十二章『眠りの国のアリス』
暗く狭い洞窟を歩いていると、途中から歌声が聞こえてきて恐怖と震えをいくらかは薄れさせてくれた。
「うたってるのは……だれ?」
男の子がおそるおそる質問すると――
「きゃああああああ!」
と、切羽詰まった悲鳴が届いた。
それから後は元通りの沈黙が続いて、薄くなったはずの闇は色濃く恐怖をにじませる。
「きーらーきーらーひかってるー!」
まだ両親が健在で、兄妹に童謡や絵物語を聞かせてくれた頃の思い出にすがり、男の子は大声で歌うことにした。
すると――
「きーらーきーらーひかってるー」
途切れた歌声が思っていたよりも近くから聞こえてきた。
ひとりじゃない。
誰かいるんだと思って歌い続け、重くなった足を動かしていると不意に目の前が開けて、ぼんやりとした月が空に架かって見える森の一角に出ていた。
「よかった。アリスね、どうくつのおくには、こわーいおばけがいるから、ちかくにはおでかけするなって、おとうさまから、おそわってたの」
「ありすっていうの? えほんで、よんだことある」
「えっへん♪ アリスはね、ふしぎのくにとかがみのくにの、しゅじんこう♪」
月明かりに照らされる黒い髪とひとなつこそうな笑顔は、男の子にこれから何か素敵なことが起きるのだと予感させた。