オオカミ少年
「狼がきた、狼がきたぞ」
少年は必死で叫んだ。しかし少年のウソに何度も騙されていた村人は、誰一人助けには現れなかった。哀れ、羊飼いの少年はウソをついた報いに狼に食べられて……というのはウソつきを戒める昔話ですが……。
「だって僕が叫んでも、誰も出てきてくれなかったじゃないか」
命からがらやっとのことで逃げてきたという少年は、村人たちの怒鳴り声に今にも泣き出しそうになりながら答えた。
「それじゃあお前は、狼を追っ払いに行かなかったわしらが悪いと言うのか。自分のへまで俺たちの大切な羊を逃がしておいて」
村人たちは少年を小突き回しながら罵った。少年に預けていた羊の群れはこの騒ぎで跡形もなく消えていたのだ。狼に追われてチリジリになったらしい。
「親がいないのを不憫に思って村で羊飼いとして雇ってやっていたのに、とんだことをしでかしてくれたものよ。一体どうしてくれよう」
村人たちは今にも少年を殴り倒さんばかりであった。
村では、狼がきた時は村の男全員が集まって追っ払う約束になっていたのだ。そしてある時、少年は本当に狼を見た。助けを求める少年の叫びに村人が手に手に斧や鎌を持って現れ、狼は逃げ去った。その時の村人の慌てぶりがあまりにもおかしかったので、少年はそれから再々、「狼がきた」と叫ぶようになったのだった。
初めは、村人も少年の叫びが聞えるたびに飛び出したものだ。しかし、それはいつも少年のウソだった。やがて村人たちは「どうせまた、やつのウソに違いない」と無視するようになってしまった。
今回の騒ぎの原因は村人たちの勝手な判断にあったわけだが、もともとは少年のウソから始まったのだ。だから村人も少年に詰め寄っているというわけであった。
そこに一人の騎士がフラリと現れた。
彼は村人と少年のやり取りをしばらく遠目で見ていたが、馬をめぐらせて近づくと間に割って入った。
「大人が寄ってたかって一人の子供を捕まえて何をしている。話を聞かせてくれないか。場合によっては領主様の名代としてこの騎士ジュリアンが裁きをつけてくれようぞ」
そう言って騎士は両者を交互に見て、詳しい話をするよう促した。
村人たちは見知らぬ騎士の出現に戸惑ったように黙っていたが、領主様の名代と名乗られて無視しては、あとでどんなお咎めがあるかわからない。やがて一人がいきさつを話した。
「なるほど、大よそ話はわかった。この小僧がお前たちを何度も騙したというのだな。しかし、お前たち、それほどにこやつのウソに悩まされていたというのなら、どうしてこの子供に羊を預け続けたのだ?」
騎士はジロリと村人たちを睨んだ。
騎士にはすでにお見通しではあったが、実は村人たちは身寄りのない少年をこき使い、三度の食事を与えるだけで村中の羊の面倒をみさせていたのだった。これは割りのいい取引であり、だから何度騙されても彼に羊を預けていたのだった。
村人たちは口篭もったまま俯いてしまった。
「挙句の果てが本当に狼がきた時、誰も助けに出ず、羊を失ったというわけか。わかった。わしが領主様に代わって沙汰を下す。このたびのことは村人にも責任があり自業自得といえるもの。よって羊の弁償を少年に求めることは出来ない。
しかし、ぼうずよ、お前も自分の境遇を恨み、また退屈をもてあましてのウソはよくないな。よってこの村から処払いを命ずる。まあいずれにしても、こんなことをしでかしてはこの村には住めないだろう。早々に立ち去れい」
村人たちは騎士の裁きに狐につままれたようになっていたが、やがて一人の男が首をひねりながら尋ねた。
「恐れながら申し上げます。旦那様、領主様の名代とおっしゃいましたが、そのう、それを証明する書付か何かございますでしょうか。いえ決して疑ってるってわけじゃございませんが」
そう弁解しながらも、村人たちは自分たちに不利な裁定を下そうとする男に疑問を持ち始めたのだ。全員の視線がジュリアンに注がれた。
すると騎士は落ち着いた様子でからかうように呟いた。
「おいおい、こんなところでお喋りをしていていいのか。大切な羊たちは森の中で迷って本当に一匹も戻ってこないぞ」
それを聞いて一人の村人が叫んだ。
「そうだ! 皆の衆、こんなことをしているより逃げた羊を探すんだ」
「そうだ、ここでボーッとしている場合ではないぞ」
突然村人たちは一番大切なことを思い出した。逃げ出した羊を探さなければ。時間を無駄にしている場合ではない。
村人たちは少年と騎士を残して、周辺の森に羊を探して散っていった。しかし、狼を恐れてよほど遠くまで逃げてしまったのか、羊は半分も見つけることが出来なかった。こうして村人は自分たちの羊を失い、少年は村を去ることになったのである。
「俺が悲鳴を聞いて駆けつけた時、狼は小僧の喉笛に喰らいつこうとしていた。そこで俺はこう剣を引き抜き、その狼を真っ二つにしてやったのさ」
そう言って騎士はにやりと笑うと杯を持ち上げ、一気に飲み干した。そこは町一番の居酒屋だった。
「しかし、どうして村のやつらは狼を追っ払いに出てこなかったんだい」
酒をたっぷりおごられて真っ赤になっている男たちはジュリアンに続きを促した。
「それはこいつのせいさ」
そう言いながらジュリアンは傍らの少年の肩をたたいた。
「小僧のウソにうんざりしていたんだな。それで今度もウソと思ったのだ」
「それでうまく村の羊を半分手に入れたと言うのかい? 」
「狼をやっつけた後で小僧が自分の怪我にも構わず必死になって羊を集めているのを見て俺には大よそのことが分かったのだ。それで小僧に、羊は全部集める必要はないぞ。半分だけ集めて森の奥に隠しておけ、と言ってやったのさ」
「そして一芝居売ったというわけか。とんだ領主様の名代だ」
「おまえたちこそ、その俺に酒をおごらせておいてよく言うぜ。この小僧はこれくらいの報酬を貰う権利はあるのさ。なあ」
羊を売ったお金で、生まれて初めてまともな服を買った少年はようやくにっこりと笑った。