奇妙な旅人-07
夜空に浮かぶは二つの月――。
理と寡黙を司る二つの月の熱のない青白い光を浴びながら、ルシャスは幅広の剣の柄を握り、物騒な眼差しを焚き火の炎へと向けていた。
ルントで遠矢を攫われてから、既に三日目の晩である。
遠矢を攫った魔方陣が、一体どこまで遠矢を運ぶように描かれたものであるのか解らないが、少なくともこの二日、殆ど寝ずに馬を走らせてきたルシャス達の網に引っかかる事はなかった。
殺害が目的であったのならば、もう既に遅い――という事も考えられる。
ルシャスは己の左を見つめ、ぎゅっと拳を握り締めた。
あの時、この指先は微かに伸ばされた遠矢の手の先に触れていたのだ。
なのに――――っ!
爪が食い込むほどに握られた手の平は、微かに血を滲ませている。
だがその痛みすら、今のルシャスには感じられなかった。
この手で、助けられたはずであったのに――……。
まだたった十七年しか生きていない異界の子供を、異界に帰すまで守る――とルシャスは誓ったのだ。
汝…寡黙たりて理を知れ。そう教える理の神セルセラが司る月を見上げ、ルシャスは苦々しい思いで奥歯を噛みしめる。
もう二度と、目の前で守ると誓った者を失うのは嫌だった。こんな思いは、二度としたくはなかった。
だから――。
ふと、ルシャスはそこで思い出す。以前、目の前ですり抜けていったあの手は誰のものだったのか…と……。
遠矢のように、伸ばした指先からこぼれ落ちていった大切な人。
靄がかかっていしまったかのように思い出せぬ相手を、何とか思い出そうとするが、思い出そうとすればするほど、相手の姿は霞んでいった。
「ルシャス様――」
リリティアの声が近場で聞こえ、ルシャスはそちらへと視線を向ける。
「少し、お休みになった方が良いですわ。いよいよ明日からは水砂漠に入ります。あそこを渡るならば、体調を万全にしておいた方が良いかと」
リリティアの言葉に、ルシャスはピシャリと言った。
「要らぬ世話だ」
そんなルシャスの態度に、リリティアはキュッと美しい眉宇を寄せる。
「そんな風に起きていらしても、水砂漠に入るには朝にならなくては無理なんですっ。それならば、トーヤを助け出す時に動けるように身体を休めておくのが道理ですわっ」
避難するようなリリティアの言葉に、ルシャスは表情すら変えず冷たい声音で問うた。
「――生きていると思うか?」
その言葉に、リリティアはそっと顔を俯かせる。
嘘は言えなかった。たとえそれが、いま一時ルシャスを安心させる事になると解っていても……。
嘘で固めた言葉は、相手の信頼を裏切る行為にも等しかった。
「――解りませんわ。…でも、トーヤの星はまだ落ちておりません。ならば、私は生きていると思って動きます」
リリティアの返答に、石化の魔法にでもかかったかのように動かなかったルシャスは、暫くして一つ大きな溜息をついた。
今夜の寝床にすると決めて座り込んだ木に、ゆっくりと背中を預ける。
「――すまなかった」
謝罪の言葉に、リリティアは微苦笑を浮かべる。
「いいえ。私の方こそ、出過ぎた真似を致しました」
立ち上がろうとした彼女を、ルシャスの低い声音が引き留めた。
「リリア――。お前にはトーヤの星がどう見える?」
問われ、一瞬にしてリリティアの表情が変わる。
それは鮮やかな変化であった。
それまでの主を心配する従者の顔から、この世で二つ名で呼ばれるほどの魔力を持ち、四大術師の一人として名を上げられる者の顔へと……。
「――星見の方ほど正確に読めるわけではありませんが、トーヤの星はまだ燦然と輝いておりますわ。…ただ奇妙な事に、トーヤの星に寄り添うように、大きな星が一つ瞬いております」
ルシャスの黒い瞳が、ギラリとした光を放った。
「誰の星か解るか?」
「――…これは……っ。そんな馬鹿な…いえ、でもこれは確かに……」
困惑するリリティアに、ルシャスが先を促す。
「誰が一緒にいるっ!?」
幾度か瞬きした後、リリティアはその赤い唇に意外な人物の名を上げた。
「私の星見が外れていなければ…、いまあの子と一緒に居るのは、深紅の呪謳士〝リィース〟様ですわ――」
「――――ッ!?」
闇に溶け込むような黒い瞳が、驚いたように見開かれた。
今回は…離ればなれになってしまっているルシャス達の様子です。




