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夢路の町と七人の迷子(6)

 唐突な出来事だった。あまりにも急激すぎる事態の展開に、誰もついていくことが出来ないでいた。誰が銃を握る可憐な娘の姿など想像しただろうか。冷ややかにリアを見つめるライラ。片手で銃を向けたまま動かない。


「痛いじゃ、ないですか……どうして、戦えるんですか? ねえ、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!」


 ぎらつく瞳。豹変した彼女の姿に、直樹は小さく悲鳴をあげ後ずさった。右手で傷口を押さえ、力無くぶら下げた左腕と手の中の包丁。先程は空を切ったその刃の銀色を見て、直樹はいっそう恐怖に苛まれた。

 リアは傷口を押さえる右手に力を込めた。そしてその手を離した途端、傷口にどす黒い霧状のものが集まっていった。それはみるみるうちに傷口を塞ぎ、すぐに跡形もなくなってしまった。


「……貴女、何者ですの」

「とんだ邪魔が入ったねえ……あたしは魔女さ。この町に呪いをかけ、この娘の体をちょいと借りてるんだよ。まあ、これから死ぬお前たちには関係のない――」


 リアもとい魔女は告げた。だが、その言葉が終わる前に、ライラは懐からもう一つ銃を取り出し容赦なく弾丸を撃ち込む。何発も、何十発も。弾がなくなればドレスのスカートの中――襞の部分に隠し持っていたらしい銃を次々と取り出しては撃っていく。完全に手慣れている。無駄のないしなやかな動きに直樹もダニエルも呆然と見とれていた。

 だがそれも空しく、魔女は再び傷口を塞ぐだけだった。それこそまるで魔女自身が砂や霧のようにさえ思えてくる。キリがないと判断したのか、ライラも攻撃を止めた。


「そんな攻撃効かないねえ……お前たちの仲間も洞窟に埋もれて死んだだろうし、もう勝ち目はないよ!」

「……騙したんですね!」


 悔しそうに唇を噛み締め、魔女を睨んだ。直樹は魔女の言葉に息を呑んだ――彼らが、死んだ。ダニエルも驚きと恐怖で顔を引き攣らせたまま動けずにいた。成す術がない。今度は魔女の全身から黒い霧が吹き出した。生き物のようにうごめくそれは、まるで捕食しようとするかのように三人に襲い掛かった――――はずだった。


 あと一歩で手が届くという範囲。寸でのところで、その動きはぴたっと止まった。霧の大元、魔女を見ると、その目は大きく見開かれたまま、少し下を向いていた。腹部を、一つの刃に貫かれていた。


「ったく、よくも騙してくれやがったな……!」

「おーいっ、無事かー?」


 魔女の後ろに二人の人物が立っていた。姿は見えくかったが、声でわかった。睦月とアロカだ。ならばこの刃は睦月の持っていた刀のものか。彼はそれを引き抜くことはせず、魔女は忌ま忌ましげに首だけ振り向いた。


「なあコレ抜いちゃ駄目か? 中身は魔女でもリアちゃん刺すなんてよお……」

「だーめ。ぜってーだめ。ライトに言われたろ! あたしたちはここで魔女を倒すんだからな!」


 情けない声で泣き言を言う睦月をアロカが諭す。どうにも間の抜けたやり取りだが、彼らの会話の中にライトの名前が上がり、強い安堵感を覚えた。多分、彼らはみんな生きている。今ここにいないだけだ。根拠はないが気持ちは高揚する。


「生きてやがったのか……! あたしを倒す? 馬鹿なことを!」

「――そうとも言えないぜ」


 開いていた窓から、ふわっと風が舞い込む。そこに黒い人影が舞い降りた。なびく金髪が目に入った。ライトだ。窓から降り立ち、魔女を睨んだ。睦月とアロカは顔を見合わせて勝ち誇った顔をしている。


「どうやら攻撃が効かないらしいが……これを壊したら、どうなるんだろうな?」

「貴様、それは……!」


 そう言ってライトがポケットから取り出したのは、鮮やかな色を取り戻したエメラルドグリーンのひし形の石。リアがこの町を救うために必要だと言っていた代物だ。もう彼らが出発する前のような濁った色はない。ライトはそれを床に転がすと、大剣を抜き先端を石に突き付けた。


「これは町を救うためじゃない、お前の力を増幅させるものなんじゃないのか? いや……命そのもの、か?」

「や、やめろ……そんなことしたら……」


 青ざめた表情で、ひどく狼狽している魔女。やはりか、とライトは内心呟いた。確信したなら躊躇う必要はない。ライトはその切っ先を、まっすぐに石へ落とした。小気味良い、小さな破壊の音。輝く緑色をこぼした。

 直後、魔女は首元を押さえ呻きだした。睦月はそれを合図に刀を引き抜く。苦しそうにもがき、手は震え、焦点の合わない目が大きく見開かれていた。耳が痛くなるほどの断末魔の叫びを最後に残し――ついに、魔女は事切れた。黒い霧は文字通り霧散し、消え失せた。意識を失ったリアだけが、そこに残った。


