お兄ちゃんでしたか
「女だって! 信じられない」
あたしが女やて言うてるのに、全然信じてくれへんフレンのそっくりさんに、あたしは『もう一発どついたろか』と拳を握って前に押し出す。
「ハンナの言うことを無視してそんな格好をするからだ」
そしたら、フレンにそう言われた。んなこと言うたって、動きにくいんやもん。
「にしても、男だと言われるより魔物だと言われる方が良いのか」
おまえはホントに変わってるなと、フレンはまるで子供の相手をするみたいにあたしの頭をぐちゃぐちゃにしながら撫でる。アホ、紛らわしい事すな! あんたがそんな仕草するからBLフラグが立つんや。
そらそうやろ。魔物やったら、妖艶な美女風――(たとえばセイレーンとか)とかもおるけど、男は美少年でも、結局は男。女子力ないのは自覚してるけど、ちょっとなぁ……
それからフレンは、目線をあたしからそっくりさんの方に移して、
「しかし、その内来られるとは思ってましたが、いやに早いお着きですね、兄上」
と、黒さ全開でそっくりさんに言った。この人はフレンのお兄ちゃんらしい。道理で顔が似てるはずや。
「最近は『アクセス』されてないと思っていたのですが」
一応お兄ちゃんやからか、言葉尻は丁寧。けど、口調はドライアイスみたいに冷たい。
「ああ、お前に『アクセス』したってすぐバレるではないか」
「では、どうして?」
「『アクセス』はハンナにかけた」
「ああ、それで……」
フレンはお兄ちゃんの説明に、ふんふんと頷く。けど、なんか全部納得はいってないみたい。
「俺も、お前を逐一監視してる訳じゃない。だいたい、俺はそんなに暇じゃない。月に一~二度だな、母上に泣きつかれて渋々だぞ。
今日も、数日前から言われていて、たまたま覗いただけだ」
と言って、決まり悪そうに咳払いした。
「母上か……」
フレンはそれを聞いて、口を歪めてため息をついた。
「それもこれも、お前が早く嫁を貰わんからだ。魔道や薬の研究と称して、お前が女を遠ざけるせいで、お前が男色ではないかという噂までたっているんだぞ。
それで今日、お前たちを『見て』俺はあの噂は果たして本当だったのかと慌てて来たのだ。
でもまぁいい。こうして似合いの相手が見つかったのなら、さっさと婚約を発表してしまえ」
「「は?」」
あたしとフレンは、フレン兄の言葉に思わず顔を見合わせて固まる。
にしたって、誰と誰が似合いの相手やて?
「兄上、彼女はですね、三日前に何かのトラブルで界渡りしてきただけで……」
「お前の力に引かれてきたのだろうが。それこそ『天の采配』ではないか」
だから、ハンナさんも言うてたけど、天の思し召しとか采配って何?
「とにかく、チーズと言ったか、こやつはこのまま屋敷に連れて帰る。お前は後ろからついてこい」
えーっ、結局フレンの実家にいくの? なんで?
「何故です、誤解は解けたんだからもういいではないですか」
フレンもそう思ったのか、お兄ちゃんにそう食いつく。けど、
「お前はカロルに乗ってきたんだろ。あのお転婆が女を乗せると思うか」
「確かに」
と言われて、ため息をつきながらフレンは頷いた。カロルというのはフレンの馬の名前。と言っても、競馬で走っているような馬やない。もっとがちっとしてて足も太い。
で、このカロル嬢、結構フレン命で、フレンと他の人とでは全然態度がちゃう。昨日、フレンに紹介してもうたとき、フレンが目を離した隙に、こっそり蹴られそうになったもん。
「そのまま来た道を辿るほど俺も暇ではないんでな。屋敷について一息ついたら、またトマスに送り返してもらえばいい。
お前は別に帰っても良いが、ついでだからたまには母上のご機嫌も伺え」
「わかりました、そうします。では後ほど屋敷で」
フレンはそう言って馬車を降りていった。
へぇ、フレンの実家かぁ。どんなんやねんやろ。暢気に実家の想像をしていたあたしには、その頃フレンがカロルに乗りながら、
「思いの外早く進みそうだな」
と、黒い笑みを浮かべていた事なんて全然知らんかった。
ふふふ、フレンこいつ、裏ありそうです。
次回はフレンのご実家。そこにはランスもフレンも凌駕する濃い方が待っています。