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城壁の向こうの想い人(2)

「なあなあ、どれいって何だ?」


 素朴すぎる疑問をアロカは口にした。自分たちの目前を過ぎ去ろうとしていた金髪の少年(少女?)は驚いて振り返った。何故そんなことを聞くのか、といった顔で。ダニエルは彼女を咎めようと腕を引いたが、やはり悪気のない行動だったらしくきょとんとしている。


「あんたら、ずいぶん幸せな国から来たんだな。奴隷ってのは、物みたいに売り買いされたりこき使われる人間のことだ。俺らも似たような扱いを受けてんだ……昔は、こんなことなかったのに」


 悔しそうに下唇を噛み締めた。その表情にいたたまれなくなったのか、アロカは小さく「ごめん」と呟いた。ふいに担いでいた男性が咳込んだ。我に返ったように再び歩き出す。心なしか、その足取りはさっきよりも重く見えた。


「ねえ、昔は違ったんでしょ? 何があったのよ」

「ばっ……何首を突っ込もうとしてるんだね君は!」

「良いじゃない、他に行くところもないし。困ってる人がいるなら最大限の力で助けるべきでしょ」


 あとを追って歩き核心を突こうとするブレアに再びダニエルの制止がかかる。彼は面倒事や込み入った話にはなるべく関わりたくないと思っているのだろう、と早々に彼を理解し始めた自分に直樹は苦笑した。対照的に、ブレアはさも当然のように力になろうとしている。夢路の町でも思ったが、その行動力には驚かされる。


「……着いて来いよ。詳しくは、家に着いてから話す。俺はウェル。反乱軍の幹部やってんだ」


 少女ではなく少年だったらしい彼はウェルと名乗った。背もさほど高くなければ声も低くはなく、中性的な顔立ち。歳の変わらない少女のように見えたが、背負っているものはまるで違った。先頭を歩くのはブレア。ダニエルも渋々そのあとをついて歩く。アロカはまだしょんぼりとした表情だった。睦月がそれを心配そうに眺め、ライラは彼女を励ましていた。一番後ろを歩く直樹の横で、少し距離をあけてライトが歩く。何を考えているのだろうか――いつもなら先頭を切りそうな彼が今は一言も発さない。


 ウェルの家はそう遠くはなかったはずだ。しかし道中、どこを見ても疲れ果てた町と人々の様子しかなかったせいだろうか、ひどく長い道のりに思えた。家には誰もいなかった。聞けば一人暮らしなんだと言う。担いでいた男性を寝かせ手当てをしながら、彼は少しずつ実情を話してくれた。


「この町はな、今城壁で二つに分けられてんだ。城壁の内側は王族と貴族がいる。外側の庶民を奴隷みたいに働かせて豪勢な暮らしをしてやがる。元々俺たちは貴族たちを取り巻くように家を建てて暮らしてたんだけど、城壁が出来てからは完全に隔離された」

「……ふん、やはり典型的な階層社会か」


 ダニエルの小さな呟きはたっぷりと皮肉が込められていた。そういえば彼は、最初に自己紹介をしたときに“貴族の醜い権力争い”の世界だと言った。その時も皮肉混じりに言っていた。ここは彼のいた世界と似ているのかもしれない――彼の反応から、同じ世界ではなさそうだが。


「けど、こんなことになったのは三年前からなんだ。あの日、町の真ん中に何かが降ってきて……」

「もしかしてあの刺さってた柱か? あたしたちも見たけど不自然だったなー」

「ああ、知ってたんだな。真昼間でさ、たまたま俺はその瞬間を見たんだけど……その時は何もなかったんだ。けど夜になってからだ、地震が来たと思ったらあの城壁が急に地面から出て来た。それで貴族たちの家や王宮も一緒に持ち上げたってわけだ」


 怪奇現象と表現するには少しスケールが大き過ぎる話か。おそらくはあの柱が原因なのだろう、城壁が出来るまでの少しの時間差が気にかかるが。誰もが頭を悩ませているのか、難しい顔をして黙っている。


