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Black you more

作者: 輝太郎

学校の日本語表現の課題で、ブラックユーモア、魔術的リアリズム、意識の流れで二千文字程度の小説を書けと課題が出ました。 読書量の少ない僕が人生初めて書いた物語ですが、同級生には評判が良かったので載せてみることになりました。  ここはほんの少し面白かった、つまらなくて白眼が飛びでそう、などなど評価いただけると幸いです。次に役立てます。

白の白ぶち壁時計 午後七時三十分

高身長の若い男と、低めの若い女が、畳部屋でオセロを囲み会話をしている。

「夕飯だけど冷蔵庫にしらたきだけ残っているからハンバーグにしよう」

男は寝そべりながら、盤の中央に白、黒のコマを二つずつ並べた。女は少し黙ってから、姿勢を体育座りからうつ伏せに変えて頬杖をついた。

「焼き魚が食べたい」

「知ってる、今朝アジを買って置いた」

暖房の付いた寒い寒い畳部屋、ライトは冷たい暖色で、ふすまは落書きさえ無かった。

「黒白決めろ」

「じゃあ白、君側が1で僕側が8ね、キッチンからでも見えるから」

男は立ち上がり、キッチンに立った。女は体育座りに戻った。

 紅の紅ぶち盾時計 午後七時三十六分

 「d3」

 「じゃあ、c3、あのさ、駅の裏に新しく仏料理屋出来たんだけどさ」

会話に合わせて乾いた音が響いた。

 「c4」

 「e3、うちの裏のゴミ捨て場ハクビシンが出たんだけどさ、そしたら」

会話に合わせて乾いた音が響いた。

 「f4」

 「f5、杉山先生お亡くなりにn」

 「本当!?!?!?!」

会話に合わせて湿った音が響かなかった。

続けて女は

 「f3、ちょっと遅かったよね、生き恥ってものを知らないんだろうね」

女はうつ伏せに戻って頬杖をついた。男は少し気分を良くした。黒いフライパンは緋い煙を上げた。男は小声でつぶやいた

「おぅ、シャンゼリゼ」

 



 碧の碧ぶち腕時計 午後七時四十二分

 「e6、んで、どんな死に様だった?」

 「c5、この前先生が僕らの同級生の結婚式に出たんだとさ、バレンタインの日にやったから引き出物にチョコレートを貰ったんだと、あんな客貌であの性格に何より歳だろう、もう当分の間女とスキンシップしてなかったのさ、独身、花嫁に挨拶のキスをされた後倒れてそのままさ、心肺蘇生も功を為さなかった」

「g4、よほど胸に「キ」たんだね、心臓が止まるなんて」

「彼女は本当に絶世の美人だ。g2、けど少し違うな、チョコのアルコールとキスのせいで、インシュリンをどっかに落としたのさ」

カウンターから湯気が立ち込めた、ガラスが曇り、時計が濡れた。盤面は白が多勢で、コマさえも湿り始めた。

 「f2、女はキスで人を殺すのな」

 「g1、別に僕はタフだから構わないよ」

肌寒い夜、月明かりは綺麗だが、屋根の下の男女には届かない、そこで女は窓を開けた。

 



 錆色錆ふち目覚時計 午後七時四十八分

 男は慣れた手つきでイカを捌いていた、ナイフの無い厨房で、素手でイカを捌いていた。手は乾いている。鍋は煮立っている、フライパンも油慣らしは終えた、ニンニクにイカ、鷹の爪、オリーブ油にその他諸々、盤面はまだ白が多勢だ。女は油煙に煙たそうだ。

「e2、早く次の手」

「d2、ごめんよ、今少し手が離せない」

女は体育座りをした。

「e1、時計が多いな、急かされてる気分」

「そうかい?pass、クロックコレクション、いいだろう、確かに時計は人を急がせるためのもの、でも年季が入っているこいつらは、見ていると一気に老けた気分」

「h1、老けるのだけはヤだ、置いてかれる気分」

「pass、僕が一緒に老けてあげるよ」

冷たい空気がどっと流れ込んだ、厨房に立つ者にとっては普通、心地はいいだろう。

リングイネを鍋に落とそうとした。

 


