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十章『怒りの国のありす』

 現実と夢との狭間――すべてがあいまいで不安定な領域はあらゆる種類の絵の具を、水桶にぶちまけた直後のように極彩色の空と大地として彼の目には映っている。

 彼は、竹内志門と名乗る伝説の錬金術師サン・ジェルマン伯爵を倒して干渉を弱め、人間界から標的がいる夢へと渡る途中だった。

 強大な力を振るう呪文の行使にこそ制約はあるが、夢と現実とを渡る《記述者》としての能力は、不完全とはいえ彼に神出鬼没の行動を可能にさせている。

 予定では、すでに最後の標的を仕留める狩り場に着いているはずだった。

「まがい物の……その最後の断片を隠しているのは……おまえか!」

 《黒騎士》の馬上槍が閃き、その先端から広がる波動が極彩色の空を黒く染め上げていく。

「わたしの勝ち」

 中空に生じた亀裂から落下してきた少女は、巧みに四肢と胴体の一部を連続して接地させることで衝撃を分散させ、無傷のまま起き上がる。

 極めて少数の、古流とされる武術諸派の中でも一部に伝承される技法だった。

 この黒髪の凛とした風情の娘が、ありすの前に《黒騎士》が到来するという脅威を、ここまでの間、押し止めていた。

「何が勝ちだ。おそらくは夢幻境の誰ぞの配下か、サン・ジェルマンめの使い走りなのだろうが、勝ちは私のものだ。あの不義の子さえ消し去れば――」

「あなただけが、アリスという名の娘を独占する夢として世界は造り替えられ、その夢が現実となる――お気の毒ですが、それはありえません。一条ありすが罪を重ね続けた場合でさえ、それは実現しませんでした」

 竹内志門との通話でメアリー・スウと名乗ることを決めた少女はスカートを払った。

 その身にまとう黒いドレスは、一条司波が夢を渡ることで接した七年後の世界で、成長したありすが着ていた喪服と酷似していた。

「罪も何も……私のアリスを汚す不義の子は存在自体が罪ッ! 原罪を背負う!」

 馬上槍がうなったが、連続する衝撃波は、紙一重でメアリー・スウの身体からずれている。狂った色彩の地面には無数の削られた痕跡が増えていくだけ。

「ええ、そうでしょうね。わたしが知る一条ありすは、ただ生きているだけで罪に罪を重ねるだけの唾棄すべき存在。最低のウソつき。その価値はゼロ」

 いつしか《黒騎士》とその愛馬は陽炎めいた残像だけを残す無数のメアリー・スウに包囲されていた。

「面妖な真似を……ならばッ!」

 馬上槍が金属としての性質を残しながら脈動し、細く鋭い錐状に変化する。

 それは鞭のようにしなって、残像すべてを切り払っていくが――

記述(Ability)開始(set)

 メアリー・スウは右手の甲をかかげ呪文の束それ自体を盾として槍の先端を弾く。

 それでも振動と衝撃は完全に中和できず、喪服の黒いドレスの胸元からくすんだ金色の懐中時計がこぼれ、鎖につながれたまま古い置き時計の振り子のように大きく揺れた。

「その力は《記述者》の?」

 黒髪の少女は自分の周囲に散乱する呪文の束から、それをつかみ――

奈落堕ち(Abyss)ッ!」

 と叫ぶ。

「ぬうおわああああああッ?」

 間を置かず大地は砕け、《黒騎士》と愛馬は深淵の深い闇へと落下していった。

 メアリー・スウは大地だった構成物の破片を足場にして跳躍を続けることで、ふわりふわりと優雅に少しずつ降下していく。

「これで呪文はあと三回……じゃなかった。ひとつ返してるから、あと二つだけ」

 がくり、と一気に脱力した彼女は跳躍できなくなり、自由落下に委せる。

「大切に……大事に使わなくちゃ……」

 安らぎを伴わない睡魔に抵抗しつつ、つぶやきが漏れる。

「わたしには……もう……明日は来ないんだから……」

 と。

 

 

 

「つまり《黒騎士》はユニコーンにも取り憑いてて、だからアリスが仕留めたと思っても復活したと?」

 一段落してから、メアリー・アンが、これまでのありすの行状と《黒騎士》の動向を説明。

「《白騎士》という名の妖精として、アリスに付き従っていたルイス・キャロルの似姿。それが《黒騎士》の正体だということは理解できたな一条司波」

 そしてジェイムズが補足という形で欠落していた情報の共有が続いていた。

 《黒騎士》が自分の欲望を満たすために、アリスに関するすべてを抹消することで、世界を造り替えようとしていること、そしてクリスの夢からめざめようにも、時が止まったも同然の現実世界へ戻ることは困難だという事態も含めて。 