「ねえ、一つ確認なんだけど。この世界に魔法とかって存在するの?」

「まほー……? ないと思うけど……あんたら、本当にどこから来たんだ?」


 尋ねるブレアに首を傾げ、少し不審がるようにこちらを見回した。その問いにはブレアも困ったらしく、隣にいたライラと顔を見合わせた。確かに言ってもいいものなのか、自分たちの事情は。正直自分たちだって何が起こっているのか、よくわからない点が多過ぎる。


「……空っぽの旅人、とやらに振り回されて元いた場所とは違う世界にいるらしい。確信は持てないから、秘密にしておいてくれ」

「か、空っぽの旅人って……あの出会ったら異世界に飛ばされるとかいう奴か? 実在するんだな……大変そうだし、黙っておくよ」


 この会話には双方驚かされた。ようやく口を開いたライトはあっさりと自分たちが巻き込まれているであろう状況を話してしまった。直樹も動揺したが、ライトが良いと判断したなら大丈夫なんだろうと言い聞かせる。それに今更どうしようもないし、ウェルも黙っておいてくれるようだ。彼もとても驚いていたが、その気持ちはよくわかる。この世界にも空っぽの旅人の伝説はあったのか、と全員が驚かされた。


「……とにかく、俺たちはこの奴隷みたいな生活にはもう耐えられねえ。俺も皆もそれだけの理由じゃねえけど……王様に会って直接訴えるしかない。だからまずはあの城壁を越えなきゃいけねえ」

「それで、あの場所で戦ってたんですか? 皆さん、血は出てませんでしたけど怪我をされて……」

「ああ。兵士に邪魔されたけど……あいつら、俺たちが仕事出来なくなったら困るから殺人や流血は避けるんだ。こんな扱いを受けるようになったのも城壁が出来てからだ」


 彼の決意は固い。絶対に何とかしてみせる、そう心に決めたのだろう。話を聞く限り、ますます怪しいのはあの青く光る柱だ。あの不自然さは降ってきたが故だとわかったが、魔法もないこの世界で“降ってきた”という現象自体がおかしい。

 手当てが終わると、中年の男性は体を起こしウェルに詫びた。さっき彼が言った通り、出血箇所は少ない。代わりに青い痣がたくさん見える。


「さっきはすまなかったな、勘違いして怒鳴っちまって……」

「そういえば、取り立て人って……?」

「俺らの仕事で出来たもの……作物とか織物とかを一日一回金と引き換えに取りにくる奴らだよ。下っ端貴族の仕事だ」


 今度はこちらに詫びた男性に、直樹は思い出したように尋ねた。そういえば、この男性は最初自分たちを取り立て人とやらと勘違いしたのだ。ウェルは代わりに答えながら、軽く荷物を纏めていた。


「さて、と。俺らはこれからまた戦わなきゃいけねえから反乱軍の拠点まで戻るぜ。行くとこないなら着いて来るか?」

「また戦うの? さっき戦ったばっかりじゃない!」

「あれは最初の作戦だ。次で決める」


 驚いてブレアは少し声を荒げたが、やはりウェルの決意は固そうだ。手当てが終わったばかりの男性もついて行く。ひとまず自分たちもついて行くが、一体この先どうすればいいのか。表情を暗くしたまま、無言でウェルたちの後ろを歩く。


「……そういえば、戦う理由は他にもあると言ったかね」

「ん、ああ……ちょっとな。俺の大事な人が城壁の向こうに居るんだ」


 そう言ってウェルは城壁の、さらに向こうを見据えた。懐かしむように。それから、彼はズボンのポケットから何かを取り出しこちらに見せた。彼の手の平に収まったそれは銀時計だった。


「城壁が出来るよりちょっと前に、この銀時計とペンダントを交換したんだ。もう会えなくなるかもしれない、けどまた会いたいからって……あいつが王女様だって知ったのも、その時だな」


 ぎゅっと銀時計を握り締めてから、それをポケットにしまい込む。それから彼は、思い出すように話し始めた。身分の差故に引き裂かれた王女との過去を。

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