 灰色灰ぶち銀時計 午後七時五十四分

「g3、なんで焼き魚が食べたいってわかった?」

「pass、君がイカスミスパゲティを食べたそうだからだ」

ここまでの分を見れば、誰もが彼らは只の、不思議なカップルとしか思わないだろう。だが男は戸惑っていた、極めて眉目秀麗で、自分のフェティシズムにストライクな女が、何故か元担任の名前以外の生前の記憶を失っている、結婚式で挨拶のキスをした後、師を目の前で亡くし、ショックのあまりその場に落ちていた得体のしれない注射器で自害をし、今は亡霊となって毎晩毎晩、生前に婚約者と同棲していた部屋に、つまり今料理中の背の高い男の部屋にたびたび現れては、オセロと夕飯問答をし、男はものを食べれない幽霊に向けて、食事を作るふりだけをするのであった。しかし男は心の芯から彼女を愛していたから、夜の七時半から八時までの時間を、毎日毎日このように使った。他に女を作ることもなく、昼間は些細な事務作業をし、夕方には家に帰るようにした。もしかしたら今晩は早く来るかもしれないからという果てしない虚無である。毎晩毎晩同じような問答を繰り返し、次の日の晩には忘れてしまう、そんな彼女を、三十分間の間に打ちとけ合い、口説き、手料理を振る舞い、最後にもう一度プロポーズがしたい、そうすればまた結ばれると信じていた男だったが、彼は律義すぎた。どうせ次の日に記憶が改められてしまうのならあれやこれや試せばいいものを、自分は紳士でありたいとかたくなにあるせいで、どうしても決めた手順から外れることができなかった。三十分ではどうしてもプロポーズだけ間に合わなかった。そうこうしているうちに男だけがどんどん歳をとり、期待と悲哀の繰り返しによって肌はどんどん浅黒くなっていった。そして最後には墨コケのように死んでいった。というのはこの物語から実に八十年ほど先の話である。

「pass、よおし、出来たぞ、特製イカスミスパゲッティだ」

まだ一分ほど残っている、二人で食卓に着き、ともに食事をとる、普通の夫婦にとってはありふれた情景であるが、彼にとっては待ちわびた憧憬で、一分ほど残しこの状態になるのは7年ぶりで、普段は大抵出来上がる直前にタイムアップなのだ。

「b4、うちね、イカスミスパゲッティ食べても口黒くならないんだよ、信じる?」

少女のようなあどけない笑顔、いつまでも変わらない。

「あちゃあ、負けた、64対0か、久しぶりにこんな負け方したなぁ、信じないわけじゃないけど、気になるから食べさせてあげよう」

少し急いでフォークをまわした、一度で口に合う量を絡めとった。ゆっくりと口に運んだ。男はこの時、怪我をさせてはいけない、と細心の注意を払った。

「あー」

女は口を小さく開いた、今までの問答とは違って非常にかわいらしい感じだ。口を閉じ、少し間をおいて、頬を赤らめ、目線を男から何もない適当な左斜め下に落とした。

「美味しいかい」

男は女の頬をなでる素振りをした。

 


 黒の黒ぶち万年時計 午後八時零分

ぼーん、ぼーんと深く不気味な音だ。

「美味しい」

何もないかのようにふた口目をせがむ。

「くろくなったね」

男は苦笑いをした。

「なんか今、クロックなったね」




そう言って、女はふと男の視界から消えた。

またね、そう聞こえる気がした、そう聞こえる気がしたいと男は思った。そして存在しない女の頬の温もりを確かめようとして、食器を片づけ始めた。



自分を紳士的で、上品な男だ、ふしだらなことはしないし、誠実な男だ、と思いたい男がこの世に数割いる。だがそれは、只、恋で傷つきたくない、臆病者の裏返しであるのかもしれない。

もしかしたら女は全ての記憶を持っていて、プロポーズを待っていたのかもしれない、もしOKしたら男の人生を縛ってしまうと思ったかもしれない、だからと言って振ってしまうと彼が絶望に落ちるかもしれない・・・・

なんて、期待してみたくなる。そうでなければ百越えそうな年寄り男のオセロの相手やイカスミスパゲッティを食べていたり出来るだろうか。


読んでいただきありがとうございました。

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