闇色の騎士-04
ゆらりとも動かない黒い瞳を見返しながら、遠矢は口にする言葉を失った。
ここがどういう世界であるのか、なぜ自分が呼ばれたのか…など、知りたい事は山ほどあったが、そのどれもがうまく言葉にならない。
そんな遠矢の状況に気づいた男が、骨張った大きな手で幼い子供にでもするように頭を撫でた。
「――っ」
その手を払い落とし、頭を振る。
「よせよ、子供じゃないっ」
「なら、お前は幾つになる?」
男が質問を口にしてくれた事で、二人の間に会話ができた。
「十七だよ」
そうか――とだけルシャスは答え、黒い瞳で真っ直ぐに遠矢を見つめた。
「日暮れまではいま暫く時間がある。それまではお前の疑問に答えよう――」
混乱している頭では、何から聞けば良いのかすら解らない。
それでも、遠矢は思い浮かんだ事を、次々と質問した。
ここがどこで、ルシャスが何者であるのか。なぜここへとやってきたのか。元の世界へは帰れるのか。先程の四人の人間に会う事はできるのか。そして――。
そして…自分はこれからどうすれば…良いのか……。
子供ではないと言いながら、情けないことに遠矢は自分の身の振り方も決められないのであった。
そんな遠矢に、ルシャスは呆れる事なく、一つずつ答えてくれたのだった――。
アスティア大陸の南方、ラール高原を抜けた先に“忘却の園”と呼ばれる森はあった。
“帰らずの森”ともよばれるそこは、入る者は居ても出てくる者は居ない――と言われ、近隣の村や町などでは忌み嫌われている場所でもあった。だが、そんな場所であったも人が森へと入り込む事が多々ある。理由は一つ――。森の中心にある“忘却の園”と呼ばれる泉の底に眠る“青銀の魔石”を狙っての事だった。
魔導士や魔術士などが、喉から手が出るほどに望んでいるそれの欠片だけでも手に入れれば、一生を遊んで暮らせるとまことしやかに言われている。
そして人は欲に目がくらみ、森へと分け入るのだ――。
ルシャスがそれを感じたのは、森に一番近いと言われている村〝ケイル〟で宿を探している時だった。
突然強大な魔力を森の中心の方角に感じ、相棒と共にただ事ではないと駆けつけたのだ。
“青銀の魔石”は、泉からその欠片すらも持ち出すべき物ではない…というのが、長く共に旅しているリリティアとルシャスの見解である。
あれは、あそこから決して動かしてはならぬものだ――と……。
だからこそ、慌てて駆けつけた先に見つけたのが、遠矢のような武器すら持たない薄着の子供であったのが不思議でならなかった。
この世界の、どの国の衣装とも違う奇妙な服を身に纏い、妙に大人びた瞳で自分を見上げてきた子供。
気が強いのか…弱いのか、大人なのか子供なのかよく解らぬ口の悪い異界の子供は、久しく他人に向けられる事のなかったルシャスの気を、珍しく強く惹いたのだった。
「この泉の底に、本当にそんな石があるのかよ?」
「ああ」
「へえ……。でも、園っていうには、花が少なくなくねえ?」
いかにも興味がある…という顔で泉を見つめる遠矢に、ルシャスは「――見たいのか?」と問うた。
「え?」
「花園だ――。見たければ見せてやろう。今を逃せば、お前がここを見る機会などもうないだろうからな」
「マジで!?」
「…マジ…とはなんだ?」
「あ…いや、本当に?」
ルシャスは無言で頷き、立ち上がった。
「ついて来い――」
泉の西側に、泉へと向かって真っ直ぐに敷かれた石畳が残っている。その上を、ルシャスは泉へと向かって歩く。
慌てて、遠矢もその後を追った。
石畳の横からそこに入り込もうとした遠矢は、ルシャスに視線で入る事を止められる。
「なに?」
「そこからではなく、あちら側の…あの石柱の跡の間から入ってこい。そこからでは花園には入れぬ」
「え? なんで?」
「結界――と言った処でお前には解るまい。言う事をきけ」
「解ったよ」
遠矢は軽く走って石畳の始まる場所までゆくと、二本の石柱の跡の間からルシャスの元へと向かった。
「ではゆくぞ」
ルシャスはまるで道が繋がっているかのように、真っ直ぐに泉の中へと向かって歩き出す。
「――――ッ!?」
驚く遠矢の前で、膝まで水に使ったルシャスが振り返った。
「何をしている、早く来い」
「マジかよ~~~」
更に泉の中へと足を進めてゆくルシャスの姿は、既に肩まで水の中に浸かっている。逡巡し、ようやく覚悟を決めた遠矢は、怖々と泉の中へと足を向けたのだった。
それは不思議で美しい光景であった――。
ゆらゆらと揺れる水は青く煌めき、水中を泳ぐ魚は、物珍しい侵入者に戯れるようにすぐ傍まで近寄ってくる。鮮やかな色のその魚たちに手を伸ばせば、彼らはまた一斉に身を翻して水の中を泳ぎ去っていった。
遠矢は魚に触れようとした己の手を見つめる。手を握れば、水を押しやる感覚があった。だが、その手は水に触れているという感覚はあるのに、なぜか髪も服もまるで濡れていないのであった。
そして…水の中だというのに、遠矢は普通に呼吸する事ができた。水を肺まで取り込んでいる…という感じもなく、何の違和感も感じずに呼吸ができているのだ。
トンッ――と、遠矢は足元の水を蹴る。足に伝わる感覚は、しっかりとした階段のような物を感じさせた。泉の底へと向けて作られているらしいそれは、ガラスのような透明な素材ででも作られているのか、どんなに目を凝らしてみても、階段そのものを見つける事ができない。
時折立ち止まり、ルシャスは遠矢がやってくるのを待っている。
そうして水底へと辿り着いた時、遠矢は大きく瞳を見開いた。
水底へと足をつけた途端、辺り一面にパールホワイトの、あの花が咲き乱れていたのだ。
「綺麗だなぁ…――」
「見えるか? あの先にある青銀の石。あれが、〝白銀竜の涙〟と言われている魔力石だ」
ルシャスの指さす先には、水底に咲く花の上に浮かぶ青銀色の石があった。
どんな風に作られているのか、かなり深くまで降りてきたのも関わらず、水面から降り注ぐ陽光が石を照らし、キラキラとした光を放っている。
思わず足を踏み出そうとした遠矢の肩を、力強い手が掴んだ。
「その先には行くな」
「なんで? 石を取ったりするつもりはないよ?」
「足下の先を見てみろ」
「――?」
言われ、見つめたそこには、パールホワイトの花に紛れるように、無数の白骨が転がっていた。
「――――ッッ!!!!!」
後退った遠矢の背が、ルシャスにぶつかる。
「……なん…だよ…あれ……っ」
「この泉の石を狙ってきた者たちの骸だ――」
「なんで死んで――…」
「“忘却の園”だと言ったろう。そこから一歩でも踏み込めば、ここの魔力に巻き込まれ、現世を忘れ夢だけを見る。死ぬまで…な――」
総べてを忘れ去ってしまう力。それこそが、石を守る強力な結界であるのだった――。
次回にはルシャスの相棒を出せると良いのですが……。
ちょっと見直し時間がなかっのたで、後日…文面の一部直すかも知れません。