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13 牽制

 グレイとの通信を終えたブルーことブルム・アルソン中尉の後ろには、同じく第三衛隊所属のハンターであるリュウがいた。気配もなく側にいた男に、ブルーは驚き声をあげる。


「驚かすなよ、聞いてたのか?」

「いや、君が笑ってたのが聞こえたくらい……というかきみが僕を呼び出したのに、忘れたのかい? ところでグレイがまだ休暇を取っていたのは本当だったんだね。なら、可愛い彼女が出来たっていうのも真実なのかな?」

「……って、なんでお前がそんな事知ってるんだ?」


 静かに肩をすくめながら笑うリュウに、ブルーは思い出す。


「トモエ、か」

「ええと、ふわふわでぽよよんな、優しそうな娘、って言ってたかな」

「…………」


 ブルーは背もたれに倒れながら、深いため息をつく。そしてガシガシと頭を掻きむしってから、にこやかな表情を崩さぬリュウに呟く。


「意外とおしゃべりだなトモエのやつ」

「大丈夫だよ、僕しか聞いてはいないだろう」

「そういやお前ら似てないけど従兄弟どうしだっけ」


 リュウは信用できる。ブルーはそう判断してはいるが、事がアイツの事だけにブルーは慎重になっていた。


「……国家資格のハンターにもプライベートでの自由は危険がない限り保障されている。だがグレイは別だろ」


 その言葉に、第三衛隊で最も穏やかな男が顔を曇らせた。ブルーとて幼馴染である彼の環境を憂いていない訳ではない。


「あいつほど名の通ったハンターはいない。それに見合った桁違いのレベルの能力を持っている……どんなに注意を払ってもいざという時に、どれ程の一般人に危険を及ぼすのか予測不可能だ。それは本人が一番理解しているはず……だからこそ今まで誰もそばに近寄らせなかったんだろうに」

「それは……」


 リュウの言葉に別の声が重ねられた。


「グレイとて例外ではない、好きにさせたまえよアルソン中尉」


 二人の会話を遮ったのは、彼らの上司ヒュー・ブラッド中将だった。ブルーは慌てて立ち上がり、敬礼をする。


「申請は受理する」

「はい、ありがとうございます。わざわざご足労いただきまして申し訳ありません」

「いい、ちょうどそこに通りかかったところだ」


 ブラッド中将はにこやかに無骨な手をブルーの肩に置く。


「幼馴染を心配するあまり、彼を縛ってはならんよ。大丈夫だ信用したまえアルソン中尉」


 通りすがりと言った通り、それだけ言い残して去った上司を見送ると、リュウがにこりとブルーにダメ押しをする。


「グレイにも恋人くらい必要だろう? 彼はもう少し角が取れたほうがいいよ」

「……あれでも随分、丸くなったんだけどね」

「まあ付き合いが長い僕なんかは、彼がそう冷たい人間ではないのは分かるけど……あれは己に厳しすぎる」


 ブルーよりいくらか人生経験の長いリュウは、グレイの拗れた心の内は辛そうにしか見えないのだと言う。それはブルーにとっても同じだった。確かに五年前に比べれば落ち着いてきたように見えるグレイ。だが、その本質はまだ変わってはいない。それをあの年若いお嬢様であるルウ・パナエに背負いきれるとは思えなかったのだ。

 グレイはひどく荒れていた。そう、あんな娘がそこに居ることにすら気づかないくらいに、ただひたすらに己を呪って生きていた。それが人をそばに置きたいと思うくらいには本来のグレイに戻ったのなら、ブルーとて歓迎しないわけではない。だが、それが上手くいかなかったときにはどうなるのか。


「幼馴染、とは聞いていたけど君たちはいつから?」

「物心ついた頃からのクサレ縁だ」

「そう、なら心配するのも仕方ないね」


 穏やかで人を警戒させないリュウを見上げるブルー。

 そうだったと思い出す。幼い頃のあいつは、今とはまるで違っていたのだと。もっと『普通』だった。

 ブルーとは喧嘩もしたが良く笑う、素直な子供だった。それが何もかも拒絶するかのような顔を見せるようになったのはいつからか──?



 釈然としない過去。それを今更グレイに問い詰めても仕方ないことは分かっている。ブルーは気持ちを切り替えるように軽く頭を振って、リュウに届いた資料を手渡す。


「別件で頼まれていたものの資料が届いたんだよ。それでついでにお前にもってさ。ヘレンから」

「……別件って何?」


 リュウの表情がほんの少し厳しくなる。


「ああ、うん。警察の方のな、どうしてもって断れない要請があって……って、まあグレイの機嫌が悪くなるネタがもう一つだ」

「ここのところ多いね。ちょっと安易に彼女に頼りすぎなんじゃないかな。確かに実力は凄いよ彼女、だけどハンターじゃないんだから」

「分かってるって。グレイに知られる前に、上に掛け合ってみるよ」


 それを聞いてリュウの表情も戻る。


「頼むよ、能力の凄さに皆忘れがちだけど、まだうら若き女性なんだからね。あんまり酷い仕事はさせたくない」

「まあな。たとえ出自がグレイの従妹といえど、それは守らせる」


 資料を持ってリュウは新たな任務に向かった。

 彼に渡した資料と同じものを広げ、資料作成者の名前を見てブルーも頭を抱える。ヘレン・ターナ・デュバン。まだ若いが物質感応能力者サイコメトラーとしての能力では、彼女の右に出るものはいない。それ故捜査協力を要請することが多い。もちろん依頼は精査してのことだが、グレイやブルーとの繋がりがあってという事も否めない。

