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夢路の町と七人の迷子(3)

「お前……空っぽの旅人って、それ……」

「出会ったら無理矢理どこかへ飛ばされる、とかいう胡散臭い奴かね」


 目を丸くしている直樹たち。初めに口を開いた睦月に、付け加えるように白衣の男は言った。それにライトは頷くと、全員の表情を見回してから再び話し出す。


「俺はただのお伽話だと思ってたが……どうも違うらしい。軽く自己紹介してみればわかる。俺はライト、龍と暮らす世界で裏稼業をやっていた」


 まだ掴みきれず腑に落ちないライトの言い分だが、かといって自分がわかっていることもない。多分誰もがそうだったから、唯一の希望と言っても過言ではないライトを自然に頼る。

 彼が話したあと、赤髪の少女が何か言いたげに口を開いた。だが彼がそれを手で制した。あとでな、と言って聞かせて。少女が少し不満げではあるが引き下がったのを見て、それから彼は睦月に視線を向けた。


「んーと、俺は睦月。神と人間が一緒に暮らす世界にいて、こんなだけど俺も神様の端くれだ」


 ライトの視線を受け取り、やや照れくさそうに述べる。自己紹介に慣れていないのか、どこかぎこちない様子。少し尖ったような綺麗な銀髪に、金色の瞳。健康的な肌色、背はそれなりに高いと思われる。歳は二十歳前後だろう――どこを取っても、神様という感じを与えない。

 もちろん誰もがその点を追及したかっただろうが、ライトの制止がかかるということは容易に考えられた。睦月は隣にいたドレスの女性に目を向けた。


「ライラ・エルカロッツと申します。私の所はこことよく似た世界です……私自身も、大層な人間では」


 薄い紫の、ウェーブのかかった長い髪。同じ色の瞳。二十歳前後とおぼしき彼女。色白で整った顔立ち、そして身に纏う薄い金色のドレスも相まって、上品さが彼女全体から溢れ出ている。伏し目がちに大層な人間ではない、と言ったが直樹の目にはいかにも育ちが良さそうなお嬢様に見えていた。

 彼女のいた世界がどのようなものかはよくわからなかった。特徴が上げにくいのか、上げられないのか。


「……ダニエル・コーリオだ。貴族の醜い権力争いの世界、とでも言っておこうかね。私はただの研究者だが」


 時計回りに自己紹介は進んでいく。終始不機嫌そうな顔と声色。皮肉たっぷりな言い方がとにかく印象的だった。貴族のいる時代、と言われると直樹はやれ藤原氏だやれ摂関政治だと言われていた平安時代か、産業革命当時のイギリスなどヨーロッパ諸国が頭に浮かぶ。あくまでイメージだ。

 濃紺の髪、歳は三十前後だろう。不健康に青白い肌色、体型はやや痩せているようだ。銀縁メガネの奥から銀色の瞳が見える。研究者と言われて直樹が想像するイメージぴったりの人物だった。


「あたしはアロカ! シルハ様の御神木のもとにみんなで暮らしてて、あたしは狩りとか担当の働き手だ」


 長い深紅の髪に赤い瞳の少女はニコニコ笑いながらそう述べた。しかし彼女の説明が一番掴めなかった。思えば彼女の容姿――胸部を白い布で覆った上に薄手の上着、茶色のショートパンツだけだ。どうにも原始人に近いものに見えてくる。少し日焼けした肌色の腕や足には傷も多く見られる。

 見たところ直樹と歳は変わらない。華奢な体つきだが、胸だけは際立って豊満だった。歳のせいもあってか余計にそう思える。


「ブレア・レクシウスよ。勇者様と魔王を倒しに行く途中だったんだけど……。職業は魔女、あんまり強くないけど」


 まるでRPGのキャラクターじゃないか。直樹はそう叫びそうになった。自分とアロカの間にいるブレア。緑のまっすぐなセミロングの髪と、言われてみれば魔女らしい黒のとんがり帽子。モノクロ調の服とスカート。左手には緑の宝石らしきものがついたバングル。瞳は透き通った金色で、身長はさっき並んだときに男子としては小柄である直樹と変わらないことが判明した。ちなみに胸はとても哀れみを覚えるサイズ。

 魔女と言うからには魔法を使うのだろうか、と直樹はひそかに興味津々だった。だが自己紹介がついに自分に回ってきたことに気づき、慌てて意識をそちらに戻す。


「あ、えっと……直樹、高岡直樹です。二十一世紀の日本って国の……ただの高校生です」


 拙い自己紹介をしながら、もしかしたら自分が一番彼らと掛け離れているのではないかと思った。時間軸が一緒なのかもわからない、もしかしたら遥か未来の人間がここにいるかもしれない。

 それでも直樹は普通の人間なのだ。各々にとっては自分が一番普通かもしれないが。日本のある地域の、そこそこ良い高校の一年生。背も低く華奢で童顔、黒髪黒目。持ち前の強運以外は、何もかも普通のつもりだ。


「……なるほどな。やっぱり全然違う世界から来てる」

「すげえなー、みんな面白いな!」


 眉間にしわを寄せて考え込むライトと、キラキラと目を輝かせている何も考えていなさそうなアロカ。対照的と言えば対照的だ。だがみんな面白い、というのには同意だった。この短時間で、聞きたいことが山ほど出来た。多分まだその時ではないから黙っているが。


