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8 血統

 意を決して臨むのは、いつ以来だったかしら。

 そんなことを思いながら、ルウは硬質な大理石の広い玄関で深呼吸を繰り返す。


 ルウが立つそこは、首都ラナケスにある軍病院。一般人の利用は少ないものの、軍関係者の治療を引き受けている最大規模の施設だ。その為、多くの利用者と見舞い人で賑わっていた。


「どなたかのお見舞いですか?」

 病院職員に声をかけられ、ルウはびくりと振り返る。

 柔和な表情の女性が、ルウを総合案内所まで送り届ける。そして患者名をと、促された。

「あの、グレイ。グレイフォース・ウェスタリーさんを。それから、アルソン中尉も」

「お調べしますので、こちらでお待ち下さい。念のため、お客様のお名前をお伺いしても?」

 ルウは受付すぐそばの個室に通された。


 いきなり見舞いに来ても、会えるかなんて分からなかった。だがルウは、来ずにはおれなかったのだ。

「ルウ・パナエです」

 受付の女性は、丁寧に礼をして退室していった。



 小さな鞄から、ルウはハンカチに包んだリングを取り出す。もし面会が叶わなくても、これだけは返さなきゃ。そう決意して待つ。

 だが緊張しきりのルウが拍子抜けするほど簡単に、病室へと案内されるのだった。


「よう、よく来たな嬢ちゃん」

 巨大な病棟の最奥にある個室に、アルソン中尉は入院していた。

「こんにちは、お加減はいかがですかアルソン中尉?」

 彼は病室のベッドには横になっておらず、広い個室の一角に物々しい機材を広げ、その前に胡座をかいていた。

 以前別れた時と変わらない、屈託ない笑顔と砕けた口調でルウを迎え入れる。

「大したことないから気にするなよ」

 簡素な病院服の首もとから、白い包帯が覗いて見える。半袖から出る鍛えられた二の腕にも。きっと背中の傷を覆う大きな治療の痕跡なのだろう。それを大したことないと言うレベルのものとは、ルウには到底思えなかった。

「なにを、していたのですか?」

「ああ、これか? 数日間出られそうもないからな。仕事だよ」

 苦笑いを浮かべて、アルソン中尉は操作していた器機を置く。

「わざわざ俺に会いに来たんじゃないんだろ?」

 その言葉に、ルウは慌てて持って来た紙袋を差し出す。

「そんなことありません、これ良かったら召し上がって下さい」

 ほんのり熱くなる頬。ルウが拗ねたように菓子入り袋を押し付けると、アルソン中尉は悪びれもせず一つ出して食べ始める。

「冗談だって。(うぶ)だな、嬢ちゃん」

「知りません!」

 あっという間に甘い菓子を飲み込む中尉。

「アイツもまだ入ってる。会っていけよ。きっと来るだろうと思って、話は通してある」

 微かに首を傾けたルウに、アルソン中尉が説明する。

「ハンターは狙われやすいからな、通常は面会できないようになってる。家族は別だが、それでも色々制約がある。特に、グレイはその中でも特別厳重なわけ」

 その言葉にようやく、受付での案内の不自然さに気づく。

 やはり見舞いなどおこがましい事だったのだと思い直し、ルウはリングを取り出す。

「そんな事情でしたら、これをアルソン中尉からお返ししていただけませんか?」

「それ、あんたが持ってたか! じゃあ尚更都合がいい、遠慮せずに会っていけよ」

 そう言うと、まるで待ち構えていたかのように看護師が入室してきた。

「グレイのとこに連れてってやってくれ。許可は取ってある」

「っ、でも」

 ルウの反論を聞こえないかのように、看護師が退室を促す。押し出されるようにして廊下に出ると、扉が閉まる間際、楽しそうな顔をした中尉が手を振るのが目に入った。

「嬢ちゃん、美味いもんありがとな」

 

 ルウは仕方なく、看護師の後をついて行く。

 白い無機質な廊下を少し進むと、病院に似つかわしくない、鋼鉄の壁が現れる。通路として開いてはいるが、壁と同じ素材の分厚い扉があった。まるで銀行の地下金庫を思わせる。

 そこを通りすぎ、二つ目の鋼鉄の扉を抜けたところで、一室に通された。


 病室の中は、いたって普通だった。

 ただ一つ、大きめのベッドが横たわり、そこから点滴のチューブが一本のびている。

 看護師に促されベッド脇に進むと、明るいブラウンの中に特徴的な紅い髪が見えて、ルウはドキリとする。だが、長い睫毛は揺れる事もなく伏せられたままで、緊張していたルウは少し安堵していた。


「あなたに、お願いしてもいいかしら?」

 突然の申し出に戸惑うルウ。だが看護師は返事など待たずに続ける。

「そろそろ目覚める頃だと思いますので、起きられたらこちらのお食事をお出しして下さい」

「あ、あの、私すぐ帰りますから……」

「あら、なぜ?」

「寝ているところ、起こしては申し訳ないですから」

 ルウの答えに、看護師はクスリと笑う。

「そろそろ、起きなくちゃいけないのよ。かれこれ運ばれて来て丸一日ですもの」

 ルウは驚きに目を丸くする。

「ま、さか。まだ一度も?」

「はい、そのまさかですよ」

 思わず出た大きな声を、ルウは今更ながら潜めてしまう。

「そんなに、お加減が悪かったんですか?」

「いいえ、いつもと同じ程度ですよ。ですからそろそろ目覚めるはずです。一応点滴で栄養を補充してはいますが、それでも足りなくなるようで、起きると相当空腹らしいんです。ですから、お食事をお願いしますね」

