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城壁の向こうの想い人(5)

「ああ、なるほど――……ってバッカじゃないの!? どこが平和的解決よ!」

「こ、この私に向かって馬鹿だと!? 君にはこの差がわからないとでも言うのかね!?」

「あーもう、二人ともうるせえってば!」


 今度二人を仲裁したのはアロカだった。彼女もすっかり呆れ顔だ。二人とも、今日はどうにもお互い突っ掛かりやすい気がするのだが、どうしてなのか。いや、自分たちの置かれているであろう状況を省みれば、理由は考えられなくもないだろう。目に見えないストレスという存在はじわじわと侵食してきているのかもしれない。


「……つまり、馬車を奪って、城壁の向こうへ忍び込むってことですの……ね?」

「その通り。念のため数人は変装したほうが良いかもしれん。中のことはまったくわからないのだからな」

「へえー、おっさん頭いい!」

「わかったら素直に褒めたたえたまえ。そして私はおっさんではない!」


 すかさず噛み付くあたりが意識してる証拠なんじゃないか、と直樹は内心思っていた。しかし口に出そうものならどんな皮肉が飛んでくるかわかったものじゃない。身を危険に晒すようなことはせず、ただただ作戦に感心するだけにしておく。


「……確かに、それならいけるかも……けど、みんなの怪我が治るまではまた耐えるしかねえな」

「何言ってる。次に取り立て人が来たときが勝負だ。俺たちが行けば良い話だろう」


 さらっとそう言ってのけるライト。これにはやはり驚いた面々もあったようで、ウェルをはじめ、特に直樹やダニエルは面食らった。


「いや、でもこれは俺たちの問題だし、迷惑かけられねえよ……!」

「その通りだぞ君は! 何故私たちが行かねばならんのだ!」

「五月蝿いな、お前たちじゃどうにもならないってことはさっき思い知ったんじゃないのか? ダニエル、お前は発案者なんだから同行するのは当たり前だ」


 少し苛立ちというか、怒りのようなものが混じった声だった。わずかながら含まれているそれに二人とも気づいたのか、それ以上言い返すことはなかった。ウェルは悔しそうな顔で俯いてしまった。どうしても、自分たちで何とかしたかったのかもしれない。


「……わかった。ごめん、本当にありがとう。けど頼む、俺一人でいい……一緒に行かせてくれ」


 懇願するウェルの瞳に、強い意志を感じた。ライトは無言で頷く。そうと決まれば、早速作戦を綿密に練る必要がある。ウェルの知る限りの情報をもとに、ひたすらに知恵を絞った。

 まず、この日はすでに取り立て人が来たあとだ。だからひとまず一日待たなければならない。仕方のないことであり、ウェルの休息も兼ねることができ好都合だった。次に来るのは明日の朝六時だそうだ。その時間にやって来た馬車を奪う。そして乗り込む――その先は、未知の世界だ。ウェルも反乱軍のメンバーも城壁の向こうに言ったことはないらしく情報がまるで無かったのだ。

 今回、夢路の町のように戦える者と戦えない者の二組に分けることはしない。しかし警戒のためというわけではなく、ダニエルは発案者であるから、睦月は自ら着いて行きたいと志願したから、直樹は世界を移動する際に必要かもしれない羽根を持っているからだ。他はもちろん戦えるからだが。


「……僕も、ですか」

「当たり前だろう、もし離れていた君だけ移動してしまったら我々に未来はないのだからな」

「直樹はあたしが守ってやるって! ライトも助けてくれるってさ!」


 羽根の件はまだ仕組みがわからない。だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、はいわかりました、と簡単に承諾できる話でもないはずだ。ダニエルはああ言うが道連れにできたことを喜んでいる気がしてならない。絶対に危険が付き纏う。情けないが身一つ守れる気がしない。アロカは軽快に笑っているが、一体どれほどの実力なのだろうか。



「ベッドが全部埋まっちゃってて、毛布しかないけどそれ持ってくる。場所なくて悪いな」


 この場所にあるベッドはすべて怪我人を寝かせており空いていないのだという。そう言ってウェルは毛布を取りに行った。つまり、直樹たちが寝泊まりする場所はこの階しかない。すべての部屋を見て回ったが、寝床に使えそうなのはこの部屋にあるソファ一つのみ。よって、あとは床で寝るしかない。


「……あたしソファがいい」

「何を言う、そこは年長者に譲るべきだろう」

「ゆ、床って寝れるんですか……? 初耳です……」

「俺もソファがいいなー」

「睦月はいらなくねー? あたしもソファがいいー!」


 嫌な予感がする。言わずもがな、だろうか。この空気は間違いなく、ソファ争奪戦が起きる。醜い争いの火蓋が、切って落とされようとしている。


「よしっ、じゃーここは平等にじゃんけんで!」

「そうね、それなら文句ないわ」

「運も実力のうち、というわけかね。良いだろう」

「ふふっ、私じゃんけんなら負けませんわよ!」

「ちょい待って! 俺じゃんけんとか無理だから! チョキとかできねーから!」

「……じゃんけんって世界共通なのか」

「いやもう世界ってレベルじゃないですよね」


 どうやらじゃんけんで勝敗が決まるらしいのだが、なんと全員が知っているという。それに疑問を持たなかった五人は何なのかと思うが、とりあえず見守ることにした。直樹は不参加だ、床でも良いのかと聞かれると頷けはしないが、あの中に入るのは少し気が引けた。


「ライトさんも参加しないんですね」

「あんなアホらしい争いに参加するくらいなら床で寝る」

「……ですよねー」


 そんなことだろうと思った。ものすごく気持ちはわかる。一歩引いて醜い争いを見ていたところ、どうやら勝者はライラに決まったようだ。然るべき人物が勝ち取った気がしてならない。


「まあソファはライラのものだけど、部屋は当然男女別でしょ? だからあんたたちは別室よ」

「なっ……部屋まで追い出されるとか聞いてねーぞ!」

「何よ、そんなの当たり前でしょ!? 一緒に寝る神経が信じられないわよ!」

「アホかッ! 何の心配してんだよ貧乳のくせに!」

「だ、だだだ誰が貧乳よッ! この馬鹿ああああああ!」


 今度は睦月とブレアの言い争いが始まった。なんでこうも騒がしいんだ、このメンツは。いがみ合う二人――いや、一人と一匹を置いて、追い出された男性陣は寝床にちょうど良さそうな部屋を選別しに向かった。作戦決行前夜。それぞれの心の内はともかく、それを忘れてしまいそうなほどに彼らはいつも通りだった。しかし気休め程度でも、不安な気持ちを紛れさせてくれる時間に直樹は感謝していた。

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