教訓:直訳は避けましょう
「チーズ様、こちらでございます」
あたしは広いエントランスからずんと奥の部屋に導かれた。入るとだだっ広い空間の真ん中に歩つんと置かれるのは何故か浴槽。たっぷりと泡立てられたその中にはバラの花びらが浮かんでいて、すごくええ匂いがする。
へぇ、こっちの世界は泡風呂なんかぁ……て思たあと、あたしはブンブンと首を振った。ちゃう、問題はそこやない。なんで、部屋の真ん中に風呂があって、侍女さんが三人も一緒におるかってことや。うわっ、なんかものすごいイヤな予感、するんやけど……
そしたら、侍女さんの一人が徐にあたしの服に手をかけた。
「あ、あの、何を」
ビビりながらそう言ったあたしに、その侍女さんは当然のように、
「お召し替えの前の湯浴みでございます」
とニコニコ笑顔でそう言って、またあたしの服を脱がそうとかかる。
まぁ、午前中畑仕事してたんやし、着替えるんやったら先風呂入れっちゅうのは理解できる。けど、こんなだだっ広い部屋で、しかも衆人環視って、どんな罰ゲームや。
「ちょ、ちょっと! 風呂ぐらい一人で入れる……ます」
と、ささやかな抵抗してみるけど、三対一では所詮あたしに勝ち目はなく、あたしは無惨にも服を剥がれて、もこもこ泡のお風呂の中で隅々まで洗われてしもた。ううっ、なんか『稲葉の白兎』の気持ち、解るような気がする。
それから、有無を言わさず着せられたんは、あの、南北戦争を背景にした古いアメリカ映画のヒロインが着ていたような、白地に小花模様のお姫様ドレス。いきなり伸びることのない髪の毛は、花をあしらった髪飾りを編み込んでまるで髪をアップしたみたいに結い上げ、仕上げにメイクを施した。
「いかがでございますか、チーズ様」
そう言われて、覗いた大きな姿見には美化度八〇パーセント強、『別人二十八号』のあたしが、何とも微妙な表情で笑ろとった。
そこにずかずかと入ってきたのは、フレン。
「ちょっと、ノックぐらいしなさいよ」
曲がりなりにもあんた、ここのお坊っちゃんなんやろ。そんな品のないことしてええのん。『お里が知れる』で……ん、お里がここかぁって、心の中で一人ノリツッコミ。
「あ、ああ、まだ着替え中だったか……すまん」
けど、フレンはあたしを見て何故か固まっていて、
「今おわったとこ。どう、見違えた?」
とイジったっても、
「あ、ああ」
と顔赤してしどろもどろに。なんやの、反撃してこな気持ち悪いやん。んで、
「どうせ、『馬子にも衣装』だって言いたいんでしょう。じゃなきゃ、『七五三』?」
て言うたる。けど、その言葉を聞いたフレンは、
「は? 『馬番にドレス』? そっちの世界の馬番は女装の趣味があるのか? ああ、女もズボンを穿くのだから、逆もあるのか。
それに、『七・五・三』とは何の暗号だ」
と、真顔でそう返した。
そうか、これ諺やねんから直訳したらアカンねんや。初日に、慣用句を電子辞書でひいたやん、あたし。
けど、パソコンでググるんやないから、日本の慣用句そのまま電子辞書に入れても、ちゃんとした訳になれへんやろし、なによりあたしの頭の中には厳つい馬子のおっさんが、お姫様ドレスを着てシナを作っている映像が犇めいていた。アカン、ツボった。
あたしが、『馬子にも衣装』と『七五三』の本当の意味をフレンに言えたのはそれからたっぷり十分くらい後。意味を聞いたフレンは、あたしがなんでそんなに笑ろたんか全然理解できんって顔してたけど。
ま、あの苦虫男に、大阪の笑いのツボが解る訳ないか。
いやぁ、千鶴の脳内映像はとてもじゃないけどお見せできないグレードです。
お姫様ドレスを着てなければ、床を転がって笑ってたでしょうね。
次回はやっとフレン母との食事会。それが終わってからやっと魔法の修行に入ります。