「だから、ありすにとっては、おじーさま、だったのか」

 泣きやんだありすは、司波のそばにぴったりくっついている。

「ありすが狙われ続ける理由はそのためだ一条司波。」

「ユニコーンごと、完全に封じ込めるなり消滅させてしまうしかあるまい。聞いた限りでは、アリスの手法は対象を完全に捉えていれば有効だったはず」

「ユニコーンの能力は回復治療だ。それが原因だろうな」

「だけど、俺とアリスが夢幻境で旅をしてた頃も、《黒騎士》は何回吹っ飛ばしても、忘れた頃に復活してきて、いろいろ邪魔してきてたぜ?」

「それが謎と言えば謎だな」

「ラスボスっていうより無限ループ防止キャラみたい」

 クリスが質問するとジェイムズの顔がふてくされる。

「外れてはいないが、理解したくない表現を口にするのはやめろ中島クリス」

「ジェイムズく~ん、なんで怒ってるの? クリスおねーさん、わかんな~い」

「怒ってなどいない。不愉快なだけだ」

「あー、クリスおねえさん、わかっちゃった。メガネ美少女に一目惚れかあ♪」

 初対面のありすにそうしたように、クリスはジェイムズの後ろに回り込んで、しゃがむと羽交い締めにして抱き付く。

「ほーら、ほんのりと薄っぺらい胸の感触が背中にぺたぺた~♪」

「は、離せえッ! 下品な媚びを売るなッ!」

 強引に身をよじって逃げようとするジェイムズだったが体格差からか抵抗できない。

「くははははッ! 執事コスプレで売り子してくれるショタっ子、確保~♪」

「助けろメアリー・アン! この状態では、まともに身体を動かせん!」

 しかしメアリー・アンは堂々と無視して、しゃがんでありすと向き合っていた。

「ありす様、さっきは上出来でしたね」

「メアリーまだ怒ってる?」

 司波の背中に隠れこそしないが、うつむいたままのありす。

「ええ、もちろん」

「やっぱり、ありすのお尻ぶつの?」

「ありす様の素敵なおとーさまに免じて、お預けにしてあげます」

 そう言ってから、メアリー・アンがありすを抱きしめて笑う。

「少し俺……おまえのこと見直したぜメアリー・アン。ありがとな」

 アリスと旅をした夢幻境では、どうにも衝突ばかりだったお澄まし少女を司波はそう評した。

「ありす様の代わりに司波さんのお尻を叩くことにしましたから♪」

「やっばり、さっきの無し!」

「さあ冗談はともかくとして、まずは、ありす様は――」

 メアリー・アンは自分のスカートの内側から、ごそごそと何か取り出す。

「アリス様の夢幻想衣(イデア)を仕立て直した、これにお着替えしましょうか。竹内さんという方のお使いで、お届けするように預かったんです」

 その大きな旅行カバンは少なくともメアリー・アンのスカートの内側に隠せるような代物ではなかった。

「おおーっ! ファンタジーの定番! なんでもしまっておける便利な小道具!」

「い、息があああッ!」

 感極まってクリスが叫び、ジェイムズを締め上げる。

「なんだか知らない間に新しい能力が使えるようになってんだな。俺が知ってた頃は、透明になったり気配消したりするステルス化だけだったはずだぜ」

「うふふふふ。女の子とそのスカートの内側は秘密がいっぱいなんです♪」

「い、急げメアリー・アン。ぼくの予測だと主観時間で十五分もすれば《黒騎士》は、ここへ来る。その前に可能な限りの対処を――」

「バカ野郎! そんなやばい話なら、さっさとそう言え!」

「ありすを狙ってくると、ぼくは再三、説明したはずだ」

「そ、そーゆーことなら、ありす、がんばれるよ!」

 ありすは自分の身長より大きな旅行カバンに手を伸ばして触れる。

「キラキラいっぱい、夢いっぱい、これからありすは幻想代行者(メルヘン・ダイバー)っ!」

 名前のところと最後の部分だけは置き換えたそれは、クリスが見せた女児向けお料理魔法少女アニメの変身呪文。

 そして裸身となったありすは旅行カバンごと光の粒に変じた《ALICE》を象徴する薄い青と白のエプロンドレスをまとう。

「今夜もぐっすり素敵な夢だよ♪」

 変身直後の決めゼリフも当然アレンジが加わっていた。

「おとーさま、メアリー、クリスー、ジェイムズくん、これ、どう?」

 ありすに笑顔が戻った。

「名乗りはともかく、裸になるなんて、はしたないですよ、ありす様」

「文句はそこのクリスに言え。俺のせいじゃないぞ、腹黒お澄ましメイド」

「だいじょーぶ! テレビ放映版だと大事なとこには謎の光エフェクトとか湯気が入るし!」

「七面倒くさい女子の着替えが省略されるという意味では合理的だと思うがな」

 クリスの拘束がゆるんだ隙に逃げ出したジェイムズは感心して腕を組んでいた。

「ありす最高ー! クリスおねーさん感激ー♪」

「ありがとークリス♪」

「まあ……ありす様が喜んでるなら……あたしは別に」

「エリートオタク教育……始まってやがったか……」

「何をしょげているんだ一条司波。おまえも娘を見習って、キラキラいっぱい、とやらをすればいいだろう?」

「勘弁してくれ。だいたい俺は夢幻境でも変身なんかして戦ったことねーぞ」

「あの黒い詰め襟の学生服とやらは、なかなか引き締まった印象があって悪くなかった」

「そういや、俺の制服もクリーニング行きになってるとか聞いてたけど」

「はい、どうぞ司波さん」

 またしてもメアリー・アンがスカートの内側からごそごそ取り出すが、それはありすの着衣とは大違いで安っぽいハンガーに架かってビニール袋に包まれただけのシャツと制服上下一式。

