チーズを追って
「ハンナ、ハンナ! チーズはいるか!」
「フレン様、慌てて一体なんですか? チーズ様はフレン様とご一緒ではないんですか」
一縷の望みを抱いて、屋敷に駆け込んだ俺だが、ハンナから戻ってきたのは予想通りの返事だった。
「だから、戻ってきていないかと聞いている!」
と、俺が重ねて聞くと、
「私は存じませんが……」
と言うが、その目が若干泳いでいる。これは何か隠しているな。なので、
「では、誰か訪ねて来なかったか」
と、俺は質問を換えた。
「えっと……あの……どなたも……」
すると、ハンナは明らかに挙動不審になってそう答える。ハンナがそんな態度を見せるのは、おそらく……
「誰だ、誰が来た!」
「……ランス様です」
だが、俺の予想を反してハンナの口から出たのは兄上の名前だった。ここメイサには母上の実家もあるので、旧知のものにでも探らせて、屋敷の者を向かわせたと踏んだのに。
母上が兄上を名代にとも考えられるが、兄上も今は妻帯して別に屋敷を構える身、それ以上に王家の健康を守る者として、おいそれとシュバルを離れさせることなぞ、母上が命ずる訳がない。
では、なぜ兄上は馬車をとばしてまでメイサに来、チーズを連れ去ったのか。まさか……『アクセス』されて見た夢で、無駄に魔力を垂れ流ししているチーズに一目惚れしたのではあるまいな。
そんなバカなことはあるまいと思いつつも、他に兄上が連れ去った理由が思いつかず、俺は、
「ハンナ、出かけてくる」
とやにわに走り出し、厩舎に向かった。チーズを取り戻さなくては。
チーズが俺の『天の采配』だということにしておけばこれ以上無駄な見合い話など持ってこられなくて済むし……と、何故か俺は俺自身に言い訳しながら、愛馬カロルに跨り夕暮れの道に飛び出す。走っている道中も、俺の頭の中にはここがミナミではないと知って意味不明な言葉を吐きながら慌てふためく姿、か細い腕で一切手を抜かないでビーノの土興しに懸命になる様子、ひと段落したときの幼い子供のような愛くるしい笑顔などが次々と過ぎっていく。俺は無意識に、
「チーズは俺のものだ、兄上になど渡さない」
と何度もつぶやいていた。
やがて、前方にロッシュ家の馬車が見えた、俺はカロルに更に速度を上げさせると、馬車と併走し、ギョッとした後、バツの悪そうな表情を見せる御者のトマスに、直ちに停まるように手振りで示す。トマスは、ブンブンと首を縦に振って、馬車を停めた。俺は、
「トマス、何事だ」
と、暢気に外を覗きもせずそう言う兄上についいらついて、
「聞きたいのは俺の方だ」
と、丁寧な言葉遣いも忘れて馬車に飛び込む。そして、その兄上が出てこなかった理由がしなだりかかるチーズを抱え込むように座っているのだと知って更に血の流れる速度が速くなる。お前、男なら誰でも良かったのか、と思ってよく見るとチーズは爆睡していた。かすかに魔力の片鱗がある。そうか、『スリープ』にかかっているのか。俺は、
「おい、起きろチーズ。おまえも曲がりなりにも魔力持ってんだろ。そんなにカンタンに魔法にかかるな、バカ」
と言いながら眠りこけているチーズの顔をペタペタと叩いて起こしにかかるが、彼女は一向に起きない。それを見ていた兄上が、苦虫を噛み潰したような顔で、
「慌てて迎えに来たようだが、無駄だ。こいつは屋敷に連れ帰る」
と言って、チーズをその手元に引き寄せる。
「何故!」
「何故と聞くのか、この恥知らずが」
恥知らず? どういうことだ。
「誰が恥知らずだと言うんです。来て三日しか経たぬこいつを追いかけて走ってきたことがですか? それは兄上が強盗まがいのやり方でこいつを連れ去るからでしょう。大体、兄上には義姉上がおられるではありませんか」
そうだ、俺が恥知らずというのなら、義姉上という者がありながらこの女に懸想するあなたの方がもっと恥知らずだと思うのだが。
「止めろ、気持ち悪いことを言うな」
すると、兄上は何故かそう言ってプルプルと震えた。
「気持ち……悪い?」
それなら、そんな気持ち悪い奴を何故拉致した? まったく今日の兄上の言動は意味が解らない。
そのとき、双方から引っ張られて、チーズがようやく目を覚ました。
『ふぇ……なんでフレンが二人おんの?……あふっ』
寝起きのチーズは自国の言葉で何かをつぶやいていた。俺はいつものことだったからなにも思わなかったが、それを聞いた兄上は、
「ややっ、こやつは何をしゃべっておる。もしや、少年の姿をした魔物か!」
と叫んで、真っ青な顔でチーズを突き飛ばした。
そうか! 兄上はチーズがこのような形をしているから、男だと思っていたのか。
「それにしても魔物? こりゃ良い」
もし使い魔だったとしても最弱だぞ、きっと。俺はホッとしたのと、兄上の魔物発言とが相まって、笑いが止まらなくなった。ビビる兄上と腹を捩って笑う俺を交互に見たチーズは、素早く立ち上がると、
「魔物って何よ! それ以前にあたしは男じゃなくて、女。お・ん・な! そこは間違うなってぇの!」
そう叫んで『女』と言う単語に口を半開きにした兄上に豪快な平手打ちを食らわせたのだった。
すいません、ご無沙汰してました。
裏の一本がおわったので、やっと更新と思ったら、ポメちゃんの電源が入らなくなり、リセットしたら、上書きまだだった原稿の三分の一が飛びました。
ところで、フレン君まだチーズに惚れていると若干自覚してない様子。
こいつに任せていると、いつまで待っても恋愛フラグが立たないでしょうね、きっと。