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外に見えないこと

あ~今日は天気がいいな。

青い空…

<ドアが閉まります。ご注意ください。>

いつものアナウンス。

「マジやばくない。」

「そうそう。」

いつもの高校生が乗ってきた。

毎日ここから片道1時間の通学時間が始まる。

この1時間をどう使おうか、

最初の頃は学校お勧めの定番の読書を試したこともあった。

しかし、なにかと理由をつけてやめてしまった。

ゲーム、音楽、インターネット。

朝から混んでる電車でスマホを使うのは苦手だ。

そんな自分に合ったのは、人間を観察したり、景色を眺めたりすることぐらいだった。

そしてこの1年半の間、毎朝この時間は人や窓から見える景色を観る時間になった。

  

今朝は雨。

自宅から駅まで自転車で通う自分にとって、雨の日の車中は気持ちが悪い。

ズボンはびちょびちょ。

しかも、雨の日は雨粒と曇りで窓ガラス越しの外の景色はよく見えない。

はぁ。ため息がでる。

ふと隣のおじさんの待ち受けが目に止まった。

<うわっ…。

隣のおじさん、携帯の待ち受け若い女だ。

なんだこいつ。

えっ…。えっ。

はぁ?しかもこの娘、知ってる。なんだよ。なんだよ。おいおい。>

その待ち受けの娘は自分と同じ学校の同級生。

しかも1年と2年のとき同じクラスだった。

何をやらせてもそつなくこなす娘。

しかも、浮き過ぎない程度に。

そんな彼女に話しかけられたことが一度だけある。

それは学園祭の準備の時だった。

彼女はクラスの模擬店チラシを書いていた自分に小さい声で

「その筆字がいいよね。」

たった一言だけれど強く印象に残っている。


学校に着くと教室の窓際に彼女がいた。

友達と楽しそうに話をしている。

いつも気にならないが、今日はあの待ち受けのせいなのか、

彼女の話す内容がやたら気になる。

廊下側の席に座る自分に聞き取るのは難しい。

授業中も彼女が気になった。

<おいおい、なんだよ。これって行きすぎるとストーカー?