「同じ着替えでも待遇に落差があるんじゃねーのか?」

 包装を粗雑に破きながら司波はぼやく。

「あら、司波さんも、キラキラいっぱい、やりたかっんですか?」

「あれは、ありす向きのやつだ。俺は普通にこうやって着替える」

 司波は悪びれずバイト先の服を脱いでいくが――

「きゃわああああっ!」

 メアリー・アンが顔を真っ赤にして両手で覆い、司波に背中を向けた。

「い、いきなり女の子の前で肌をさらさないでください司波さん!」

「どうしたメアリー・アン。男の素肌なら銭湯の中で老いも若きも、さんざん目にしたばかりだろう?」

「メアリーどうしたのー?」

「き、気になる人のは特別なんです!」

「気になる? 俺の着替えがかよ?」

「理解できるか一条司波?」

「さあな?」

「ほほ~う。クリスおねーさんには、わかっちゃった♪」

「誤解しないでください! し、知っている人だとっていう意味で、ですからね!」

「はーい。ありす、わかったよ」

「は~い、クリス、わかったよ♪」

「まあいいや。それより《黒騎士》対策だぜ。誰かさんと同じ顔したやつが、その力の源泉は、あいつの《夢幻想衣》だとか中途半端に言ってたけどよ」

 さっさと着替え終えると司波は話を切り出す。

「《白騎士》としての彼は限定的ながら《記述者》の能力を兼ね備えていたと伝え聞く。だが十二名の《幻想代行者》ならいざ知らず《記述者》が《夢幻想衣》を持つというの初耳だな」

「俺もだ」

「それに関しての考察は続けるとしてあと四分ほど余裕がある。その間に、ぼくとメアリー・アンはありすと契約を結んでおけば、戦力としてカウントできる」

「ありす様、こっちはあたし、そっちは教授と握手ですよ」

 まだ照れたままのメアリー・アンが、司波を見ないようにしてありすを促す。

「これでいいの?」

 右手をメアリー・アン、左手をジェイムズが握る形で握手し、並んで立つありす。

「記念写真とか撮っておきたいなー」

「一応クリスの夢なんだぜ。強くイメージすれば出てくるはずだぞ」

「ありす様、契約の呪文ですよ。おとーさまの方のを真似ておけば、今後はそう簡単には解除されないと思いますから、そちらで」

「えーっと記述(Ability)開始(set)

