7話 ベルの過去
「…」
「…」
不意にベルが口を開いた。
「…ロストに助けられた日、僕は長年ロクウェル家に仕えてくれていた執事の葬式に行っていたんだ。
あの事故は、雨のせいばかりじゃない。僕の精神状態も原因になってたと思う。
僕が知っている『母』は父のキャルトニーの再婚相手だった。
最初は僕を可愛がってくれたが、父が段々僕の中に前の妻の面影があることに気付いて、僕にばっかり…いや、僕の面影の中の前妻にばかり構うようになった。
『母』は7歳の子供に嫉妬した。
そして疎み始めた。
何かをこじつけては鞭でピシャリ。
もう一つとピシャリ。
いち早く『母』の僕に対しての暴力に気付いたのは、その執事だった。
そして暴力から守ってくれたのもじいやだった。
『母』からの風当たりは強くなっていった。
そんな中、何も知らない父がじいやに用事を言いつけた。往復で1時間ほどかかる場所に。
じいやはまさか僕を連れて歩き回れる身分を悔やみながら、僕に気を付けるようにといって、出かけた。
僕はすぐ隠れた。
――けれど、すぐに捕まった。
部屋に連れて行かれ、たっぷりと僕を鞭で叩いた。
僕は反抗してしまい、『母』はイラつき、暖炉で真っ赤にるほど焼かれた炭かきを僕の右わき腹に――押し当てた」
絶句して横に立っている俺が目に入らないかのようにベルは続けた。
「肉が焦げる音、臭い、痛み。
あの時ほど痛い思いをしたのは他にない。
僕は悲鳴も上げないで気絶した。
気づいたら涙と鼻水でぐしゃぐしゃのじいやの顔が僕を覗き込んでいた。
ひたすら謝られて困っていると、やっと父上がやってきたんだ。仕事に没頭して自分の世界を作ってしまう人だったんだ。
じいやと僕は父に今までのことを話し、火傷も見せた。
父は即刻『母』を屋敷どころか領地から追い出した。
しばらくして『母』は事故で死んだと風の便りが届いた。
父も6年前に亡くなり、その1年後にじいやも死んだ。
皮肉なもんだよね。
父より、じいやの――他人の死の方がショックが大きいなんて」
そういってベルはふっと嘲笑をその端正な顔に浮かべた。
「おかげで今でも痛みはほとんどマヒしてる」
しばらくの静寂ののち、俺は呟いた。
「…ごめんな。
俺、気づかなかった。
お前のその傷のことも――お前のその気持ちも。
許してくれ」
すると、ベルは首を振った。
「いや、ロストが悪いんじゃない。
今まで言おうとしなかった僕が悪いんだ」
そこまで言ったベルはパッと顔をあげて、
「それより、お腹がすいたな。
何か食べたい。今日はなんだい?」
と痛ましいほど明るい声を発しながら――
「馬鹿野郎っ
苦しいんだったらそういえよ!
そうやって無理するなよ!」
「ロスト?何言ってるんだい?
僕は無理なんか――」
「してるだろう!?
じゃなきゃ、なんでお前は泣いてんだよ!?」
涙をこぼしていた。
「え…?
あ、ほんとだ…」
自分の頬に触れ、その悲しみの象徴に触れたベルは驚いたように目を丸くした。
ぐしぐしと乱暴に目をこすり、俺を見上げたたその頬にはまだ涙の跡があった。
そこに、ぽつんと何かが落ちた。
「――ロストが泣いてどうするんだよ」
今度は俺が驚く番だった。