あぶない。あぶない。止めよう。>

と自問自答が1週間程続いた。

なぜ、1週間で自称ストーカー疑い?が終わったのか。

それは、あの待ち受けを見た日から1週間程経った頃、

彼女は自分に話しかけてきた。2回目だった。


放課後、掃除も終わり美術室へ行こうとしていた時だった。

「今日、暇?」

彼女は自分に言った。

「今から部活…。」

と答えた。

「ふ~ん。」

しばらく経った後、彼女は

「教室で終わるのを待ってる。」

と言った。

自分は彼女を残し、美術室へ行きいつものように準備をした。

文化祭に展示する絵を描き始めていた。

昔、家族で行ったことのある街の風景画だ。

油絵の具をチューブからパレットに移す。

しかし、いつものように書き始めると

今日は色の調合がなぜかしっくりこない。

油を足しても、何度、調合を試しても昨日までのように色が定まらない。

なんだか落ち着かない。

出した結論。

<このままにして、明日朝一で片付けよう。>

そのままにして教室へ向かった。

彼女は差し込む夕日に照らされ、窓際に座っていた。

既にみんな部活に行ったり、帰宅していて、教室には彼女が一人だった。

「早かったね。」

彼女は言った。

「今日はもう終わりだって。」

とっさに意味の分からない嘘をついた。自分でもびっくりだ。

どこから聞いてきたのか、彼女は

「家は八王子駅の近くなの?」

と自分に聞いてきた。

「そう。」

と答えた。

「昔、住んでたんだ八王子…。

あのさ… 家の近くに山があって、その中に公園があったんだ。

野菜が売っていて、橋があって、小川があって…

そんな公園知ってる?」

と自分に聞いてきた。

<どこだろう…>

そんな漠然と言われてもとっさには出てこない。

「そこさぁ。知りたいんだ。

自分で探したけれどなかなか見つからなくってさ。」

彼女は窓の外を見ながら言った。

「ふ~ん。」

と一言、自分は答えた。

「知ってる?」

「すぐには思い出さないけれど、

しばらく時間をくれれば分かるかも…。」

自分は答えた。

「そうか…すぐには無理だよね。分かったら教えて。

ごめんね時間とってもらって。じゃあ。」

彼女はそう言って教室から出て行った。


その日の帰り道の1時間。

早速思いあたるところをスマホで検索して、

自分も行ったことのある公園を見つけた。

そこは八王子駅からバスで45分ぐらい。

山の中にあって、夏には蝉の鳴き声が沢山聞こえる。

バス停から短い橋が架けられていて、

門の前には野菜や土産品を売っている店がある。

門を入るとすぐ横には動物ふれあい広場があり、

小さな子供はそこで遊んでいる。

奥に行けば広場や川があり、子供連れの家族が多く来る公園だ。

自分も小学校までに兄と両親と何度か車で行ったことがある。


翌日、彼女にその公園を伝えた。

すると彼女は

「聞いても良く分からないからメールで場所を送って。」

と言って、紙に書いたメールアドレスを自分に渡した。

自分はすぐにその公園の住所を彼女に送った。


部活中に彼女からのメールを着信した。

<ありがとう。その公園に行きたいんだけど、

一人で行くのはつまらないから一緒に付き合ってくれる?>

自分はパレットを置き、

<いいよ。>と返信をした。


公園に着いた。

もう秋なので蝉は鳴いていない。当然川遊びの子供もいない。

薄着の洋服で来た自分は少し肌寒かった。

こんな季節の公園に来るのは自分も初めてだった。

彼女と自分は八王子駅で待ち合わせして、そこからバスでここへ来た。

バスの中、彼女とは学校の話を少ししたぐらいだった。

彼女はバスを降りると公園前バス停にしばらく立ち止ったままだった。

1時間に2本のバス。次の乗客の邪魔にはならないだろう、数分間自分は付き合った。

「大丈夫?」

彼女は頷き、ゆっくり橋を渡り、門へ向かった。

自分は売店で温かい飲み物を2本買って、1本を彼女に渡した。

彼女は小さい声で

「ありがとう。」

と言った。

門に入ると彼女はいつもの顔に戻っていた。

彼女はすぐさま動物ふれあい広場へ行き、動物に話しかけていた。

笑顔になっていた。

広場に着き、売店で飲み物を入れてもらった袋を彼女に渡した。

彼女は嬉しそうにそれを下に敷き座った。

彼女は話し始めた。

「昔、多分家族で来たんだ、ここに…。どうしても来たくって。」

彼女はしばらく黙っていた。

そして、彼女は笑顔で

「何も聞かずにここまで付いて来てくれて。感謝!感謝!」

と言った。

文化祭までまだ時間はあるけど、正直あのあと部活も手につかないし、

景色を観るのは嫌いじゃないから付き合っただけ。

感謝されるのが申し訳ないぐらいだ。

彼女の話は続いた。

「最近さ、死んだはずの父親が生きてるって分かったんだ。

不思議でしょ。

母親の携帯たまたま見ちゃってさ。親ってロックかけないじゃん…。

たまたま見たメールにさ、娘の写真添付します、だって。

うけるよね…。何これ。って母親に聞いたらさ…

1年に2度父親に写真を送っているって。

父親ってどこのよ?ってきいたら…本当は死んでないって。」

一呼吸置いて、彼女の話は続いた。

「父親と幼稚園前に別れた…って。三歳の私には伝えるのが

難しいから死んだって事にしたらしい。」

そしてまた深く呼吸した。

「それ以上、言葉が出なかったよ…。」 

と彼女は言った。

自分はこういう時に気の利いた言葉が出てくる器用な奴じゃない。

しばらく遊ぶ子供たちを二人で黙って見ていた。

<あの電車の男が誰なのか。自分が彼女に何が出来るのか…。>

頭の中はそのことでいっぱいいっぱいだった。


その時、自分が彼女に出来たこと。

それは時々吹く秋風の中、自分のパーカーを渡すことだけだった。




























































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