 グレイの従妹となれば、ブルーとて幼い頃から何度か顔を合わせたことがあった。そのころから彼女は大人しく、物静かな娘だったのをブルーは覚えている。成人してからは政府や警察、軍の要請に応じるようになっがのだが、それをグレイはあまり良く思ってはいないようだ。

 その理由はブルーにとて容易に察しがつく。彼女の能力はとても心に負担の大きいものだからだ。対象の記憶を辿る。それが何気ない日常ならまだしも、大半は犯罪の現場に居合わせるのと同じことを追体験させられるのだ。

 だからなのか、ヘレンの微笑には哀しみが浮かんでいるようにブルーには思えたのだった。






 グレイの元を訪れた翌日、ルウは大学へ午前中の講義を受けに来ていた。

 昨日の別れ際に訪れた夢のような出来事に、ルウは未だふわふわと心ここに在らずといった風で、授業に集中することが出来ないでいた。天にも昇るような気持ちになったのは確かだったが、それも時間が経てばはっきりとした言葉ではなかったせいか、不安がもたげてくる。しかしグレイがその手の冗談をもって女性を翻弄するような人物とはとても思えず、再び顔を桜色に染めては俯くのをくり返す。

 そんな様子をよく見ていたのは、親友のシェラだ。少し離れた場所で同じ講義を受けていたシェラは、ルウの様子にこの後どんな報告があるのかと微笑む。


 ほどなく講義も終わり、学生たちがまばらになった教室。そばに来たシェラが見透かしたような言葉をかけた。


「大丈夫……じゃなさそうねルウ?」

「……うう、分かる?」


 八の字に眉を下げたルウに、シェラはつられて破顔した。

 二人は取りあえず部屋を出て、いつもの植え込みのそばのベンチに場所を変える。ルウはこの日は講義はもう予定していなかったが、シェラはまだ残っている。大学構内で少し話をすることにした。


「百面相みたいで、なかなか面白かったわよ」

「……頑張って冷静を装ってみたの、ダメだった?」


 全然。そう言って笑うシェラの言う通りだった。ふと夢想にふけっていると思えば、はっとして授業に集中しようとノートを睨みつけたり。かと思えば急に泣きそうな顔で下を向いていたら、次に上げた顔は赤く染まっていたり。シェラの観察報告を受けて、ルウは深いため息をついた。


「で、どうだったの? 自分の中では良い事だと思えばそれで正解なのよルウ」


 そう言われ、周囲を気にしながらそっと頷くルウ。

 シェラとは約束はしていたが、はなから相談にのってもらう気でいたルウ。素直に昨日の出来事を報告する。頬を赤らめながら話すルウに、そこからシェラは茶化すことなく真剣に聞いている。


「良かったね、ルウ」

「うん、ありがとうシェラ。シェラに応援してもらわなくちゃ、こんな気持ち味わえなかった」


 微笑み合うルウとシェラ。

 次の講義の時間まであとわずか。時計を見てからルウが立ち上がろうとしたところへ、シェラがルウの手を掴み引き留めた。


「シェラ、どうしたの?」

「……」


 シェラはルウに応えず、周囲を見回していた。つられてルウが様子をうかがうと、大学の正門の方角が騒がしいような気がする。ちょうど講義の合間ゆえに、人通りの多い構内。その人混みを分けて二人のいる方に近づいてくる影が見えた。

 ルウが目をこらしている横で、シェラが呆れたような声で呟いた。


「本当に、目立つ男ね。休みって言ってたよね、約束してたの?」

「え? あ。グレイ?」


 ようやくその人物が誰なのか気づき、ルウは大振に首を左右に振った。


「ふーん……まあいいわ」


 真っ直ぐルウの前まで来て足を止めたのは、確かにグレイだった。黒を基調にした地味な私服に身を包んでいる。なのにシンプルゆえに、その長身と整った顔立ちを引き立たせていた。どうやら騒がしいのは、主に女性だったようだと、ルウは呆然とグレイを眺めていた。