「よーし、一件落着だー!」

「……なんだね、死んだどころか傷一つ無いではないか」

「あのなあっ、俺らすっげー大変だったんだぞ!? だいたいあんた何もしてねーだろ!」

「やかましい! 私のような頭脳派に戦いを要求するほうがおかしいのだよ!」


 小躍りして喜ぶアロカ。完全に助けてもらったわけだが、今度はダニエルと睦月が揉めだした。直樹はどうして素直にお礼が言えないんだろうとか、何でこうすぐに突っ掛かるんだろうとか、考えてはみるがどうしようもない気がした。そして出るのはため息だけ。


「……もしかしてこれ、お前か?」

「はい。私、銃の扱いは得意なんです」


 ライトは床に散らばった銃たちを見て、その中心にいるライラに尋ねた。普段通りの慎ましく優しい彼女の姿がそこにあった。少し得意げに答える彼女に、ライトも予想していなかったらしく驚きでうまく言葉を返せなかったようだ。彼女は一体何者なのか、という疑問が新たに生まれた。

 直樹は恐る恐る、リアに近寄ってみた。手首を強く握ってみると、脈は正常に動いているのがわかった。口元に手をかざすと、彼女の呼吸を感じた。どうやら眠っているか気絶しているだけのようだ。ほっと息をついた。と、そこに階段を駆け上がる音がした。開いているドアから飛び込んできたのは、緑の髪の娘――ブレアだ。


「こっちは片付いたわよー! あんたたちも無事終わったみたいね」

「おっ、お疲れー。作戦大成功ってわけだ」


 さっきまで駆け回っていたのか、少し息を切らしているブレア。彼女は睦月たちとは別に宿屋の人達を眠らせていたのだ。アロカお手製の眠り玉というアイテムを使って。その後睦月たちが魔女を倒し、人々の体から黒い霧が出ていくのを見届けてからこちらへ来たのだ。

 この作戦は、馬に乗って町へ戻る途中にライトが考えたものだった。魔女がリアに乗り移っている確証はないため賭けではあったのだが、彼女を一人おびき寄せる。睦月の刀で魔女を押さえ、動けなくなったところをライトがひし形の石を壊すことによって撃退する。この石が弱点であることにも確証はなかった。いくつかの賭けに勝ったからこそ魔女を撃退出来た、そう言っても過言ではない。


『――……ありがとう』


 直樹とハイタッチしていたアロカの頭に、一つの声が聞こえた。洞窟で聞いた、リアと名乗る魂の声だ。一瞬でその気配は消えてしまった。だが同時に、床に倒れていたリアが目を覚ました。体を起こし、直樹たち七人を見回した。


「やっと、戻ってこれた……魔女を倒してくれたんですね。本当に、本当にありがとうございます……!」


 涙ぐむリアはこの上なく嬉しそうに笑った。洞窟にいた魂が体に戻ってきた、そんなところだろうとアロカは思っていた。あの魂たちはずっと洞窟に閉じ込められていたのだろうから。

 再び、階段を駆け上がってくる音がする。今度は複数、慌ただしく聞こえる。やって来たのは宿屋の人々だった。皆が皆、目に涙を浮かべリアの元に集まった。お互いを抱きしめ合い、中には号泣する者もいた。


「……良かった、本当に」


 その光景を見ていた直樹は思わず呟いた。皆夢中になって再会を喜んでいる。今はそうさせてあげるべきだと誰もが思い、七人の旅人はただただ見ていた。

 だが直樹の胸元で、羽根が再び淡い光を帯びはじめた。先程よりも強い光。それは直樹の全身を包み、次にライトたち六人の体を包んだ。光に包まれた体は、だんだんと透けていった。実体のない、幽霊のように。しかし全員驚きはしたものの、不思議と恐怖はなかった。何が起こっているかわからない、けれどこの光はとても温かいものだった。

 差し込む光にリアたちも驚いてこちらを見ていた。何事だ、と人々は騒ぐ。リアだけが一人、歩み寄り透明になりかけている直樹の手を取った。まだ手が触れる感覚は残っていた。


「どこかに、行ってしまうんですか……? 私たち、まだお礼も出来てないのに」

「……そうかもしれない、です。お礼は、もしまた会えたら」


 そう言った直樹に、アロカや睦月は大きく頷いた。また会えるかはわからない。彼女に言われて、自分たちはまたどこか知らない世界へ行くのかもしれないと思った。もしかしたら元の世界へ帰ることが出来るかもしれない。

 やがて直樹たちの体は、リアの手に触れられないほどに透けていった。最後に、見送る人々の声と、リアの言葉が聞こえてきた。またお会いしましょう、と。光の中に消えていった彼らを、リアはずっと見つめていた。不思議な英雄たちの姿を目に焼き付けて、彼女たちは平和な日常へと帰って行った。

第一章、これにて終了です。

まだまだ明かしていない設定盛り沢山です。←

直樹たちの旅はまだまだ始まったばかりです。

ぜひ末永くお付き合いいただきたい…!

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