Act 4
つまり。ティナは『光彩の中の妖精』という絵の中に閉じ込められた。それを助けてくれたのがショウと名乗る吸血鬼である。彼は他にも助けを求めている妖精がいることに気づき、救おうとして絵を盗んだ。それが夕子の伯父の式雄の絵ばかりだった。狼人間の夕子はこのショウを単なる泥棒だと思って追ってきた。
「大体の事情は判った。名前を聞かせてもらおうか」
「なんで、あたしがあんたに名前を教えなきゃいけないわけ? その前に確認が必要ね。あんたの名前はショウでいいのね?」
かみつくように応じる夕子。ショウはうなづいて頭をかくと面倒臭そうに答えた。
「ああ、ショウでいい。他にもいろいろ名前はあるが、これが一番気に入っている」
言葉づかいはぞんざいだが、一応の礼は尽くしてくれたとみえる。夕子も、愛想は悪いが返礼の意味を込めて名乗る。
「名乗ってもらったんだから、あたしも名乗る。あたしは真山夕子。ユウでいいわ」
手を差し出す夕子。すると、ショウは夕子の顔をまじまじと見つめた。
「また痺れたらどうするつもり?」
「名前を教えあった相手から痺れ薬を喰らうほど、あたしのカリスマは低くないつもりだけど」
ニヤっと笑うとショウは夕子の手を握った。今度は痺れ薬なしの握手だ。
「おまえ、度胸あるな。気に入った」
「お嬢さん、嬢ちゃん、そしておまえ、か」
夕子があきれたように言う。
「何だ、それ?」
不思議そうな顔のショウに人差し指を突きつける夕子。
「あんたの、あたしの呼び方。最初はお嬢さん、今はおまえ」
「初対面はお嬢さん、あとは、気分次第。それが俺の女のコの呼び方だ。細かいこと気にするな、おまえは」
ムッとする夕子。が、口は止まらない。何か面白いことが起こりそうな予感に、胸は躍っている。
「少し詳しいことを聞かせてくれる? 妖精が閉じ込められているのは伯父……真山画伯の絵ばかりなの?」
ショウとティナの表情が沈む。
伯父がこの件に何らかの関わりがあることを夕子は察した。
「言ってちょうだい。あたしは、ウソとか隠しごととか大っ嫌いなの」
ヴァンパイアと妖精は困ったように顔を見合わせた。夕子は二人に目で催促する。
妖精ティナがおそるおそる小さなその口を開いた。
「ユウコの伯父さん、マヤマ画伯は画家じゃないわ。絵を描いているんじゃないの。絵筆を使って妖精をカンバスに閉じ込めているのよ。でもマヤマ画伯が悪いんじゃないの。彼の持っている筆に取りついた悪魔が彼にそうさせるのよ」
「そう……」
と、夕子は一言だけ言って、口をつぐんでしまった。
「ユウ、ショックだったかもしれないが、おまえの伯父さんがこの件にからんでるのは事実だ。しかし、どこまでが彼の意志かは判っていない。悪魔というのは人の心につけこむ。もしかするとあんたの伯父さんは単に操られているだけかもしれない」
ユウコの肩に、ショウの右手が乗せられる。
「いずれにしろ、この件は俺がきっちりと片づけてやる。だから……気を落とすな」
「……ちがうの。決心してた」
思いがけない言葉にショウの右眉がいぶかしげに押し上げられる。
「何の決心だ?」
「あたし、あんたを手伝いたい。あんただけだと伯父のことが心配だから」
一瞬、驚いた顔をショウは浮かべたが、夕子の目から決心が堅いことを読み取ったのだろう。
「よし、今日からユウをオレのパートナーにしてやる」
ショウが夕子の頭を乱暴になでる。
完璧に子供扱いされているな、と夕子は思ったが、不思議と頭にこなかった。ただ、キザで自信過剰なヴァンパイアのパートナーを、「ショウ」と呼ぼうと思っていた。
夕子の〈力〉が使えるうちに決着をつけたい、ということで真山式雄邸には、日をあけずに明日侵入することにした。満月に近ければ近いほど、夕子は力を使えるからだ。ショウが夕子の部屋に迎えに行くという約束を交わす。
「おまえはさっさと家に帰って寝な。俺はおまえと違って昼間寝るんだし、今日は妖精たちを絵から出してやらなきゃな。一人で帰れないなら、俺が送ってやるが」
「遠慮するわ。変身して真っ直ぐ走れば、30分もあれば帰れるもの」
夕子はショウの申し出をピシャリと断り、再び白銀の狼に身を変え、家へ急いだ。
ベッドに体をすべりこませると、夕子はヴァンパイアと妖精に会った今夜の出来事が夢のように思えてきた。
(どうか、夢でありませんように)
夕子は祈りながら目を閉じた。