「……はい」

 どうにも押しきられた感のあるルウだったが、看護師からの頼みを引き受けることにした。どちらにせよ、ここで会えねば二度と彼に、礼を言う機会は訪れない事は分かっていた。

 ルウは病室を見回し、一つだけあった小さな椅子に腰を下ろす。


 よく見れば、顔色は決して良いとは言えない。

 静かに眠るグレイと二人きりとなった病室で、ルウはそっとため息をつく。突然押しかけてしまったことに、今更ながらよくも思いきったものだと、自分自身呆れていた。

 ルウは決して積極的なタイプではない。どちらかと言わずとも、大人しく控え目ないい子ちゃんタイプだ。たった二度会っただけ。それも相手からすれば仕事上、助けただけの事なのに、見舞いに来てしまったのだ。

 預かった制御リングも、軍施設の受付に託けたとしても、なんら不都合はなかったのだ。

 それに──。

 ルウは友人の心配そうな顔を思い浮かべた。

 シェラ。彼女には内緒で、ここに来たのだ。相談などすれば、反対されるのが分かっていたからだ。ハンターなどと呼ばれる仕事をするのは、とても危険な事で、自分から近寄るなんてとんでもない。彼女がずっと以前、何気なく言った言葉をルウは覚えていた。

「あの時は、何とも思わなかったのに」

 だが今の自分がそれを言われたら、決して同じようには思えないだろう。ルウはなぜ違うのかなんて、分かりきった事だと、再びため息をもらす。

 ハンターに対する認識を変えさせたのは、間違いなく彼以外いるはずもない。ルウは足元に落としていた視線を上げると、赤紫の瞳とぶつかる。

「…………あ、の」

 目を覚ましたグレイが、ルウの存在を不思議に思っていると察し、慌てて説明しようとするのだが、声が出ないルウ。まるで陸に上がった魚のように、口をパクパクさせるルウ。


「ルウ?」

「は、はい!」

「…………大丈夫だから、落ち着け」

「は、はい」

 しゅんとするルウを見て、グレイは微かに笑う。

 初めて見る笑顔にルウが頬を染めていると、低く聞き覚えのある音が響く。唖然としてルウは、音のした彼の方を見ると。

「腹減った」

 お腹を抑え真顔で呟くグレイ。

 それでようやく頼まれ事を思い出し、ルウは笑みをこぼしながら食事のトレイを用意する。



「お二人とも、お元気そうで安心しました」

 黙々と食事をとるグレイに、おずおずと話しかけるルウ。

「ブルーの所にも行ったのか」

「ブルー?」

 どこかで聞いた気がするが、ルウはそれが誰のことか思い当たらなかった。

「ブルム・アルソン中尉だ。あの眼のせいで皆にそう呼ばれる」

「あ、はい。アルソン中尉がこちらにも是非にと」

 グレイは小さな声であいつ、と呟く。

「迷惑でしたか?」

 子犬のように不安そうに聞き返してしまうルウ。

「迷惑ではないが、情けない姿を見せたと思う」

「そんなこと……ない」

 ルウは今まで、厳しい表情のグレイしか知らなかった。ほんの僅かにはにかんだ顔も、一瞬だけで事件に奪われてしまったのだ。だから気を抜いたような呟きや、静かな笑みがルウにとって、情けないものには感じられない。むしろ、嬉しいと素直に感じるのだった。

「そうか? 誰かに見舞ってもらうのは初めてで、よく分からないが」

「初めて。でも、家族の方くらいはあるのでしょう?」

「いや、ないな」

 ルウは意味をつかみかねて、首をかしげる。

 看護師がいつもも事と言っていたので、入院が決して初めてではないことは伺える。

「これでも『西家』の跡取りだからな、これくらいの事での失態は、恥とは思っても心配などしない」


 驚きに目を丸くするルウを、グレイは苦笑いで見つめる。

「名を名乗った時点で、分かっているかと思ったが」

 ルウはふるふると首を振る。

  一般市民に、その名だけで思い当たる者は少ないだろう。だがグレイの飛び抜けた能力と、『死神』と呼ばれたことを鑑みれば、思い当たらぬ方が間抜けと呼ばれても反論は出来ない。それくらい、知られた家名だった。

 はるか昔、飛び抜けた能力を持った、赤い髪の男がいた。彼がその気になれば、大地は震え、炎は竜巻のように舞い上がって空を焦がし、津波を作り上げることもできたと聞く。赤い戦士と呼ばれるほどに、鮮やかな赤の髪を靡かせ恐れられた男。

 その戦士の血を受け継ぐのは、ただひとつ。『西家』と呼ばれるウェスタリー家。

 他にもいくつが能力で有名な血筋もあるが、必ず高い能力者を排出することでは、西家の右にでるものはない。


「すみません、私鈍くて全く考えが及びませんでした」

「いや、謝ることはない。ただ、長い間この仕事をしていたから。驚かせて悪かった」

 それだけ殺伐とした世界に身を置いているということなのかと、ルウは近づいたと思っていた彼との距離感を知る。

「そんなことよりも、お前の話を聞かせろよ、ルウ」


 いつの間にか近づいた視線が交わり、ルウの鼓動が高まる。

 ずるい。

 真っ赤に頬を染めながら、ルウはそんな風に思っていた。


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