')/ 確実に次の日学校行ったら許嫁いる!とか言いふらされてるやつじゃないですかヤダー!w まぁ自業自得ですね(´・ω・`)
[一言] おお、すごーくラノベっぽくていいですね~! お姫様かわいいです。 でもおいくら万円やらなにやら世知辛い単語が……いかにも現代風w 導入部がちょっと平凡かなーとも思いましたが、姫様登場で一気…
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