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第三話「シネマ」

 唐突に視界が開けた、其処は待合い室の様な所で、たぶん小さな映画館だった。

 君は確か、片方の目にゴミが入ったとかで、手洗いに向かったのだ。

 映画は、もうすぐ始まるのだけれども、君は戻ってこない。

 今は予告が流れているようだ。正直に言うと、それが何の映画だったのか、思い出せない。

 煙草を吸いたいという欲求が、さっきから頭の隅の方で主張している。

 生憎、ライターを持っていない。映画が始まる。君は戻ってこない。

 幾分か、煙草を吸いたいという欲求が薄れていて、ただイライラしていた。

 空気が湿っぽい吐息を吐き出して、小さな映画館の待合い室はやけに肌寒かった。

 気温が下がったのは、雨が降り出したからだった。ポツポツとガラス窓を叩く音はリズムもテンポも狂っている。

 どれぐらい時間が経っただろうか。君が手洗いに立ってから、僕が産まれてから、地球が産まれてから……。

 時間の感覚は狂っている。いつまでも君は帰らない。

 ずっと昔に、両親とはぐれて迷子になった時に抱いた妙な不安感に似ていた。

 今すぐにも、君がその角を曲がって来て、謝りながら現れるのではないかと思う反面、もう二度と彼女が現れないのではないかと思っている自分がいる。

 そして僕は立ち上がった。長い一分が過ぎて、僕は映画館の白い角を曲がった。

 そこは、不気味なくらいに白い突き当たりの壁だった。お手洗い自体がこの映画館には無いのだ。

 僕は暫くの間、その病的に白い壁をじっと睨んでいたが、やがて本当に途方に暮れ額を押し付け、その壁に寄りかかった。


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