闇色の騎士-01
高く澄んだ空は抜けるように青く、辺りを覆う木々は鮮やかな新緑に染まっている。
空を駆ける鳥の声に心惹かれたように、時折草陰から顔を出すそれの姿を見つめながら、真白遠矢は半時ほど柔らかな草の絨毯に座り込んでいた。
さて…どうしたもんか――……。
木々の間を吹き抜ける風が、悪戯に遠矢の髪を舞いあげ、彼はそっと眉宇を寄せた。
再び、草陰からひょこり――とそれが顔を出す。
体長30センチほどの白い毛に覆われた姿は、見た目遠矢の知る兎に良く似た姿をしていた。
ただ、兎にしてはやたらと毛が長く、長い毛に覆われた耳も尻尾も長い。そして、決定的な違いとして、兎に似たそれの額には、兎にはあり得ない山羊のような角が生えていた――。
キョトンとした青い瞳で遠矢を見つめていた兎もどきは、そこから一歩も動こうとはしない遠矢に興味を失ったかのように、顔を反らすとぴょこぴょこと跳ねて草の奥へと消えていった。
『さて……。マジでどうすっかなぁ……』
何度目かの同じ言葉を心の中で呟き、遠矢はがしがしと頭をかいた。
“…来よ――……”
高いとも低いとも言えぬ美しい声音――。
“…来よ――…汝…――よ……時は………帰り…来たれ――…”
酷く懐かしく、酷く愛おしい切れ切れの声音。
意味も解らぬその言葉を耳にした途端、遠矢は強烈に帰らねば――と、そう思ったのだ。
そして気づけば、この訳の分からない場所にただぽつんと一人佇んでいた。
それから…状況を飲み込むのに半時、ここにこうして座り込んでいたのだ。
ぐるぐると同じところを巡っていた思考は、ようやく一つの結論にたどり着こうとしていた。
曰く――…ここは…自分のいた世界とは別の世界である――と……。
一つ大きなため息を吐き、遠矢はもう一度ぐるりと周りを見渡した。
元は何か建物でもあったのか、崩れ落ちた柱や壁などの土台がぽつりぽつりとあちこちに点在し、蔦や草などがそれに絡みついている。
まばらに残るそれらは、中心にある泉を囲うように残っており、大きな樹木などもそこ一帯にだけは生えていなかった。
降り注ぐ陽光が、水面の上で乱反射しキラキラとした輝きを放っている。泉の辺に咲くパールホワイトの花が風に揺れ、水面と同じように煌めいていた。
その輝きに惹かれるようにして近づいてみれば、それは紅色の茎を持ち、ピンク色の葉をつけていた。遠矢の常識ではあり得ない色味に、「冗談キッつ――…」と思わず一人ごちる。
花に触れる気にもならず、いつまでも座り込んでいても仕方かない…と立ち上がりかけた時、甲高い鳥の鳴声が空に響き渡り、遠矢は慌てて鳴声のした方を振り返った。
――……ッ。
生い茂る木々の隙間を縫うように、黒い影がゆらゆらと揺れる。道とも呼べぬ細い獣道を、影は音も立てずにゆっくりと遠矢の方へと近づいてきていた。
押し寄せる恐怖にも似たそれに、遠矢は思わず一歩後退る。
心臓がドクドクと脈打ち、こくり――と喉が鳴った。
やがて影は、木々の間を抜け白日の下へとその姿を表す。
陽光に照らされた影は、黒き鎧に身を包む一人の剣士へと姿を変えていた――。