「……どうしてここに」

「これから空いているか」

「うん、もう今日は終わり……」

「そうか」


 するとグレイはシェラへと向いた。


「話がある」

「奇遇ね、私もよ」


 シェラもまた、同じことを考えていたようだ。ルウはといえば、何が起こっているのか分からず、二人を代わる代わる見ている。


「ルウ、少しだけここで待ってて。すぐ終わるから」

「うん、分かった。待ってるから心配しないで」

「場所を変えるわよ、あんた目立ちすぎるの」


 シェラの言葉に了承したグレイ。いってらっしゃいと笑顔を見せるルウの前で、二人は跡形もなく消えた。



 場所を変えると言っても、シェラはルウの見える場所を選んだ。そこは講義を受けていた講堂の外階段だ。もちろんいつでもルウの様子が伺えるよう、能力を使う準備も出来ている。

 それはグレイとて同じようで、シェラの目から見ても階下のルウが常に見える位置に立っていた。


「ここならルウだけでなく、誰にも聞かれないわ。で、なに?」

「聞きたい事は分かっているはずだ。なぜこんな所にお前がいる、シェラザード・ペリエ?」


 グレイはストレートに訊いてきた。シェラはそのことに驚きながらも、少しだけ好感を持った。


「こんな所って……この大学に通っていること? それとも、ルウの側にってことかしら?」

「両方だ」


 クスリと笑って、シェラはベンチに座り本を手にして待つ友人の姿を目で追った。


「ルウは、友だち。かけがえのない、初めてできた親友」


 その答えに、グレイはらしくなく驚き戸惑ったような姿を見せた。


「あなたにも分かるはずよ。あの子、私と友達でいたいって言ってくれたのよ。だから同じ。私もルウを守りたい。いつだって笑っていて欲しい」


 真実心から出た言葉だった。不思議と穏やかな気持ちで言い切ったシェラに、グレイの方が言葉につまっているようだった。それを見て苦笑するシェラ。なぜならつい先日までの自分を見ているかのようで。

 ──なんて、似ているのかしらね私たちは。


「どこまで知っているの、私の経歴を」

「連邦政府直属、特別補佐官。だが二年前から休職扱い」

「……よく調べたわね、正解」


 肯定したのに、グレイが喰ってかかった。


「何が正解だ、嘘をつけ。その若年で文官として最高の補佐官という地位に就きながら、二年も肩書をそのままに休職扱いなどと信じられると思うのか。目的があってここに居るとしか思えないだろう。他の奴ならいざ知らず、シェラザード・ペリエ、お前がだ!」


 ガラでもなかろうに、そんなにルウを守りたいのだろうか。シェラはグレイに対しての印象を変えざるを得なかった。


「休職は真実よ。私だって挫折したり人生を考え直したい時だってある。少しだけ考える時間をもらったの。もちろん退職を考えたわ、でも結果として上司の厚意に甘えたというのが事実。信じる信じないのはあなたの自由だけれど」


 でも──とシェラはグレイに向き直る。


「私の方からも言わせてもらう。あの子は、ルウは……優しくて真っ直ぐで、とても良い子。大事な大事な私の親友なの。本当ならハンターなんてやってるあなたの側には行かせたくなかった。でも、あの子が、あなたがいいって言うから、仕方なくよ! だから、つまらない事であの子を泣かせたら許さないから」


 少し……どころか全くもって押されっぱなしのグレイ。だがシェラの言いたいことは分かったのか、黙って頷く。

 すると言いたい事を言い切り、すっきりした表情になったシェラ。


「とはいえ上手くいくかなんて分からないしね。せいぜい頑張れば? ……あの子、自覚はないけど誘蛾灯のように人を惹きつけるから、目を離すとほら、あんな風にね」


 同様にルウに意識を分配していたグレイも、同時に気づいてはいた。

 階下では、ルウの元に学生が四人ほど集まっている。当然会話も二人の耳には入ってきている。それはもちろん能力の成せる業だったが。



「ということで、来月のレポートはラナケス遊園ね。女史にもこれ渡しといてくれる?」

「分かったわ、わざわざありがとう」


 ルウが手にしたのは、毎月課題として出される経済学ゼミの市場調査レポートだ。数人でまとめる必要があり、彼らはルウとシェラと同じグループの者たちだった。

 先日、グレイと初めて出会うきっかけとなったホールでの事件は、まさにこのレポート作成のための観劇だったのだ。


「この前は大変だっただろう、だから不安に思っているんじゃないかと思って。それでどうかな? 俺とペア組んでくれれば行き帰りも安全だと思うんだ」

「ペアなら、シェラと組むことになってたと……」

「女史も一応女性だからさ、いざという時はやっぱり」


 乗り出すその学生に、ルウはタジタジとなっていた。周りもはなから彼の思惑を知っていたのだろう、止めることなく賛同している。

 シェラが呆れ顔でグレイの様子をうかがうと、そこには彼らしくないあからさまな不機嫌な顔。


「せいぜい頑張んなさい。あ、そうだ。私のことはシェラでいいわ。グレイ」


 終わり切らぬうちに転移するグレイを、シェラは笑いを堪え切れずに見送っていた。

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