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第二話「水中献花」

 炭酸の抜けたコーラによく似た、紅色の夕焼けが湖に空を投影する。気泡を吐き出して、右から左へ金魚が游いだ。

 湖は背景である。ここはホテルの一室で、中央に厚いガラスによって切り取られた空がある。

 金魚は丸々と、醜く太っており、ぐるりと部屋を見渡した。

 床には、赤い絨毯が敷かれていて、滲んで水浸しになっていた。

 髪からまだ水が滴っているというのに、彼女は平気で浴室から出てきた。

 私はとても、喉が渇いていたが、手近な所に飲み水はない。そろそろ夕日が沈んでしまう。そのたった数秒が、数千年のように長く感じる。

 浴室から白い湯気が溢れている。彼女の体温が、この部屋を満たす。

 彼女の小さな手が、私に向かって伸ばされた。私はその体を抱き上げる。

 彼女は、服が濡れる事など気にしていない。首に手を回して、高い位置から世界を見渡してみる。

 夕日は沈んでしまって、空との境目が意味を成さなくなる。ただの闇が海を侵食していく。

 太った金魚が窮屈そうに闇の中を旋回する。

 幼い彼女の眼が、何かを探す。足をバタバタしながら、宙で踊る。

 私がしゃがみこむと、少し名残り惜しそうに手を離した。

「パパはどこ?」

 永遠の一秒が過ぎた。私はただ、首を振って彼女を強く抱きしめた。

 二度と離れないように、その形を確かめるみたいに、強く。 備え付けのデジタルクロックが、黙々と時を刻んでいる。

 彼女に、向日葵柄のサンドレスを着せて私達は部屋を出た。

 吹き抜けのエントランスを通りすぎて、回転扉を押し開ける。

 二ヶ月ぶりに吸い込んだ外の空気には、潮の香りが漂っていた。

 花屋で買った献花を水色バケツに入れて、私は海へ続く短い石段をゆっくり歩いた。

 手に握った彼女の手が汗ばむ位に、蒸し暑い夜だ。 海は静寂そのもので、恐怖などとは無縁だった。彼女は賢い。もう何もかも、気付いていて、黙ったままだ。

 私が、あのホテルの中に幽閉されている間に、すっかり大人びている様にも見える。

 唇の柔らかい、とんがり具合いや、スラっとした手足の白さも、私の手の中からすっかり放たれていて、まるで、私の方が彼女を手離さないように強く握っているようだ。

 ふわりと夜風が舞い上げた空気の束が私と彼女の肩を撫でると、目の前に海が現れた。

 不思議と、悲しみよりも気持ちが高ぶっている気がした。

 夏祭りの後の、花火みたいな彼の最期を、この水をくぐる献花が見届ける。

 異国の海はいつまでも静かだった。私は彼女の父親を眼で探している。

「一緒に行ければ良かったのに」

 おもわず洩れた言葉の意味が何時までも戻ってくる献花みたいに宙に浮いている。

 でも私達は、彼を見つける事なんてできなかった。そんな事は、出来っこなかった。

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