 ぎこちなくそう言うと、ありすの周囲には呪文の束が浮かぶ。

 その英字はありす本人ではなくメアリー・アンとジェイムズ・モリアーティーのファーストネームだった。

「ありすも……アリスのだけじゃなくて、俺と同じ力を使えるのかよ?」

 目の当たりにして、司波はあと一回分、自分に呪文が残っていた理由を認識する。

 昼間に《黒騎士》を撃退した時に手をつないだあの時に、消費されたのありすの呪文だと。

「あれ? この手のお子様ってチート級のスペックなのが常識でしょ?」

 司波とクリスの会話を聞きながら ありすは、こわごわと二人の名前の最初の一字を握った。

 呪文の束は消え失せ、ありすの右手の甲に《M》が、左手の甲には《J》が明滅して、数秒で薄れていく。

「よろしくね。メアリー、ジェイムズくん」

「もちろんです」

「名付け親としての義務は果たそう」

 メアリー・アンはうれしそうに、ジェイムズは不承不承という感じで答えた。

「これでありすの分の《記述者》としての呪文はふたつ消費されたが、ぼくとメアリー・アンの能力は増幅されたし、ありすもぼくたちの力を使える」

「そのへんはアリスと同じか」

「ありすと一条司波の分と合計すれば、残りふたつ。その前提で作戦を立てるぞ」

「りょーかい」

 元気良く答えたのは、なぜかクリス。

「メアリー・アン。おまえの力で戦闘中はこの娘を隠して邪魔にならんように頼む」

「はい教授」

 ありすの髪を整えながらメアリー・アンが返事。

「えーっ? あたしだけ足手まとい? なんか手伝わせてよ?」

「無事に一件落着したとして、ぼくらもひとまず人間界へ出る。その時に軽い食事と休息する場所でも提供してくれればいい」

「初めて俺とジェイムズの意見が合ったな。クリス、それで頼む」

「あーあ、せっかく、イメージが具現化するなんていう中二病的ドリームがかなうとこに来たのに残念……」

「クリスは、ありすたちのこと応援してて」

「仕方ないかあ。よーし、クリスおねーさん、愛で空が落ちてくるほどの大声で支援効果たっぷりの応援しちゃうぞー」

「割り切りがいい方なんですね、クリスさんって」

「そこは俺も気に入ってる。食い物の注文がうるせーのが欠点だ」

「そこ! 内緒話はもっと隠れてするよーに!」

「脱線はそこまでにしておけ。まず《黒騎士》はありすを最優先で狙ってくる。そこで我々はありすを後衛にして前に出てだ――」

「ふれーっ、ふれーっ、あ~り~す~!」

 クリスが適当な調子で叫びつつ昔風の応援団めいた身振りをする。

 それから数秒遅れて強烈な地鳴りと振動が襲いかかってきた。

「ちょ、ちょっと! なにこれ? 本当に空が割れて落ちて――」

 空に亀裂が生じ、その傷口が開きながら不可解な色彩の瓦礫や岩らしき塊が無秩序に落ちてくる。

「メアリー!」

「はい、ありす様!」

 粉塵が乱れ飛び大きく揺れるその場において、まずメアリー・アンの姿が消える。

 同時に、ありすが地面に落とす影がメアリー・アンのそれに変化する。

 そして――

 司波たち全員の身体は瞬時に大気へ透過していまい、ただ影だけが残った。

 無慈悲な地響きと振動、そして空から落下する瓦礫の狂騒は数分を経て鎮まる。

「っ……ふうう……長かったですね」

 透過して消えたのとは逆回しになって司波たちが出現し、ありすの影が自分のものに戻る。最後はメアリー・アンが出現した。

「ありす様、大丈夫ですか」

 と言った当のメアリー・アン自身が立ちくらみのように、ふらりと支えを失い、司波がそれを捕まえた。

「お、思ったより長かったけど……ありすは、まだへっちゃらだよ」

 メアリー・アン自身に備わる能力《影移し》を、ありすが増幅してこの場にいた全員に拡大して発現させたゆえの疲労だった。

「よくやった、ありす。おかーさま並みに力を使いこなしてるぜ」

 司波自身は夢幻境での旅で何度も助けられた経験があり、評価はお世辞抜きだ。

「上出来ですよ、ありす様」

「えへへへ♪」

 司波とメアリー・アンから賞賛され、ありすは顔をほころばせる。

「予定より一分以上早い! 気を抜くな!」

 そう叱咤するジェイムズの声に表情を引き締める一同。

 果たして、騎馬が迫る音が舞い上がった砂塵を越えて届いてきた。

「クリス、メアリー・アンを頼む」

「おっけー」

 ぐったりとしたメアリー・アンをクリスが預かり、ひときわ目立つ瓦礫の裏側に後退。

 砂塵を吹き抜ける風が視界を完全に回復させたその時、ありすを後衛にして、司波とジェイムズは馬の歩みを停止した《黒騎士》の前面に立っていた。

 司波は右腕に純白の巨神(Albion)をまとっている。

 ジェイムズは徒手空拳。

「《記述者》一条司波と……不義の子と……もうひとりは誰だ?」

「断っておくが、ありすは俺とアリスの正式で本格的な娘だ」

「おとーさまも……おかーさまみたいに……」

 ありすの笑みが見えなくても声でわかった。

「ジェイムズが誰だろうが、自分好みのアリスかわいさに、とち狂ったあんたには、関係ねー話だろ?」

「そうもゆかぬ。新たに浄化される世界に異分子となる可能性は欠片すら残すわけにはいかないからな。殺してから素性を探る方が好みか小僧?」

「やむを得まいな。乱戦は避けたいところだ。一条司波、ありす、おまえたちは見学でもして待っていろ」

 ジェイムズが足を前に進める。

「それにしても……何度見比べても寸分違わず同じ造りだ」

 しげしげと司波の右腕を見つめてからジェイムズは背を向けた。

「ぼくの名はジェイムズ・モリアーティー。最初にお相手しよう《黒騎士》」

