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10 思慕

 コンビを組むということは、命を互いに預けるということだ。特殊捜査官がいかに能力が高かろうと、作戦を遂行できねば意味はない。

 グレイは通信機から次々に情報をよこすトモエの声に、神経を集中させる。違法増幅器の摘発のための下調べが、今回の二人の任務だ。当然相手は能力者であるため、探査にも神経を集中させねばならなかった。

 だが、この日はどうにも集中しきれないグレイ。その原因は自分でもよく分かっているだけに、強引に集中させようとして、尚更力を削ぐという悪循環に陥っていたのだった。


 自分とはかけ離れた世界で生きる存在。

 ふわふわと綿毛のように揺れる、触れれば壊れそうなものに、グレイはこれまで出会ったことがなかった。いや、あるにはあったが、既に失った。それ以来あえて関わろうとしなかった世界を、体現したような娘、ルウ。彼女の存在が、ハンターであるグレイを揺るがす。


『グレイ、……応答して?』


 通信機からはノイズを伴ってトモエの苛立つ声が響いた。グレイは少しだけため息をもらして、ようやく認めた。


「……すまない、今日は降りる」

『グレイ、ちょっとそこで待ってて』


 すぐさま能力を使って移動してきたトモエが、呆れ顔でグレイに歩み寄る。

 背の高いトモエであっても少々背伸びしつつ、グレイの胸ぐらを掴むと、薄ら笑って言った。


「ずいぶんと、可愛らしい娘ね」

「っ……お前! 視たのか」


 その言葉にトモエの行動は素早かった。掴んだ胸ぐらを押したと同時にグレイの足に踵をかけ、そのまま大の男を地に落とした。


「失礼なこと言わないで! 私が覗いたんじゃないわ、あなたが垂れ流したのよ。そんな自覚すらなかったの?」


 トモエの憤慨はもっともだった。強い能力者ともなれば、無意識に力を影響させてしまうことがある。それはとても危険を伴う行為である。場合によっては相手を負傷させることもあるからだ。だからこそ、能力を制御するリングが用いられているにもかかわらず、グレイの思考がトモエに漏れた。それは任務のために互いに意識を合わせていたせいもあるが、それだけではない。ただひたすらに、グレイの能力が規格外だからだ。


「……俺が?」

「当たり前よ。なんで私がグレイの頭をのぞかなきゃいけないのよ。ふざけないで」


 そこでようやく、グレイは我に返る。

 そして大きくため息をつきながら、項垂れるのだった。


「今のグレイには到底、命なんて預けられない。頭冷やして出直してらっしゃいな」


 それだけ言い残して、トモエが消える。

 まさかトモエの口から冷静になれなどと聞く日がくるとは思わず、グレイは自嘲する。そしてようやく自覚したのだった。

 情けなくも地に座り込んだままで、通信機を起動する。休暇の申請をせねばならないが、それをどう顔なじみの男に納得させるか、グレイは頭を悩ませながら言葉を紡ぐのだった。






 午後になった大学のキャンパスは、まばらではあるが帰途につく生徒が目につく。ルウは早めに終わった講義の後、いつものように航宙間物理学の教授のところに顔を出していた。

「いつもすまないね、君があれに懲りずに顔を出してくれて、僕は大助かりだ」

「でも、あれは教授に何も非はないじゃないですか」

「まあ、そうなんだがね、パナエ君」

 実際のところはそんな単純なものではなかった。ルウの通うソボス大学は、比較的裕福な家庭に好まれる学府であった。故に荒事に慣れぬ学生も多く、今回のような軍隊及び特殊捜査官(ハンター)などが立ち入る事件を受けて、相当数の苦情が大学へ寄せられていた。

 決して非は大学にあるわけではない。ただ、今回ばかりは相手が悪かった。脱走を許したのが重篤犯罪者だったのだから。直接被害に遭わなくとも、学内のセキュリティーに不満を露にする保護者や、周辺地域の住民が不安に思うのは致し方ない事である。

