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夢路の町と七人の迷子(1)

 ――そうそう、さっきの質問の続きだ。例えば、とある学園ドラマの世界に自分が入れたら……と考えてみようか。まあ一般的に見て、自分がエキストラというエキストラ、生徒Aになる妄想をする人間は少ないだろう。ヒロインの成り代わりだったり、またはそこに新たな“自分”という存在を付け加えるのがベストかな。快活で誰からも好かれている、それでいて誰もが美男美女だ。まず実現は難しいだろうけど、無い物ねだりの行く末なんだろうねぇ。良いじゃないか、私だってそんな人生を送ってみたいよ。頭の中くらい思い通りにさせてもらいたいものだからね。まああくまで例だ、聞き流してくれて構わない。

 話は戻るけど、例の旅人君はそんな各の立場すら変えかねない。もしかしたら飛ばされた先で君は学園のアイドルかもしれない、RPGの主人公かもしれない、国を治めてるかもしれないじゃないか! ま、逆に言えば栄華の頂点から奴隷の立場にまで成り下がる可能性もあるんだけど。飛ばされた先のことなんて誰も知らない、彼が引き込む『ゲーム』の詳細を語れた人間なんて居やしないんだからね。

 それより、一つ疑問が生まれないかい? 飛ばされた後、元々いた世界でその人はどうなってしまうのか。……失踪事件になる、そう考えるんだね君は。うん、馬鹿だね。やだなあ、何危ないもの構えてるのさ。それ包丁ね、食材に向けるもの。君に食べられるなら本望だけど。いいかい、よく考えてみるんだ。君は今までそんな失踪事件を耳にしたことがあるかい? ないだろう。怖いじゃないか、実際に人がどんどん神隠しに遭ってるなんて知ったらさ。旅人に出会ったらね、その人も彼と同じ“異端”になってしまうのさ。つまり、世界の理から外れた存在――その人は、初めからその世界に居なかったことになるんだよ。

 何故私がこの世界で誰かが『ゲーム』に引き込まれているとわかるのか、だって? ……どうやら今日の私はお喋りらしい。お前は何者だ、なんて野暮な質問はするものじゃないよ。これ以上話したら、これからの楽しみが減ってしまうだろう? だから、ね。この続きは、“彼ら”の旅路に進歩が見えるまで。


**


 どのくらい、時が経ったのだろうか。真っ逆さまに落下していく感覚の中で、直樹はやがて意識を手放し夢を見ていた。見知らぬ人たちとの輪の中で、自分はとても楽しそうに笑っている。どこか暗い場所で、燃える焚火を中心にして。みんながみんな、姿も年齢も異なった人たち。だけど、一人残らず笑顔を浮かべていた。夢はそこで途絶えた。そして直樹は目を覚ます。


「――……生きて、る……?」


 誰に言うでもないのだが、思わず疑問形になってしまった。地に伏せていた体を起こしぺたぺたと体を触ってみるが、異常なし。服もあの時の制服のまま。

 立ち上がり、今度は周りを見回してみる。一面、暗く深い緑色に覆われている。日の光がよく見えない、少し深い森だか林だかの中にでもいるのだろう。とにかく、もっと明るい場所に出よう――そう思い、適当な方向へ歩き出した。


 だがすぐ、直樹は足を止めて息を呑んだ。暗さのせいでよく見えなかったのだろうか――目の前に突如、緑色の狼が立ち塞がる。この木々に同化するような、深い緑色。その一匹に倣うように、一匹、また一匹と姿を現す。すでに足がすくんでいた。狼と出会った時の対処法など、都会育ちの直樹が知っているはずもなく。走って逃げ切れるとも思えない。

 直樹が動く前に、狼たちは動いた。群れのリーダーらしき一匹が、遠吠えをした。それを合図に、狼たちが地を蹴った。蹴った、はずだった。


「――う、うわあああああああっ!」


 こちらへ襲い来るコンマ数秒前に、狼たちは謎の襲撃にあった。銃撃らしきものを受け、鳴き声をあげて地に伏せる狼たち。わけのわからなさに、直樹は反射的に叫んだ。また新たな何かが来たのか――未知への恐怖を抱く彼の視界に、木の上から降り立つ人影が映った。その人が、こちらへ走り来る。緑の髪の、女性だった。


「何ぼーっとしてんのよ! こっち、早く!」


 いきなりまくし立てられ、乱暴に手を引かれて走り出す。女性ではあるが、早い。何度も転びそうになりながら彼女に手を引かれ、走る走る。しばらく走ったあと、女性は足を止めた。景色は先程とさほど変わらない。


「……あ、あの……? これ、いったい……」

「しっ、まだ終わりじゃない。ったく、しつこいわね」


 トーンの低い声で、女性は直樹の言葉を遮る。そして今、彼女のおかげで気づいた。至る所から、狼がこちらを見ている。やがて一匹が再び遠吠えを始める。今度はそれに倣い、狼たちが合唱するように遠吠えを始める。突如、ひどく重みのある音が地に響いた。地面を揺さぶるような音と共に、目の前にその巨体は現れた。


