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3 刹那

 ルウは能力者だが、生来身体が丈夫ではないため、能力を使うことができなかった。

 無意識で使用しないよう、念のため能力制御リングを耳に三個つけて完全封印してある。それは他の人間からの干渉も同じことだった。能力波に反応すると、無意識下で身体に流れたものを処理しようとして、能力を使用したのと同じ負担を強いられると言われている。結果、身体に重大な損傷を負う危険があるのだった。実際には平凡に暮らしているので、能力波に晒されることはない。よって、ルウ自身もどうなってしまうのか分からない。

 もしここでハンターである彼が強制転移させていたとしたら、ルウが無事でいられる可能性は低い。

 先程腕にはめられた個人情報を彼が確認していたのは、そういった危険を回避するためだ。

 通常、勝手に個人の情報を引き出してはならないのだが、緊急時には彼ら特殊任務につく軍関係者や医療従事者、ならびに警察などには許可されている。


 きっと調べている時間もないほど切羽詰ったときは、ルウとて強制転送されていただろう。けれどそれは、死ぬよりはいいと思えるほどの状況に限られる。


 ハンターの彼は周囲を一瞥すると、先程ルウが開けようとしていた扉の前に立つ。

 その前に手をかざすと、扉の向こうから聞こえてくるのは地響きをともなった轟音。そしてパラパラと小石が飛ぶような細かい音が止むと、彼は手で扉を押した。

「……な、なにこれ」

 ルウの抑えた口元から、驚きがもれる。

 大人が抱えきれないほどの太い柱が折り重なって倒れていた。しかし、その大小様々な瓦礫をぬうように一本の通路が開かれている。それはもう、至極不自然に。

「行くぞ」

 男がルウの手を引いて歩き出すのに気持ちがついて行かず、足がもつれて無様に転ぶ。

「あ、ご、ごめんなさい……」

 男は黙ったままもう片方の手でルウを抱き起こし、再び歩くよう促す。

 ルウは恥ずかしさのあまり赤面しながらも、懸命に動かない足を出して彼について行く。


「これ、あなたが動かしたの?」

 先程の轟音は、この巨大な折れた柱を能力で動かしたものだったことを悟る。そしてルウが通れるように、こうして道を作ってくれたのだろうか。

 チラリと見れば、彼の耳には制御リングが両方あわせて五つ。あんなに付けたままで、この凄まじい能力。

 ルウは初めて見るハンターの存在に、ただただ吃驚するのみだった。

 ハンターの彼はルウの質問には答えず、歩みを弛めない。

 心なしか周囲に目を配っている様子に、不安がもたげてくる。


 ずい分歩いてようやく瓦礫のさきに光が漏れ、出口が近いのを感じた。所詮劇場という限られた建物の中なので、出口は近いと思っていたが、大きな瓦礫を避けたせいかルウには遠く感じられた。

 黒い硬いグローブで覆われた手から、意外にも体温を感じて安心するルウ。こんなときだからこそ、ひとりでないことが心強い。

 助けた少女も、自分にそう感じてくれていたのだとしたら良いな、と思いながら前を行く紅い髪の男を見る。

 ふいにハンターの男が立ち止まったせいで、ぼんやり考えごとに耽っていたルウは、その高い背に思いっきりぶつかる。

「ふぎゃっ」

 年頃の乙女らしからぬ自分の声に、自然と顔に血が集まる。

「……あの?」

「まずいな、見つかった」

 え? と辺りを見回したが、暗い建物内は不気味に静まり返ったままだ。ルウは緊張で身体が震える。

 それを感じてか彼の握る手に力がこもり、更に引き寄せられた。

「少しの間、黙っていろ」

 淡々とそう告げられ、気付くと彼に膝を掬い取られ背に回された腕とともに抱え上げられた。

「ひゃっ」

 黙っていろと言われたのを思い出し、ルウが慌てて口を手で覆うと

、男が走り出す。

 すると先程立っていた場所が、激しい破壊音とともに陥没していく。

 その様子を真っ青になって見ていると、ゆらりと人影が現れた。


 ──おなじ、だ。あのひとだ前に感じた、恐ろしい気配。

 ルウの全身の肌が粟立つ。

 

 悪い予感が、当たった。

 ハンターと呼ばれる彼が来た時点で、それは限りなく可能性としては高かったのだが。こうして現実として目の前にしてしまうと、ルウの身体はガクガクと振るえだす。

 なのにルウを抱えた男の方はといえば、現れた人物をちらりと見てはいるようだが、顔色ひとつ変えない。

 高い電子音を響かせ、通信を始めている。

「ああ、ターゲットを確認した。生存者が一名一緒にいるが心配ない」

 まるで独り言のように低く呟くが、横抱きにされたままのルウの耳には、イヤホンからもれる音が聞こえてきた。

『……グレイ、無理はするな。生存者の救出が最優先だ』


 ──グレイ、それが彼の名なのだろうか。

 と呑気に考えていると、バチンと何かがぶつかる音でルウは現実に引き戻される。

 ルウを抱える彼を中心に能力波による障壁が張られ、そこに向こうからの攻撃が弾かれたための衝撃音だった。もちろんハンターである彼の障壁はびくともせず、その中で守られていたルウの髪一筋なびかせることなく防ぎきっていた。