「あと一つ、俺とブレアは検証済みだが……このマークが体のどこかにないか、探してみろ」

「な……何だねその気味の悪いマークは!」


 言いながら手にはめていた白い手袋を外し、左手の甲を差し出した。まず、声を荒げたのはダニエル。しかしその反応は無理もないと直樹も思っていた。一筆書きの黒い線で描かれた星の中にある、一つ目。リアルさとどこかこちらを見つめているようなその目には気持ち悪いとしか言いようがなかった。


「……うげ、これじゃね」

「あたしもあったぞー」

「私も……あ、ダニエルさんは首の後ろにありますわよ」


 非常に苦い顔をした睦月。服の袖を捲り上げると、右腕に見つかった模様。アロカは右の腰にあったようだ。前は開いているものの上着で隠れて見えなかったらしい。ライラは小さく左胸の上のほうを指で叩いている。ダニエルは首の後ろ、ということで当然見えはしないのだが――一つ、深いため息をついた。


「ちなみにあたしは太ももにあったわ。直樹、見つかった?」

「あ……はい、って何これ……?」


 そう言ったブレアの左の太ももにはあのマークが覗いていた。声をかけられた直樹はと言えば、腕や足には見つからず服の中も探してみたところ、鎖骨の辺り、ど真ん中に見つかった。だがそこで妙なことに気づく。首に何か、ネックレスのようなものがかかっている。服の中に潜り込んでいたらしいそれを引っ張り出す。


「……鳥の、羽根……?」


 革紐に付けられていたのは、綺麗なオレンジ色の鳥の羽根。思わず魅入ってしまうほどに美しい。他の六人も食い入るように羽根を見つめていた。


「いーなー、どこで見つけたんだよそれ」

「え、あ、いや……こんなもの、僕は持ってなかったはずだけど……」


 アロカは一際興味があるようで、また目が輝いている。だが直樹はこんなものに見覚えがない。持っていた記憶も拾った記憶もない。だから余計に混乱した。


「ひとまず、マークは全員にあった。ここに来る前はなかったものだ……間違いなくこの現象に関係してる。それ以上のことは知らん」


 きっぱりと言い切ったライトに少し表情が曇る。彼が何でも知ってるはずがないのに。だけどこの現象に関係しているのならば、この現象が空っぽの旅人によるものならば。今はわからずとも、何か意味があるものなのだろう。


「俺が今言えるのはこれくらいだ……その羽根も、わからないが何か意味があるんだろう。とにかく今は、今後どうするかだ」


 ライトが少しだけこちらに視線を向けた。全身真っ黒い服に身を包んだ長身の彼。後ろで纏められた綺麗な金髪、透明感のある青い瞳、整ったどこか気品のある凛々しい顔立ち。そういえば彼は裏稼業、と言ったが……これは言及しないほうが良いのかもしれない。


「幸い、ここは町の中なら安全だ。この宿屋の娘のリアには許可を貰ってるから、俺はここを拠点にしばらく過ごすつもりだ。お前らはどうする?」


 ライトの問い掛けに、全員困ったような表情になってしまった。これからどうするのか。どうするべきなのか。帰りたいという意見が多そうだが、帰り道は誰にもわからない。


「あたしはライトに付き合うわ。信頼できそうだし、途中まで手は組んだんだし」


 ブレアのその言葉を聞いた途端、何故か直樹は「この人素直じゃないな」と内心呟いた。何故だろうか。ライトは一度了承の意味を込めて頷くと、他へと視線を移す。


「気は進まないが、彼に付き合うのが賢明だろう。まず安全は確保されるだろうし、必要なら私の知識を貸してやらんこともない」

「俺は自分の身くらい自分で守れるけど、土地勘も何もねーし、しょーがねえからお前に付き合ってやるよ!」


 素晴らしく素直じゃない意見。思わず直樹は苦笑いを浮かべた。安全は確保されるのだろう、ライトはあの化け物を一人で倒していた。彼の言葉は裏を返せば、町の外は危険ということになる。あの森のような場所のことだろうが。ちら、とライトを見れば、彼も一つため息をついた。

 そうなると流れが流れだ。ライラは睦月がそうするなら、と。アロカは面白そうだから、と。直樹も慌てて、じゃあ僕も、と。役に立てる気がしないが。そういうわけで、結局全員が行動を共にすることになった。


 ちょうど話が一段落したところで、ドアを二回叩く音がする。絶妙なタイミング。ライトがドアを開けると、そこに立っていたのはリア。肩辺りで切り揃えた明るい茶髪に、同じ茶色の瞳。小柄で可愛らしい彼女は、困ったように少し笑いながら話があると言った。


「……つまり、皆さん全員がここに泊まりたいということですね」

「ああ。唐突ですまないが……」

「大丈夫ですよ。ただ一つ……出来ればなんですけど、お願いが」


 簡単に全員ここに拠点をおきたいという旨だけは伝えた。不確定要素が多いうちは、細かいことは割愛するに限る。神妙な面持ちでやや俯いたままのリア。間を置き、意を決して顔を上げた。


「……どうか、私たちの町を救ってください」


 どう考えても、訳ありなヒーロー誕生フラグ。

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