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夢路の町と七人の迷子(4)

 “どうか、私たちの町を救ってください”――意を決して告げたリア。困り果てたその表情と、突然飛躍していった話の流れに目を丸くする一同。


「……とりあえず、話してもらえるか?」

「あ、はい……少し長くなりますが」


 少なからず動揺してはいるらしいが、比較的冷静なライトが彼女を部屋の中に通す。ぺこ、とお辞儀をして、輪の一環となり座った。


「この町はすごく平和で、小さいけどみんなが幸せに暮らしてるんです。でもその平和が守られてるのは、これのおかげなんです」


 そう言ってリアはポケットからひし形の石を取り出し、全員に見えるように円の中心寄りに置いた。少し淀んだエメラルドグリーンの、石というよりは宝石か。よく見れば自ら発光しているようだが、弱々しく点滅している程度だ。


「町から少し離れたところに、小さい洞窟があるんです。その奥には神殿があって、半年に一度この石を神殿の奥に持って行ってエネルギーを補給しないといけないんです」

「……しないとどうなるんだ?」


 尋ねたのは睦月だった。話を進めるにつれて、心なしかリアも自分たちも重苦しい表情になっている気がする。リアはといえば、答えに躊躇していた。とても良い話とは言えないのだ、答えるのも辛いのかもしれない。


「……ライトさん達は見ましたよね、森の狼たちを。町を守る力がなくなって、ああいう化け物が町を攻めてきます」


 リアは俯き、服の裾をぎゅっと握った。彼女の言葉を聞いて、ここへ来て初めに出会った存在を思い出す。光合成でもするのかとさえ思われる、濃い緑色の狼たち。それから、ライトが倒した巨大な狼。あれは人を襲うのだろうか。


「私たちの町には戦える人がほとんどいなくて……化け物になんか勝てないし、神殿にも行けないんです。あの洞窟は化け物だらけですから」


 そこで皆、話の大筋を理解したようだった。つまり、町の平和を守るために神殿に行かなければいけない。しかし道中危険がいっぱい、おまけにそれらに立ち向かえる人材がここにはいないと言うことか。


「つまり君は、そんな危険な役割を烏合の衆である我々に頼みたいと」

「す、すみません……図々しいのはわかってるんです、でも……」


 遠回りだが非難するような口ぶりのダニエル。リアはますます困り顔でおずおずと話す。藁にもすがる思いなのだろう、こんな得体の知れない集団に頼むくらいなのだから。


「……あの狼レベルなら、俺は問題ない。俺は行く」

「正気か君は? とんだお人よしだな」

「ただの交換条件だ。それに、戦えない奴を連れて行くつもりはない」


 立ち上がり、大剣を背負うライトにダニエルは呆れたような声色で告げた。良くない空気に直樹は内心落ち着かないでいた。


「お世話になるんだからそれくらいすればいいじゃない。あたしも行くわ」


 ライトに続き立ち上がるブレア。リアへと視線を移せば、遠慮がちではあるが嬉しそうに微笑んでいる。ダニエルは相変わらず不服そうな表情だったが、もう何も言わなかった。


「俺も行く。あんまり戦い慣れてるわけじゃねーけど」

「あたしもー! 戦いは専門だからな!」


 さらに続いたのは睦月とアロカ。先程は気づかなかったが、二人とも武器を所持していたようだ。睦月は後ろに置いていたらしい刀を取り出す。アロカは右手にボウガンを持って。


「四人いれば十分だろう。リア、場所だけ教えてもらえるか」

「は、はい……本当に、ありがとうございます……!」


 リアは心底嬉しそうに笑った。目尻に涙を浮かべているのがわかる。直樹は彼女の顔を見て良かったと思いつつ、同時にライトたちの行動力に驚いていた。どんな相手かもわからない、命の危機に晒されるというのに、あっさりとそれを承諾してしまう彼らが。それほどまでに自信があるのだろうか、改めて考えてみて、少し不安になった。


 ライト、ブレア、睦月、アロカの四人は町の外で馬車を待った。すぐ近くまで案内してもらうらしい。残りの三人は宿屋で待機。目的地からさほど離れているわけでもなく、大事が無ければその日のうちに帰ってこれるそうだ。宿屋の前で彼らと馬車を見送り、直樹はしばらく何をしようかと考えていた。ふと横を見た時に、ライラと目があった。


「……私たちは、お喋りでもしてましょうか?」


 純粋な笑顔に背中を押され、直樹は頷きダニエルはため息をつきながら部屋へと戻った。


**


 馬車に揺られること約三十分、ようやく停止した。鬱蒼と生い茂る木々の中に、進めと言わんばかりにまっすぐ一本の道が開けている。暗い森の中に一つ、やや不気味にも感じられる。ここを抜けた先だと告げられた。ライトが先頭に立って彼らは進み始めた。


 張り詰めた空気の中、誰も一言も喋らないまま奥へ奥へと進んでいく。襲撃を受けるなら左右の森の中からだろう、誰もがそう思っていたからこそ警戒心が強かったのだ。だが、何事もないまま洞窟に着いてしまった。行き止まり、目の前にぽっかり空いた大きな穴を見つけた。


「真っ暗……ね」

「何も見えねー……けどまあ、引き返せないよな」


 そう、明かりも何もないらしく奥の様子がまったくわからないのだ。これにはさすがに足を止めざるを得なかった。しかし睦月の言う通り、戻ることは出来ない。皆が彼の言葉に頷くと、再び足を進めた。