「……う、え、ええええええええええ!?」

「やっと出たわね! ほら早く逃げなさい!」


 緑の狼を、何十倍にも膨らませたもの。言わばそんなところ。あんな巨体がいつ、どこから出て来たというのか。わけのわからなさに再び直樹は叫んだ。対照的に、女性はこの展開を待ち望んでいたかのような反応だ。理由を問う暇もなく、直樹は背中を押されて走り出す。

 あの巨体が幸いしたか、走り来る様子はあるのだがさほど早くない。そして今追いかけて来ているのはこの巨大狼だけ。女性はと言えば、自分の横を走りつつ時折振り返って攻撃を仕掛けていた。見た目は水鉄砲にしか見えないが……目を狙っているせいだろうか、なかなかのダメージを与えているように見える。


 そして、ようやく開けた場所へ出た。先程より明るく、辺りがよく見渡せる。そこで女性は足を止める。直樹もそれに倣う。女性は横に提げていた小さな銃らしきものを取り出した。何かを装填し、一発、二発、赤い実が弾けた。追ってくる狼の目を見事に狙い撃つ。途端に、狼が怒り狂ったかのように吠える。あまりの轟音に、直樹も女性も耳を塞いだ。目に何か異常を引き起こすものだったのだろうか、狼はやや左右に蛇行しながらもこちらに突進してきた。


「――ッライト! 来たわよ!」


 女性が声を搾り出し、誰かの名前を呼んだ。それを合図に、また木の上から人影が飛び降りた。深い黒に身を包んだ人物。金髪を後ろで一つに纏めてあるらしい。男か女か、それだけでは判別が難しい。背中に見えるのは大きな……剣、だろうか。人影は、突進してくる狼の進行方向に降り立った。全くスピードを緩めずに、走り来る。危ない――そう声を上げようとしたところで、直樹は目の前が真っ暗になった。


「ちょ……っ何、するんですか!」

「子供が見るものじゃないわよ。おとなしくしてなさい」


 そう、女性が目隠しをしてきたのだ。彼女の言い分は自分が子供だから血が出たりするのを見るな、とかいうことだろうか。しかしそもそも子供扱いが不満だった。確かに背も低く体も華奢で童顔だが、もう十五歳を迎えている。それにこの女性ともさほど歳が変わらない気がするから、余計に不満だ。

 結局女性が目隠しを外してくれないうちに、あの巨大狼のものであろう断末魔の叫びが聞こえる。つまり……倒した、ということなのだろうか。全く状況が掴めない。


「ブレア、何遊んでる。そもそもこいつは誰だ」

「何よ、血を見ないようにしただけでしょ!? 森で迷子だったみたいだからついでに連れて来たの」


 そんな会話を耳で聞き取った直後、ぱっと目隠しが外された。すぐ近くにあの金髪の青年の姿があった。声を聞いて、姿を見て初めて彼が男なのだとわかった。彼のずっと後ろで倒れている巨体が見える。散々不満には思ったが、やはり血を見るのはやめておこうと直樹は視線をそらした。


「……変わった服装だな。お前、どこから来た」

「え、えっ、と……日本から、ですけど」

「……なるほど、こいつもか」


 ひとりで納得したように呟き、どういうことかと聞く暇もなく背中を押され歩き出す。名をブレアと言うらしい女性が、こちらに同情するような視線を向ける。結局何一つとしてわからないまま森を抜け、突如現れた日の光の眩しさに思わず目をつむった。


「ライトさん、ブレアさん! お疲れ様です……あれ、その人は……?」

「森でこいつが拾った。どうやらこいつも俺たちと同じらしい。化け物も倒したし連れて帰りたいんだが」

「まあ、そういうことなら大歓迎です! お部屋ならまだ空きがありますから」


 森を出た直樹たちの目の前に馬車が現れる。中から一人の女性が降りてくる。こちらへどうぞ、と手招きする彼女に促され、あの二人と場合に乗り込む。電車に乗る時とはまた違う揺れを感じる。かけられた布の隙間から景色を眺め、自分の置かれた状況の意味不明さに呆然としていた。

 青々とした空、雲一つない快晴。遠くに広がる山々と緑。直樹の見慣れたビルやマンションはどこにもない。


「色々と頭が混乱してるだろうが、全部現実だ。詳しいことはあとでな」

「もう着きますよー! 迷子の旅人さん、アヴィ・ジオナの町へようこそ!」


 ライトの淡々とした言葉のあとの、女性の明るい声が妙に頭に残る。顔を外へ出して見れば、“AVI SIONA TOWN-A”と書かれた大きな門が出迎えてくれた。それを見た瞬間、まるで夢でも見ているかのような感覚に襲われた。見ているものも、聞こえてくるものも、すべて現実。なのにどこか浮世離れした、不思議な感覚。夢のような現実は、直樹を見逃してはくれない。直樹は終始何も言えないでいた。



 そんな迷子たちの姿を、遠い場所から青年は見ていた。心の読み取れない、虚ろな緑の瞳でじっと見つめた。彼が今何を思い、迷子たちを見ているのか。それは誰にも、彼自身にすらわからないこと。ただ密かに、迷子たちの旅の始まりを見守っているだけの空っぽの存在。一瞬目を伏せてから、彼はその場を立ち去った。

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