「なッ?」

 司波がアリスとの冒険で顔見知りとなった同名の人物は偏屈な老人でしかなかった。

「相手だと? 盗賊どもの元締め風情に何ができる」

「少なくとも、その馬上から引きずり落とすことはたやすい」

 だが司波の知る限りモリアーティー教授という老人は、限られた情報から異様な思考で洞察を導く能力の持ち主でしかなかった。

「では試してみようッ!」

 司波たちは知るはずもないが、メアリー・スウの幻影をなぎ払った際と同様に馬上槍が錐のように細くとがって鞭状にしなり――

 鞭状の馬上槍を握ったその時、老成した男児の姿は無く、そこにはヴィクトリア朝の往時を連想させる紳士貴顕然とした装いの青年が立っていた。

「ぬううううッ?」

 怒号を発する《黒騎士》だが、渾身の力をもってしても青年の姿となったジェイムズを振り回せずにいる。

「動けまい? ぼくとおまえとの間の力学的作用は均衡を保っている。それを可能としているのは不愉快な《二次創作者》の設定を導入したためだがな」

 瓦礫の影からハラハラして見守っていたクリスが目を見張った。

「あれ《J&J》で主役張ってる、ショタジジイなモリアーティー教授だ。ってことは使ってる能力はアドバンスド・キャッチ・アズ・キャッチ・キャン!」

「なんですかクリスさん、それは?」

「シャーロック・ホームズが使う謎の武術バリツに対抗して習い覚えたっていう設定の、英国式超古代格闘技!」

「――とのことだ《黒騎士》よ」

「卑俗な後世の流用などに浮かれたのかモリアーティー。こうして防いでいるだけで、精一杯ではないか。馬から降ろすのは、たやすいのではなかったかな?」

「ああ、簡単だとも。こんな風に――な!」

「ぬがああああああッ?」

 傍目にはジェイムズが怪力を発揮して槍ごと《黒騎士》を持ち上げて放り投げたように見えたが、実際には攻撃された力を冷静に把握して誘導する動作だった。

 重々しい全身甲冑が宙を舞い飛び、ぶざまに地表へと激突する。

「おとーさま、ジェイムズくん、すごい……」

「ああ……マジで……」

 ありすも司波も、宣言通りに《黒騎士》を馬上から引きずり下ろした技量に圧倒されていた。

 だがジェイムズの表情は険しい。

「立て《黒騎士》、いや、ルイス・キャロルの心の投影であった《白騎士》の成れの果てよ」

「モリアーティーいいいいいッ!」

 悪鬼めいた怒号と共に巨体の甲冑が地に足を着け素手のまま猛然と突進する。

 ありすと司波はそのタイミングで仕掛けようとしたが、視界が通らないはずの後背に手出し無用とばかりに腕を高く掲げたジェイムズの意志を感じ動きが止まった。

「お、おのれええええええッ!」

 貴公子めいた風貌のジェイムズの動作は魔法じみていた。

 再度、そして幾度となく《黒騎士》の突進は続いたが、そのすべては、わずかでも、ジェイムズの五体と甲冑が接触するや否や天高く跳ね飛ばされ地に落ちる。

 まるでテレビで見た合気道の達人だ、と司波は感嘆してしまう。

 見守りつつも、右腕の加重がひどく、待機しているだけでも疲労が激しい。

 しかも今回は骨の内側から疼くような痛みが増してきている。

「おとーさま?」

「ユニコーンの動きから目を離すんじゃねーぞ、ありす。逃げられたらまた繰り返しになる」

「う、うん」

 黒いユニコーンは遠巻きにして主の奮戦と苦闘とを見守っていた。

 ありすと司波は少しずつ間合いを縮めて、ジェイムズが《黒騎士》を翻弄している間に接近を試みていたのだった。

「ふうう……何度やっても無駄だぞ。それともこれは自虐的な行動とでも弁解する気か?」

 悠然とジェイムズが、前のめりに突っ伏した巨体に嘲笑を浴びせた。

「クク……クククっ……クククっ」

 倒れ伏したまま《黒騎士》から不気味な笑いが響く。

「気でも触れたか? いいや、そもそも――」

「私は正気だ。気が触れているのは、こんな狂った世界の存続を望むおまえたちだ」

「関係ねーよ。あんたがいかれてようが、まともだろうが、ありすを付け狙う限りは、俺は何度でも、ぶちのめす!」

 にらみつけながら司波は吼えた。

「預言をくれてやろうか《記述者》一条司波。仮に奇蹟でも起きて、この私を排除できたとしても……おまえはいつか気付くはず。その不義の娘をいとおしみ、守ろうとするのならば……待ち受けるのは親子共に禁忌を犯し背徳の愉悦におぼれる運命だけだと。あるいは、この私のように世界……夢と現実の双方を造り替えようと……狂うか、だ」

 黒い巨躯が火であぶられた飴細工のようにドロリと溶解し、濁った沼となって平坦に広がる。

「お昼の学校の時と同じ!」

 クリスはまだ記憶に新しい、空中に出現した奇怪な塊との戦いを思い起こす。

「一条司波、その右腕は痛むか?」

「虫歯が移ったみてーに疼いてやがる!」

「しばらくこらえろ! ユニコーンの右前脚を握り潰せッ!」

「いっけえええええッ!」

 疼痛を怒鳴り声でごまかしながら司波は白い巨神の右腕を伸ばして力強く指示されたその右前脚を握り潰した。

「あっ?」

 しかし純白の巨神の指からは黒いマグマに見える何かが逃げていく。

 その黒い流体は沼のように広がっていた《黒騎士》が変じた姿に合流。

 右前脚をむごたらしく潰された一角獣は白い体毛を取り戻し悲鳴を上げた。

「取り逃がすな! 仕留めろッ!」

 ジェイムズの指示を受け司波が促す。

「おう! ありす!」

 司波の呼びかけに応じて、ありすは呪文の束を展開させ、そこのALCIEのうち、《C》から始まる言葉のそれを握る。

葬火っ!(Cremation)