 だが先頭のライトが洞窟の中に足を踏み入れた途端、洞窟の中に突然光が満ちた。燃える火の音。左右の壁にある松明が燃えている。進めば進むほど、それに呼応するかのように松明に火が点されてゆく。しばらく進んだ先に、複雑な模様が描かれた壁が見えた。彼らの訪れを察すると、壁は扉のように開き彼らを通す。その奥に少し開けた場所を見た。


「……あれ? もしかして……着いた?」

「えー化け物なんかいなかったぞ! つまんねー!」


 着いた場所、そこは天井の高い円形の部屋だった。壁も天井も至るところに謎の紋様が刻まれてある。中心には四角い石碑と、その真ん中にひし形の窪みを見つけた。部屋全体が神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「確かに変だな……危険も何も」

「ラッキー……なのかしら」


 さすがにライトもブレアも首を傾げた。化け物が襲ってくるどころか、敷かれたレールの上をただ歩いてきただけだ。あの森で何も襲ってこなかったのは偶然かもしれないが、やはり何か話と違う。


「まあ……とりあえずやることやって帰るか?」

「そうね。直樹たちも待たせてるわけだし」


 何かと消化不良な部分はあるが、ひとまず任務を果たすことにした。ライトはポケットからひし形の石を出す。リアから預かったあの緑色の石。改めて見比べてみても、サイズは完全に一致する。やはりここのためにあるのだ。睦月とブレアが見守る中ライトは石をはめ込む。アロカは一人不満げに口を尖らせていた。


『――――……けて』


 ぴく、と少し体を反応させた。アロカだけ。何か聞こえた、気がしたのだ。きょろきょろと辺りを見回すが、先程と変わった気配はない。他の三人の声でもなさそうだ。


『……す、けて……助けて……!』


 だんだん声量は強まっていき、言葉もはっきり聞こえるようになった。痛いほどに頭に響く。直線頭の中へと声が送り込まれている、ような。思わず頭を抱え、呻き、座り込んだ。異変に気づいた睦月が駆け寄る。


「だ、大丈夫か!? どうしたんだよ急に――」

「……っ声が、聞こえた……助けて、って」


 頭の中で反響を繰り返していた声。だんだん収まってきて、頭痛も消えていった。ブレアとライトも気づいたのか、アロカのもとへと駆け寄ってきていた。睦月の手を借り、立ち上がる。もう一度辺りを見回した。


「……誰もいねえよな」

「いるんだよ。目には見えねえ、魂だけの存在が」


 アロカは天井を見つめたままそう告げた。だが彼女の言葉を理解できた者はいない。皆が疑問符を顔に張り付けていた。構わず彼女は言葉を続ける。


「あたし、生き物の魂の声が聞こえるんだ。会話もできる。木とか花とか、犬とか魚とかもみんな」


 そう言って目を細め、また少し痛みに顔を歪めた。今度はアロカのほうから、声の主に接触を試みる。相手は草花や動物と違って掴めない存在なのが少し厄介ではある。


『私たちの声が聞こえるなら……今すぐここを離れて……そして、私たちを助けて……』


 頭の中に響く声に、アロカは怪訝そうに眉をひそめた。悲しそうな、それでいて苦しみが伝わってくるような声。それに、どこかで聞いたような声だった。どういうことか、と問いただす前に再び声は響く。


『ここはじきに崩れます……魂だけの私たちには何も出来ません。どうか、町を救ってください……』

「……あんた、一体……」

「アロカ……何がどうなってる?」


 どこか切迫感のある声に妙に気持ちが焦り、不安を掻き立てられる。アロカの頭に一人の人物が浮かんだ。何かが繋がりそうになったところで、ライトの声にはっと現実に引き戻されたような感覚を覚えた。そして伝えた。声なき声を代弁した。今まで聞いたもの、そして再び聞こえたものを。


『……私の名前はリア。幻覚に騙されないで……どうか助けて、魔女に乗っ取られた私たちの町を』


 その声を最後に、魂の気配は消え失せた。同時に響き始めた轟音、そして地震。ひし形の石をはめた石碑は淡い光を放ち始めた。


「――逃げるぞ! 走れ!」


 呆然と立ち尽くしかけた四人だったが、すかさずライトの指示が飛ぶ。走り出した彼、それに引っ張られるように続いて走る三人。アロカは一度だけ後ろを振り返ったが、轟音に埋もれてもう何も聞こえなかった。命からがら逃げ出し、再び後ろを向いた。轟音は次第に消え、視界に映る洞窟は先程と変わらず暗闇が口を開けて待っていた。


**


「電話……? これが電話だと……?」

「かっこいいですね! 直樹さんの世界は凄いです!」


 部屋に戻ったところで、現在ダニエルとライラは直樹の携帯電話に夢中になっていた。ついいつもの癖でポケットから取り出し時間を見たところを捕まった。圏外ではあるが一応動く。その時、ドアを二回ノックする音を聞いた。


「リアさん?」

「あ、ここにいらしたんですね。私夕飯の支度で台所にいますから、何かあったら言ってくださいね」


 直樹が首を傾げると、幸せそうな微笑みを浮かべそれだけ伝えて出て行った。忙しいのだろうか、とそんな彼女を見て考えていた。部屋を出たあとも、彼女はずっと笑っていた。とても満足そうな顔で。

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