 実際、教授が巻き込まれたことにより、何人かの航宙間物理学の学生から、学部移動願いが出ていた。


「少し前に噂になっていた、エネス人たちとのトラブルとかいうのも、めっきり減ってきているからな……平和ボケ故だろう。去りたい奴は放っておけばいい」

「……教授、誰かに聞かれたらどうするんですか」

 豪快に笑う教授に間髪を入れず厳しい言葉を返すのは、助教授のエレナさん。

「厳しいなぁ、きみは」

「あなたが緩すぎるんです。ところでパナエさん? そろそろ帰る時間でなかったかしら」

「……え、あ、はい。やだ、過ぎてる!」

 慌てて鞄を抱えるルウに、教授が苦笑する。

「いつもにも増して、のんびりだから今日は女史と待ち合わせていないのかと思ったよ。転ばないようにね」


 子供を見送るような台詞で送り出され、ルウは慌てて走り出す。違う学部の講義を取っているシェラとの待ち合わせの場所は、そう遠くはないが、既に時間は過ぎている。

 息を切らせてたどり着いたそこは、誰もいない学内のベンチ。キョロキョロと辺りを見回してから、ルウはそこに座る。

「……先に、帰っちゃったのかな、シェラ」

 ゆっくりと息を整えながら、ルウは空を見上げる。

 ルウは自分が待ち合わせに遅れたくせに、置いてきぼりのような心細さを感じていた。青い空には青白く輝く衛星ヘカテ。

 ルウが失敗したのは、今日はこれが初めてなどではない。朝から……いや、ここ数日ずっと、何かをし忘れたり、人の話を聞きそびれたりと枚挙に暇がない。

 その原因は、ルウは自分でもよく分かっていた。

 心に浮かぶのは緋色の髪の人物。こうして何もせずにただ座っていれば、僅かに積み重なった彼の記憶を引き出している。そして些細な仕草を思い出しては、ため息をくり返す。

 心ここにあらず。そんな言葉が相応しい有様だった。


 だからすぐ側にまで人が近づいてきていた事にすら気づかなかった。

「遅れるなんてあなたらしくないわね。どうしたの、ルウ?」

「シェラ!」

 長いくせ毛をかき上げてルウの隣に座るのは、待ち合わせしていたシェラザード・ペリエだ。どうやら待ち合わせになかなか現れないルウを心配して、辺りを探していたようだ。

「遅れてごめんなさい、つい時間を忘れてたの」

「何かあったのでなければ、かまわないわよ。そんなに気にしないで。でも、本当にどうかした? 講義でも時々、集中できてないように見えたよ?」

「……シェラにもそう見えた?」

 友人の控えめな苦笑いに、ルウは肩を落とす。


「この前、会ってきたの……」

「会う? 誰に?」

 突然、観念したように告白するルウの言葉を、シェラは聞き返す。

「実はね、この前助けてもらった人で……」

「ルウ、まさかあなた……!」

 友人が良い顔をしないとは予想はしていたルウだったが、シェラの反応は思っていた以上のものだった。

 いつになく厳しい表情でルウの言葉を聞くシェラは、驚愕のあまり言葉を失っているように見える。


 それでもシェラはルウの言葉を遮ることなく最後まで聞いていた。だが彼女の口から出た言葉は、自分の知らない所で為された、ルウの勇気を一蹴するものだった。


「ハンターに会いに、軍の病院へ行ったって……なんてことをするの。彼らは最も危険な犯罪者と対峙するのよ? 法の下に保証された権限でも、捕まえられた者たちや、能力を悪用するような者たちの恨みはハンターへと向かうと聞くわ」

 その言葉に、心臓を鷲掴みされたルウ。

 シェラの言うことは、これまでだってどこかで聞いてきたのだ。ニュースの端に、シェラのお小言なような注意の中に。だがそれが実感となって、ルウを襲うことになるとは夢にも思っていなかったのだ。

 危険な仕事。それがここ数日ルウの頭から離れない、彼の人の生きる道。こうして思いを募らせている間にも、また彼は先日以上の危険な任務についているかもしれない。そう思うと、ルウは自分の立つ地面が、ひどく脆いもののように思えるのだった。


「聞いてるのルウ!」

「うん……聞いてる……ねえ、シェラ?」

「何?」

「私、彼のことばかり考えるの。今だって、シェラの話でまた、思い出してる」

「ルウ……」

「会いたい。このまま二度と会えなくなったらって思うと、不安なの。私、彼のこと……」

「ルウ!」


 名を呼ばれてハッとするルウ。

 そして自分が発した言葉に、頬を赤らめていた。

 シェラの方も、あまり異性に対して関心の薄かったルウの変貌ぶりに驚く。



 二人の微妙な空気を割くように、ふいにキャンパス内がざわつく。帰路につく学生たちが立ち止まり、振り返る先に視線をこらす。

 二人が座るベンチは、少し通りから隔てた芝生の中にあり、何が起きているのかは分からない。だが少なくとも、振り返る女性の顔には喜色が浮かんでいることにシェラが気づく。


