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4 再会

 首都ラナケスの中にはいくつか学校があったが、最高学府ではないにしても、ソボス大学は優秀な人材を育成することで名が知られる。ここにルウが在籍して二年になる。主な専攻科目は社会経済学だが、飛び級で修了してしまったため、今は興味のある講座を履修していた。

 今もその科目、宙間航法物理学の授業を終えて片付けの手伝いをしているところだ。ちなみに今日の講義内容はワープ理論だったが、ルウには手に余る難しさである。

 教材を抱えて振り返ると、教授がにこりとそれらを受け取る。

「パナエ君、いつも助かるよ」

「あ、いえ……先生? それ持って行きますよ?」

「うん、悪いんだけどね、これは僕が持って行くからさ、きみには別に頼みたいことがあるんだけど。いいかな?」

 とても人懐こい笑顔で言われると、なかなか拒むことはできないルウ。もっとも断る気はないのだが。

 この教授はどこの体育教師かと思うほどの体格だ。それなのに航法物理学の立派な権威なのが、とてもギャップを感じさせる。そして見た目もさることながら、五十台とはとても思えないバイタリティーに溢れている。ユーモアもあって情熱家なのだが、少々強引なせいか、学生には時折うざったがられている。

 しかしルウはこの教授の愛嬌ある人柄が好きで、よくこうして手伝いを買ってでていた。


 教授の頼みを快諾して、ルウは軽い足取りで事務局を訪れた。

「やあ、また教授のお遣いかい?」

 事務員に声をかけられながら、教授への郵便物を受け取る。

「あのセンセ、人使い荒いんだよね。どうかな、それ終わったら僕とお茶でも一緒に?」

 よく顔を合わせる事務員は、挨拶代わりに陽気にお茶に誘うのはいつものこと。

 くすくすとルウは笑いながら、今日はいいわまた今度ね、とこれまたいつも通り返す。

 大きく落胆して見せるのも、彼の流儀のようだ。

「あーあ永遠にやって来ない『今度』だよねソレ? はい、ここにサインしてね」

 ルウは受け取りのサインを書き、礼を言って事務局を出る。



 学内の庭を抜けると、早い春にも咲く小さな桜色の並木道。青く晴れた空が気持ちよく、ルウはしばし足を止める。

 抜けるような青い空には雲ひとつなく、白い昼の月がふたつ。

 ひとつは小さくほとんど大気を持たないクレーターばかりの月。私たちは『ルナ』と呼ぶ。はるか遠い昔に住んでいた地球(ほし)の衛星とよく似ているから、私たちが愛着をこめてそう名づけた。もうひとつは『ルナ』よりも少し大きく、薄いけれどちゃんと大気があって水もあるから青く輝く星。名を『ヘカテ』と呼ぶ。

 人類にとって『ヘカテ』は悩ましい存在だった。昔から気がふれることを『ルナティック』と表現したように、月の引力が人に及ぼす影響は計り知れない。その引力に、今でも人は右往左往する。『ヘカテ』は衛星と呼ぶには大きすぎたし、事実この惑星『エネス』の連星にあたる。

 『ヘカテ』が人に与えたもの、それが「能力」だった。

 人類はこの惑星『エネス』に移住してから、長い間幻とされてきた不思議な力を手に入れた。

 元々この『エネス』に暮らしていたエネス人は、ほぼ百パーセントに近い能力保持率だ。そのことからも、やはりこの環境が私たち人類に『力』を与えたと考えるのが一番自然だというのが、最新の研究結果だ。