 ルウはもう一度彼の耳にはめられている制御リング五つを確認し、これが実は飾りなのではないかと首をかしげる。

 これほどの能力者が存在していたことを、ルウは知らない。


「少し待っていてくれ、すぐに済む」

 そう言って彼は抱えていたルウを降ろしたが、密着させたまま左手は背に添えられている。

 離れれば危険だからそうしてくれているのは分かっているのだが、ルウは鼓動が早くなるのを自覚しつつも、ここで自分が何をできるでもないので黙って成り行きに任せる。

 ふいに彼がこちらに攻撃しようと構える男に向かって、右手を上げる。


 少し距離をとったままの男は、遠目にもひどく顔色が悪く既に消耗しきったような様子だった。だけどくぼんだ眼の奥は怖気がするくらいの強い光を保っていて、こけた頬とひどい隈がいっそう危うさを与えている。

 そういえば、と少しだけ冷静さを取り戻したルウは思う。二度も大きな爆発を起こしたこの男には、もう大した力は残っていないのかもしれないと。


「ぐがあぁ」

 蛙がひしゃげたようなな叫びをあげたと思ったら、男はその場に崩れ落ちた。

 だが意識はあるようで、床につんのめった状態でこちらを睨みつけている。

「おまえが、そうか……死神!」

 その言葉が終わらないうちに瓦礫のなかから大きな鉄柱が現れ、飴のようにぐにゃりと曲がり、そのひとを拘束してゆく。


 目の前で行われる信じられない光景から顔を背け、ルウはただ終わるのを待つしかなかった。

 しばらくは鉄柱が床に突き刺さる音や、石の柱が落ちたものと思われる音がしていたのだが、それも止んで静寂が戻る。ルウが瞼を開けると、こちらを窺うハンターの彼と目が合う。

 何だろう、と目を放せずにいると、トンと背を押され彼から離された。


 ふらふらと二、三歩離れたところで、違う手に支えられる。

 その手をたどって仰ぎ見ると、これまた背の高い黒髪の男の人が微笑んでいた。

「もう大丈夫ですよお嬢さん、こちらへどうぞ」

 促されていつの間にか建物の出入り口が大きく開かれていたのに気付く。あったはずの瓦礫が取り除かれ、外界の日差しに目が眩む。


 ハッとしてルウは振り返るが、助けてくれた緋色の髪の彼は既に背を向けていた。


「どうぞ、こちらへ」

 背を向けた彼に一言も声をかけることができずに、ルウは促されるままに壊れた劇場から連れ出されてしまった。




 外に連れ出されたかと思えば、軍と警察や医者にいくつか質問され、身体に異常がないことを確認されるとルウは思ったよりすぐに解放された。

 そしてそれを待っていてくれた友人に、苦しいほど抱きしめられた。

「ルウ! 無事でよかった!」

 その友人の背に手をそえてルウは頷く。

「うん、ありがとう。心配かけてごめんねシェラ」

 涙を浮かべて無事を喜ぶほかの友人たちにも、微笑んで大丈夫と返した。


 後に事件のあらましを知ったのは、ニュースでだった。

 元々、政府の要人が招待されていたことが、劇場が狙われた原因だったようだ。そして観劇が終わってからの襲撃となったのには訳がある。

 あの日ルウも観ていた公演ではちょっとしたトラブルの為、いくつかあった演目の一部が取りやめになっていた。そのせいで終了時刻が早まったのだ。観劇に訪れていた客にとっては、楽しみにしていただけに残念だったが、結局そのおかげであの爆発では僅かに怪我人を出しただけで済んだ。

 犯人にとってはなんとも間抜けな結末となってしまったが、死者は出ず事件は収束したのだから、不幸中の幸いと言えよう。


 ルウはニュース映像を見ながら、少女を思い出しほっと胸をなでおろす。死者が出ていないのなら、きっと今頃は母親の腕の中だろう。

 そして、ルウにいつもの日常が戻っていった。



 大学へは1日だけ休み、また通いはじめている。

 あの日一緒に行った友人達は心配してくれたが、どこも怪我などしていないのだからと笑って答えた。

 他の人たちからは色々と聞かれる。特に何を知っているわけでもないので、何と答えたらいいのか分からず困惑しているルウに、シェラがそのつど助け舟を出してくれる。

 ゴシップ好きに年齢は関係ないのか、根掘り葉掘りと皆忙しそうだねとルウが言えば、シェラが微妙な笑みで返してくる。


 とはいえ、それ以上面白い噂になりそうなことを聞き出せないと分かると、じきに煩く付きまとう輩は減り、穏やかな日常に戻りつつある。


 あの紅い髪のハンターが何者なのか気にはなったものの、日々の勉強に忙殺され、きっとそれも忘れてゆく。

 いつか礼を言える機会が訪れる日は、決して来ないだろうけれど、彼の今後の無事を祈ることくらいなら許されるだろう──ルウはそう思うことにした。


 まさかこれが、これからの人生を変える出会いとも知らずに。


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