 ありすも叫び、白い巨神の腕が青白い炎をまとって黒い沼に叩き付けられた。

 しばらくの間は青白い炎が燃え続けたが、ありすが前回同様に司波のほっぺたにキスして、右腕と重なり合っていた巨神の腕が薄れて消えたのとほぼ同時に焼却は終わった。

 残骸すら残らず、すべてが消え去ったのを確認すると、ありすと司波は、悲鳴を上げ転がり回るユニコーンの下へ走る。

「死ぬんじゃねえエロ馬!」

「ごめんね! ごめんねユニコーン!」

 呪文の発動限界である一日に四回という条件を満たしてしまったために、ふたりとも、回復や治療はできずに、のたうち回る白い一角獣を前に、おろおろするばかり。

「悪ふざけはたいがいにしろユニコーン。おまえの能力は治療回復だったはず」

 疲れ顔のジェイムズが近付いてくるとユニコーンはにやけ顔で右の前脚を復元させて立ち上がった。

「てめえッ!」

「心配したのに、ひどいよー!」

 そして怒り顔の親子との問答から逃れるようにしてカードに変じて宙を飛び――

「きゃわあああっ?」

 メアリー・アンの胸元に逃げ込んだ。

「やめてくださいユニコーン!」

 むすっとしたメアリー・アンの手で、ユニコーンのカードはすぐに取り出されるが、疲労と消耗が激しかった彼女も回復作用のお裾分けをもらったことに気付く。

「これで一件落着だね司波。今回の事件もあたしの力で大勝利♪」

 クリスも意気揚々と司波たちと合流して、もともとは彼女の中学時代の学園校庭だった場所が無惨な廃墟となっているのをながめた。

「ねージェイムズくん。右腕がどうの、右前脚がどうのっていう種明かししてよ」

「クリスのついでに俺も説明希望だ。右腕なんか、まだ痛んだぜ」

「《白騎士》だった《黒騎士》……もともとはルイス・キャロルが自己の存在を、劇中に仮託した登場人物だ」

「ひどい作者ですよね。あたしなんて名前を呼ばれるだけで本編には一切出番が無いんです」

 愚痴めいた語りに、司波はメアリー・アンの能力に納得した。

 ごめんね、と、ありすはすまなさそうに頭を下げるが、メアリー・アンは、ありす様のせいではありませんから、と主の髪を整え始める。

「一条司波があの呪文を使う場合に重なって見える巨大な白い甲冑の右腕は《黒騎士》とは色違いなだけで完璧に同一デザインだった」

 ジェイムズは続ける。

「そしてユニコーンだ。この三つには共通性があると判断できた」

「そいつは?」

「作者ルイス・キャロルが自分を投影してその存在を仮託した対象という意味だ」

「でもうちの司波は《記述者》で妖精とは別枠でしょ?」

「ぼくは直接知らないが、十年前に一条司波がアリスたちと戦った時には……まず、《白騎士》に致命打を与えているはずだ。思い出しているのだったな?」

「ああ。その通りだ。こんなロクでもない世界は、さっさと滅びろ、ぶっ壊れちまえばいいんだ、って気分でな」

「あくまで推測だが……その時に一条司波を救おうとしたという《白騎士》は《悪夢》を御そうとして自身の力の一部を与えた。だから同じ性質を受け継いだ」

「で、その後で結局は……イカレたわけか」

 初対面のつもりで再会したアリスが、最初にあの呪文を使えと指示してきた理由は、だとすれば妥当なものだと思えた。

「ユニコーンの方は? そっちも作者の投影なのか?」

「非常に安易で申し訳ないのだが……これは中島クリスあたり向きの発想からだ。発言したければ譲ってもいいぞ」

「クリス説明してくれ」

「ユニコーンってさ、純潔で清らかな乙女にしか心を許さないってのは有名だけど」

「少なくとも現実世界の歴史の上で、ルイス・キャロルは生涯独身だった。つまりは、そういうことだ一条司波」

「まあ、多かれ少なかれ、作者の願望とか、どのキャラにも入るしね」

「力の源泉……イデアに相当する何かとは考察を続けた。前述の可能性から、アリスとありすを守って戦う一条司波がよく使う力、そこからの発想だ」

 《黒騎士》は、元来は《白騎士》として作者キャロルの分身ともいうべき存在であり、同様に作者に近しい部分を備えている《一角獣》の能力である回復治療の力を、限定的ながら行使していた。

 それが、かつての司波とアリスの冒険の中で、何度倒しても繰り返し出現し敵対できた理由。

 そして司波が夢幻境から去ってからは直接に《一角獣》を奪取したことで、より効率的に回復治療の力を利用できるようになり出現頻度が増した。

 ジェイムズの推理はそんなところだった。

「名推理かと思ったのに案外、行き当たりばったりだぜ」

「こちらは延々と《黒騎士》を投げ飛ばし続けて、あの右腕が必ず落下点になるように苦労した上で、ダメージを累積させて検証した。文句があるなら自分で解決しろ」

「それはそれはご苦労さんだったな」

 内心ではその卓越した技量に恐ろしさを意識しつつ、司波はからかった。

「とにかく、一条司波の右腕、《黒騎士》の右腕、そしてユニコーンの右前脚こそが、示唆された《黒騎士》の力の源泉である《夢幻想衣》に相当すると考えての戦いだったわけだ」