 もっとも、エネス人の力の主流は『感応』に特化しているが、人類のそれは主に攻撃に適した『念動』が多い。これはもはや生物的な違いとしか、言いようが無い。

 だからなのか──先住人であるエネス人は、人類に星の一部を提供する代わり、こちらからの干渉を一切嫌った。同じ星に生きながら、絶対の不可侵。

 彼らは人類のことをどう捉えているのだろうか。


 ふと先月巻き込まれた恐ろしい体験を思い出し、ルウは頭を振る。

 そして再び月を見上げる。

 少しのんびりしすぎたのかもしれない。こんなことを考えるのは『ヘカテ』のせいだろうか──。

 ルウは足早に並木道を走り抜けた。



 教授の研究室に戻ってみると、扉のむこうから話し声が廊下に漏れ聞こえる。

 来客なのだろうかとは思ったが、ノックすると入るよう返事があった。ルウは客人に失礼のないようにと俯きながら入る。

「ご苦労様、パナエ君」

 ご機嫌な教授に封筒の束を渡すと、客人の背の高さにびっくりして顔を上げる。すると更にびっくりして固まってしまった。

「……あんたは」

 相手の客人もルウを見て驚いている。

 互いに固まっている二人を見比べて、教授がしたり顔で割って入る。

「なんだ君たち、知り合いだったのか? グレイ、君も黙ってないで何とか言いたまえ」


 教授がグレイと呼んだ彼は、先月爆破されたアナ劇場からルウを救出した、ハンターの彼だった。

「あの時の……」

 思ってみなかった再会に、ルウは言葉を失う。しかし先日言えなかった礼を、と思い直し「あの」と言いかけて止められる。

「少し……待っていてくれ、すぐ済む」

 そのハンターの彼は教授を見る。

「ん? ああ、そうだな。すぐ済ませるからパナエ君はこっち」

 教授がいつもの笑みで、空いた椅子を差し出す。

 有無を言わさぬ雰囲気に、ルウは仕方なく邪魔にならないよう二人から少し離れたところに腰掛けた。

 そして知らぬ間に早くなっていた鼓動を落ち着かせる。


「ああ、いいねコレ……うん良いアイデアだ。相変わらずだなきみは」

 教授はグレイという男の差し出したデータをモニターに映し、それを眺めて笑顔を浮かべる。

 遠目で覗くとそれは航行プログラムのようだった。複雑な計算を駆使し、より効率の良い宇宙空間の航海は、人類にとって大きな課題だ。

 まだまだ改良の余地はある分野でもあり、ルウもまた興味が尽きず、こうして専門外ながらも教授の講座に参加しているのだ。だが実際に係わってみて、その難しさに日々頭を悩ませているのが現状ではあるが。だからこそ、目の前で展開されているプログラムの精巧さに、ルウは息を呑む。

 ──彼が作り上げたのだろうか。いやでも彼はハンターで。

 ルウが首をかしげているうちに、二人の話は終わっていたようだ。

 しかし声をかけられ、慌てて立ち上がると、その拍子に足にコードを引っ掛けてバランスを崩した。

「きゃっ……!」

 情けないことに、床とお近づきになるのを覚悟したその時。

 ふわりと誰かに受け止められる。

 顔を上げると、ルウを支えていたのがハンターの彼だった。

「すっすみません!」

「もう、気をつけてくれよパナエ君。先週もきみここで派手に転んで、鼻の頭すりむいたでしょう?」

 教授は苦笑い。

 ルウは赤面しながらも、ちょっと憤慨する。

「それは……本当のことだけど、なにも人前で言わなくても」

 教授はそれを聞いて大笑い。

「はははっそんなの取り繕っても、きみの場合すぐバレるでしょう!」

「きょ、教授!」

 真っ赤になって抗議するルウ。

 グレイはそんな様子に関心がないのか、考え事をしているように見えたが、ああ、と思い出したかのように呟く。

「大丈夫だ、最初から認識にズレはない」

「──っ!!」

 状況が状況ではあったが、確かに彼の前で無残に転んだ自分を思い出すルウ。その時もまた、彼に手を引かれて立ち上がったのだ。


 教授がそんなルウの分かりやすい反応に、予想が既に当たったことを察したのか。『腹を抱えて』大笑いをしていた。


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