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エントゥリアスの騎士  作者: 日向 聖
第一章 闇色の騎士
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闇色の騎士-05

 水底の中に広がる純白の花園――。

 水中を泳ぐ魚は、鮮やかな鱗を翻しながら優雅に泳ぎ去る。

 水面から差し込む光は、時折魚たちの作る流れによってゆらゆらと揺らめいていた――。

 その姿は酷く幻想的で、現とは思えぬ光景であった。

 だが視線を良く凝らせば、そこここに残酷な現実が見え隠れしている。

 パールホワイトの花影にポツポツと落ちている白石は、よくよく見ればまだ形の崩れていない骨であるものもあり、魚たちが悪戯に啄むそれが、人の衣服であっただろう事が窺い知れた。

 ぐうっ――と押し寄せてきた吐き気に、遠矢は片手で口元を押さえる。

 銅像のように黙って隣に立っていたルシャスは、その力強い腕で遠矢の身体を支えた。

 「戻るぞ――」

 低い声音に、ただ頷く事しかできない。

 ルシャスの確かな足取りを頼りに、遠矢は引きずられるようにして水底を後にする。水底へと降りてきた時よりもずっと早い速度で、二人は地上へと戻っていった。

 岸に上がると、荒い息を吐きながら遠矢はその場に思わず座り込んだ。吐き気は、嘔吐えづきとなって遠矢を苦しめる。

 ルシャスが、聞き取れぬ声音で何か唱え、そっと大きなその手で遠矢の背に触れた。暖かい何かが触れた所から身体の中へと入り込み、胸の悪さを遠ざけてゆく――。

 小さな声で礼を告げ、遠矢はゆっくりと顔を上げた。

 やはり――服も髪もどこもかしこも、彼の身体は一切水に濡れてはいなかった。

 傍らにしゃがみ込んだルシャスの背後に、ぼつぽつと咲くパールホワイトの花が見え、遠矢は何とも言えぬ苦い気分で口元を拭った。

 「立てるか?」

 問われ、「ああ……」と答えて立ち上がる。

 「そろそろ夕暮れも近くなってくる。森を出るぞ」

 何でもない事のように言ったルシャスの顔を、遠矢は振り仰いだ。

 「――なんだ? このままここに居たいのか?」

 慌てて首を振る。こんな場所には、もう一秒たりとも居たくはなかった。

 「夕暮れになれば、死者の魂が水底から這い出てくる。引き込まれぬうちにここを去るぞ」

 力強く頷き、遠矢はもう一度泉を振り返る。

 傾き駆けた日差しを跳ね返し揺れる水面は美しく、身の内にあんなにもおぞましいものを隠し持っているようには見えなかった。

 「行くぞ――」

 歩き出したルシャスの背を追い、遠矢は美しく残酷な泉に背を向けた。


 道とも呼べぬ細い獣道は、飛び出した木の根や絡まった丈の高い草などにが邪魔となり、きちんと舗装された道しか歩いた事のない遠矢にとっては、思った以上に歩きにくかった。

 時折木の根に突っ掛かり、転びそうになりながらルシャスの後を追う。

 そんな遠矢に気づいているのかいないのか、彼はまるで障害物などないかのようにして、大股に獣道を歩いていった。

 泉から歩き出して小一時間ほどした時、ようやく道幅が段々と広くなり、視界の先に開けた場所が見えてきた。

 遠矢の息は既に上がり、足も上がらなくなってきている。

 小さな小石にも躓くほどに、遠矢は疲れ切っていた。

 森を抜けると、そこは人の手によって拓かれた道になっている。

 轍ができている道は、どこか人の匂いがするようで、遠矢はホッと吐息をついた。

 道を渡った先の草叢では、馬が二頭のんびりと草を食んでいる。夕暮れ時のその光景はどこか長閑で、先程までの凄惨な記憶が嘘のようであった。

 安堵のため息をついた遠矢は、ふとその馬が奇妙な姿をしている事に気づいた。

 遠矢の知る馬に良く似てはいたが、サラブレッドに比べると足が太く、その鬣と尾の毛は異様に長かった。膝から下にも長い毛が生えており、草を食む口元には、鋭い牙が二本生えていた。

 その草を食む馬の隣では、石で丸く作られた竃に火が燃べられ、誰かが野宿の準備をしていた。

 ルシャスは真っ直ぐにその竃へと近づいてゆく。

 馬が顔を上げて、小さく鳴いた。

 馬影に居たらしい人物がそれに気づき、ゆっくりと立ち上がる。

 暮れ始めた夕日に、燃え上がるような赤い髪が、更に赤く染め上げられていた。

 「あら…あらあらあら……」

 若草色のドレスに深緑のコート。胸元と腰元を飾るのは、金銀の鎖と色鮮やかな宝石類。

 その宝石にも負けぬほどに鮮やかな紅蓮の髪は、ゆるやかなカールを描きながら腰元近くまで伸ばされていた。

 ドレスに負けぬ美しい翡翠色の瞳が、どこか楽しそうにルシャスを見上げている。

 弧を描く優美な赤い唇に手を当て、華麗な美女は小首を傾げた。

 「ルシャス様ったら、いつの間にそんな可愛らしいお子様をおつくりになられましたの?」

 心地よいアルトの声音が、からかうようにそう問う。

 僅かばかり片眉を上げ、ルシャスは冷めた瞳で美女を見下ろした。

 「――俺に子が作れるはずがないだろう」

 冗談に乗ろうとしないルシャスに、美女は呆れたように手を広げた。

 「いやですわ、ルシャス様ったら。それ位の冗談、軽く流して下さっても良いでしょうに」

 「お前のふざけに付き合うつもりはない」

 ぴしゃりと言って、ルシャスは遠矢を振り返った。

 「トーヤ――。このふざけた女が、お前の会いたがっていた一人、死霊使いの“リリティア”だ――」

 この世界に、遠矢を召喚する事ができる四人の内の一人。それがこんなに華やかな美女だとは思いもしなかった。

 思わずじっと見つめてしまった遠矢を、リリティアは不思議そうに見つめ返した。

 「あら、この子――…なんだかとっても変ですわね」

 「――何が変なんだ?」

 ルシャスの声音が僅かに低くなる。

 「ごめんなさいね――」

 そう謝りながら、リリティアは遠矢の頬に触れた。

 ひやり…とした手の感触が、まるで生きている人ではないように思え、思わず背筋に震えが走る。

 「これは――…。あなた、その魂の半分、どこに置いてきてしまったの?」

 「えっ?」

 「リリティア?」

 触れていた手を離し、リリティアは思いの外真剣な眼差しでルシャスを見上げた。

 「この子、どこで見つけられたのですか? あの泉ですか?」

 「ああ」

 「――…とすれば、あの強大な魔力は…この子がこちら側に引き込まれてできた歪み――……」

 紅蓮の美女はそう言って、美しい眉宇を寄せた。

 「ルシャス様――。もし…あの歪みの元がこの子であるならば、連れ歩く者には相当な覚悟が必要となりますわ」

 「――それは予言か?」

 「いいえ。これから起こりうるであろう真実です。魔物たちはこぞってこの子を食らいに来るでしょうから――」

 不意に落とされた言葉に、遠矢は愕然と立ち尽くすしかなかった。

ようやく話に加わるキャラが増えました。リリティアが入って、ようやく少しは賑やかな話になるのではないかと思います。

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