「右腕、なんか腫れてるし……疲れたな」

「まったくだ」

 そう答えるとジェイムズの姿は青年から男児に戻っていた。

「やっぱり、かわいい~!」

「抱き付くな中島クリスっ!」

「はい、ありす様。もう髪は元通りですよ」

「ありがと、メアリー♪」

 大団円な空気に立ち合い、司波も安心していたが、あまりにも単純な事実に気付いて、愕然とする。

「ところで俺、もう呪文が打ち止めだけど……どうやって起きればいい?」

「それ、一応はこの夢を見てるらしい、あたしも聞きたかった!」

 と。空を向いた司波が仰ぎ見ると――

「あいたたたたたたたあ~!」

 司波の身体を下敷きにして、中学三年生当時の姿の龍崎舞が倒れ込んでいた。

「おとーさま、しっかりー!」

 ユニコーンのカードをありすにかざしてもらい、痛みが薄れた司波は舞を助け起こして自分も立ち上がる。

「龍崎せんせー、俺がわかるか?」

「舞、あたし念願のロリババアになれたよ♪」

「うう~ん、そうだった。せんせー確か、うるさい父兄のおばさんたちにいじめられて、自主的に眠りの国にダイブしてたのよね~」

 舞は大きく背伸びをして、タイトスカートのほこりを払った。

「ありす様、こちらの方は?」

「中島クリスの旧友で、竜宮城マイこと龍崎舞だそうだ」

「それと、おとーさまのね、中学校のせんせー」

「さらに付け加えると《J&J》とかいうマンガの共作者だそうだ」

 迷惑そうにジェイムズは言った。

「で、ありすか俺の呪文抜きで起きる方法について誰か知らねーのか?」

 はしゃいでいるクリスに、目覚めるように説き伏せるのは面倒そうだと考え、司波が愚痴る。

「せんせー寝たばっかりなのに、もう起きちゃうの一条くん?」

「こっちはもう、徹夜した気分なんだ。勘弁してくれよ龍崎せんせー」

 司波はため息をついた。

「《黒騎士》は消え、危険な要素は除外されたのだぞ。この夢を見ている中島クリスが、めざめようと思えば無事に退去できるはずだ」

「クリス早く起きて。ありすお腹が空いちゃったよ。おとーさまのソースやきそばっていうの食べたい!」

「あれれ~?」

 クリスにせがんで、ぴょんぴょん飛び跳ねるありすを見つつ、舞が首を傾げた。

「これって、せんせーが見てる夢じゃなくて、クリスの夢なんだ?」

「厳密には、中島クリスが見ていた夢を基調としている。竜宮城マイ、おまえは、中島クリスと共有する過去を持つ。その意味ではおまえたちの夢の集合体でもあるな」

 ジェイムズはそう言ってから、大儀そうにあくびをしようとしたが、その動作を途中で打ち切って表情を険しくする。

 遠くから響いてくる地鳴りの音と振動に、遅れて他の面々も緊張した。

「バカな……《黒騎士》は先刻の攻防で……完璧に消し去ったはずだぞ?」

「俺もそのつもりだったぜ?」

 それは司波が呪文で右腕部分だけ出現させていた甲冑の全体像であり、なおかつ色彩は黒く染められた巨神騎士だった。

「きょ、巨大ロボットだ~」

「な、中身はナマモノかもしんないよ舞。鎧着てるってだけでさ!」

「は、汎用人型決戦兵器とか、そーゆーやつ~?」

 騎乗はしておらず徒歩で接近してくるたび大地が揺らぐ。

 左手は長大な馬上槍を握っていて、右腕は肘の部分から先が欠落していた。

 鎧の内側の欠けた部分には黒い毒霧めいた何かが浮遊している。

「礼を言うぞモリアーティー」

 立ち止まった全長二〇メートルはありそうな黒い巨神。

「おかげで不要な機能――くだらぬ夢幻境のルールに縛られていた弱い部分を排除して再生する決心ができた。これで私を否定し、滅ぼすことは誰にもできない」

 その兜からの声は《黒騎士》のそれと同一だった。

「謎解きの答え合わせをしてやろう。おまえの推理は、ほぼ正解だ。しかし、限定的な《記述者》としての力を、仮託されていた他の存在の能力を不完全に利用できるだけと決めつけたのは賢明ではなかった」

思考(Art of)具現化(imaginary)の呪文も使えたのか。それで複製を用意しておいたな?」

「そうだ。こんな風にな――記述(Ability)開始(set)!」

 肘から先が欠けた右腕、その鎧内部から不定形の黒い霧が出てきて、それが《C》から始まる巨大な呪文の連なりとなり《黒騎士》を覆う。

複製(Clone)!」

 槍の穂先が呪文を貫くことで選択と決定が為された。

 赤黒い凶光を放つ兜の巨神が二体となった。

「限定的な力ゆえに、私は《思考具現化》を一日に一度しか使えないが、複製した上で、これを繰り返せばどうなるかは……クククっ!」

 黒い巨人騎士は複製が複製を重ねることで視界を埋め尽くしていく。

 数十、数百、数千という数の巨神たちが不気味な哄笑を響かせた。

「あ……ああ……」

 メアリー・アンが完全に気圧されて、ぺたんと地面に座り込んでしまう。

「勝て……ない。いくらなんでも……こんなのが相手なんて……ありす様逃げて」

「せめて……こちらにも《思考具現化》の呪文が残っていれば」

 ジェイムズが、くやしそうに拳を握る。

「残ってたら、どうだってんだジェイムズ?」

 巨神たちを見上げ、にらみつけながら司波が問う。

「黙っていたが《白騎士》の執着の対象であったアリスの後継者であるありすが、死亡もしくは消え去ることでも……おそらくあれを消し去ることが可能なはずだ」

「ありすを殺すだあ? 《黒騎士》の前に、てめーをぶっ殺すぞジェイムズ!」

「やめて! やめて、おとーさま! ジェイムズくんは悪くないの! ありすがまだ、おかーさまみたいに強くないのが悪いの!」

「話は最後まで聞け一条司波!」

「言えよ……ロクでもねー話だったら、即、覚悟しやがれよ」

「《思考具現化》の呪文で《黒騎士》を起こしてやればいい」

「どういう意味だ?」

「やつの理想通り純真無垢で清らかなアリスは生き返る、自分の望み通りに生まれ変われる、それに合わせて、人間界も夢幻境も造り直される、そういう都合の良い夢想――夢を見ているあいつの夢を終わらせるしかない」