「何だろう?」

 すると、遠目にも分かるほどに長身の人物が近づいて来る。どうやらその人物に、学生たちは注目しているようだ。いったい何なんだと、シェラはルウを振り返った。

 驚き、ただでさえ大きな目をこぼれそうなほど見開いているルウ。


「本当に、会いに来てくれた……」

「え?」

 特徴的な緋色の髪をした背の高い人物が、ルウの前に立つ。

 驚いて立ち上がることも忘れ、その人物から視線を外せないルウ。

 そしてシェラもまた、ルウの心に住み始めた男を見て、愕然としていたのである。


「グレイ……グレイフォース・ウエスタリー?」


 その声に、ルウとグレイの二人は共に、名を口にした人物へ視線を向ける。

「シェラ、知り合いだったの?」

「……シェラ?」

 今度はグレイの方が、シェラをまじまじと観察し、そして思い出したかのように言った。

「シェラザード・ペリエか」


 シェラとグレイ。

 どうやら顔見知りであることに、喜ぶべきかそれとも憂慮すべきか、ルウは戸惑う。

 だが、シェラの次の言葉でそれは一気に憂慮へと傾いた。

「覚えてたの。でも最悪……よりにもよってあんたが」

「シェラ?」

「SCSで一緒だったの」

 SCSというのは、シェラのような頭脳が優秀な子供が集められて学ぶ施設だ。個人差の大きい子供たちのストレスを解消するため、成績優秀な者を隔離し、能力に見あった環境を提供している。もちろん、そのまた逆もしかり。


 ルウがグレイの方を見れば、彼が小さく頷く。

 唖然とするルウに向かい、シェラが低い声で言い放つ。

「この男は、死神と呼ばれてるハンターよ。あなたとは対極に住むの、関わったらあなたが要らない争いに巻き込まれる。この前だって、あんなに怖い思いをしたのに……」

「やめてシェラ!」

 声を荒げて、全てを言いきらぬ内に止めたのは、ルウ。

「お願い、そんな酷いこと言わないで。彼が悪いわけじゃない事ぐらい、シェラだって分かってるでしょう? 最初の劇場の時もそう、グレイがいなかったら私は……。どうして? 悪いことが起きて、危険を省みずに助けてくれた人達を、どうしてそんな風に言えるの?」

 ルウの脳裏には、少し前の教授とのやり取りが去来する。

 やりきれないモヤモヤとした怒りが、爆発したようだった。

「今のシェラは、受け入れられない!」

「っ、ルウ……」


 ルウの拒絶の言葉に、シェラは言葉を失う。

 そしてその表情から怒りは消え失せ、色を失っていた。それを見て、ルウもまた怒りに任せて言ってはならない事を口にしたことを自覚したのだった。

「シェラ……私、なんてことを」

「いい。ルウの言う通りだから。頭冷やしてくる」

「あ、シェラ!」

 ルウが手を伸ばすよりも早く、シェラはその場から跡形もなく消えてしまった。

 能力の強いシェラは、リングを着けていてもジャンプは容易だが、ルウは追う術はない。

 肩を落として項垂れるルウ。

 大切な友達を傷つけてしまったのに、謝ることすら出来なかったのだ。ベンチに座り込み、顔を覆う。

 するとその横に、グレイがそっと座る気配を感じた。


「友達なのに……私」

「後悔しているのなら、謝ってくればいい。連絡先は?」

 とんだ醜態を晒してしまったルウだったが、今は側にグレイがいてくれることで、泣き出したいのをぐっと堪えていた。それを呆れるでもなく、ルウが答えを出すのを待つグレイ。

「グレイ……でも」

「しばらく休みを取った。また来る」

 大きな手が、ルウの頭を撫でた。

「行ってこい、後で連絡する」

「……うん」


 グレイは自分の連絡先を、ルウの手首にはめたメモリに送る。


「ありがとう、必ず連絡して?」

「ああ、必ず」


 ルウはその答えに微笑みを残し、走り出す。

 大切なものを失わないよう。友を追いかけるために。 

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