「あの呪文……か」

 奇しくもそれは、この夢から、めざめるために必要な呪文と同じだった。

「夢幻境で、さんざん使っていただけあって察しが良いな一条司波」

「なぜ、さっきはそれを――」

「巻き込まれて消えちゃうとユニコーンが、かわいそうだって! ジェイムズくんは、ありすとユニコーンのことを心配してくれて! そうだよね?」

「知らん。ぼくは自分の推理を検証してみたかっただけだ。勘違いするな」

 契約を結んだことで、ごく浅い部分で意識が丸見えになってしまったと恥じながら、ジェイムズはそっぽを向いた。

「俺は――俺は――」

「おとーさま?」

 近付いてくる巨神たちの足音と地鳴りにおびえながら、ありすが尋ねる。

「寝る!」

 ごろりと司波は地面に横になった。

「おとーさまのばか!」

「司波さん、こんな時に笑いを誘って和ませても……意味が……」

「いいや、一条司波の行動は正しい。《記述者》であるこの男なら……そんな夢を見ることができるかも……しれない」

 目を閉じた司波は迫り来る巨神の群れの足音と地響きを意識しないように努めながら、暗く優しい眠りの世界へと没入しようと身体の力を抜く。

「日が暮れて――夜になって――そして朝が来る。そして――」

 《思考具現化》の呪文使用回数の四回分が回復している。

 そういう夢を見ることを。

「ありすも、おやすみなしゃい!」

 父の意図に気付き、ありすも司波の横でごろりと横になり目を閉じた。

Aはありす(Astro)(logical)ALICE(contract)!」

 そう叫んで、ありすは司波の手を握ったが、呪文の使用回数が打ち止めとなったいま、変化は何も生じなかった。

 だが――

 司波の背中から、ある形状の輝きがを放たれて空には夕闇が訪れる。

「五つめの呪文だと?」

 ありすを介し自分の能力を戦う力に転化させることもできなくなったジェイムズが驚愕する。

「させぬ! させぬぞ《記述者》! 私の夢を終わらせなどしないッ!」

 巨神たちが殺到してくる。

「舞! ここ一応、あたしたちの夢なんだからさ、まじかる、やっちゃうよ!」

「わかった~」

 クリスと舞は、横たわった司波とそれを囲むジェイムズとメアリーアンをかばうように前に進み出る。

「まじかる――」

「リザレクショ~ン!」

 ありすが《夢幻想衣》をまとった時を真似たように、マイとクリスの身体が光り輝き、胸に巨大な球状の宝石がある、かわいらしさ優先のヒラヒラとした姿に変身した。

「まじかるガンスリンガー颯爽と登場!」

「まじかるソードマスター優雅に降臨~」

 それは舞の職場デスクトップPCでスクリーンセーバーとして表示されていた戦う魔法少女の姿だった。

「ハイパーボレアまじかる騎士団(ナイツ)ここに見参!」

 ジェイムズとメアリー・アンは、あんぐりと口を開けて驚く。

「夢幻境の住人でも《記述者》でもない小娘どもが何を!」

 巨神の一体が馬上槍をしならせて襲いかかる。

「まじかるメガバズーカーランチャーあッ!」

 と、クリスが信号拳銃めいたそれの引き金を引くと、銃口から数センチ先に魔法陣が浮かび上がり、そこから太さ数メートルはある輝きが生じて巨神の群れを消し飛ばす光の剣となった。

「なぎはらえークリス~」

 舞は常人では扱えるはずのない鉄塊のごとき大剣を片手だけで振って喜ぶ。

「調子付くなよ小娘ども。この程度のことで!」

 巨神の一体がクリスに急接近し、馬上槍の先端で押し潰そうとする。

「まじかるメガスラスト~」

 疾風の速さで駆け付けたマイの剣の先端が、馬上槍のそれとぴたりと接して止める。

「ブレイク!」

 舞の言葉と同時に接触部分からクレーター状の亀裂が生じ、巨神は砕け散り崩壊した。

「な、なんて非常識な……人たち……なんでしょうか……いくら自分たちの夢の中とはいっても……」

「一条司波ではない……本来であれば別の《記述者》として覚醒するはずだった者が、その力の残滓を彼女たちに託しているのだろう」

 空は夕闇から次第に夜の闇に包まれていく。

 ありすと司波の眠りが終わり、覚醒することを願いながら、ジェイムズは現実世界においては二十六歳となる戦う魔法少女たちに戦術指示を開始するのだった。

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