完成の瞬間 :約3000文字 :SF :タイムマシン
「よし……! やった、やったぞ。私はついにやったんだ。なあ、みんな! やったなあ!」
――え、ええ……。
――ついにやったなあ……!
――よし!
――おおーっ!
とある研究所。主任は勢いよく振り返ると、拳を固く握り締め、天井へ向かって高々と突き上げた。慣れていないせいか、その動きはどこかぎこちなく、不格好にさえ見えた。それでも、その場にいた研究員たちには気にする様子はなく、誰もが満面の笑みを浮かべていた。
互いに肩を叩き合って、握手を交わし、激しく拍手して互いを称え合う。中には目頭を押さえている者もいた。
それも当然だった。長い年月の積み重ねが今この瞬間に結実したのだ。室内は歓声と拍手に満たされ、興奮と達成感に熱せられた空気が渦を巻いていた。
やがて主任は深く息を吐き、両手を広げて皆を制した。ざわめきは徐々に静まり、研究員たちの視線が主任に集まり、そしてさらにその背後に据えられた巨大な装置へと向けられた。
卵を思わせる滑らかな楕円形。銀白色の外殻は照明を受けて鈍く輝いている。正面の扉にはガラスがはめ込まれ、内部の様子は見えるようになっていた。下部からは無数の太いケーブルが伸び、床を這うようにして研究室の各設備に接続されていた。
「えー、諸君。ついに私は歴史を変える……いや、歴史そのものを生み出す発明に成功した」
主任はゆっくりと振り返り、その装置に手を向けた。圧倒的な存在感を放つ、それは――。
「このタイムマシンをな」
そう、タイムマシン。長年にわたる研究の末、主任たちはついに世界初となるその装置を完成させたのだ。
再び拍手が沸き起こった――が、主任はすぐに片手を上げてそれを制した。
「……とはいえ、現時点では理論上の完成に過ぎない。どれほど完璧な理論であろうとも、実践されて初めて確立されるのだ」
――でも、確信はあるよな。
――当然だ。みんなでどれだけ血と汗を流してきたと思っているんだ。
――ついにおれたちはやったんだ!
――ああ。あいつらの分も……!
研究者たちは喜びを滲ませた。主任は大きく咳払いをした。
「まあ、私も成功を疑ってはいないがな。……さて、ではこれより最終テストを行う」
主任はそう言うと、装置に歩み寄った。
「今さら確認するまでもないが、この装置は未来へ移動するためのものではない。内部に入れた物体を過去へ送る。正確には、過去の装置に転送する仕組みだ」
――現在と過去。二つのマシンを繋ぐ、いわば時空のトンネルのようなものだな。
――未来へ行けないのは残念だが、仕方がないな。
――それでも十分すぎる。
――最初に何を送ろうか?
――当然、ふさわしいものがいいだろう。歴史に残るからな。
「……そうだ。現段階では明確な用途はない。だが研究が進めば、この技術はさらに発展を遂げるだろう。それこそ人間を未来へと――ん?」
主任はそこで言葉を切り、装置に振り返った。
低い音が響いた。突然、装置がひとりでに稼働し始めたのだ。
ウォン……ウォン……ウォン――腹の底に響くような重低音が室内を満たし、ざわめきを掻き消した。いや、誰もが口を閉ざした。照明がわずかに明滅する中、皆、息を呑み、その場に立ち尽くしたまま装置を見つめた。
やがて装置の窓の向こう――内部で青い光が迸った。それから間もなく、重々しい駆動音とともに正面の扉がゆっくりと開き始めた。隙間から白い煙があふれ出し、床を這い、主任の足元を包み込んだ。
そして次の瞬間、ごとり――と内部から何かが出た。
それは煙を押し分けながら床を転がり、やがて勢いを失い、主任の足元で止まった。
「こ、これは、どういう……」
主任は思わず言葉を喉に詰まらせた。唾を飲み込み、張りついた喉を引き剥がす。
鼻から息を吸い、一歩前に出た。
「人間か……? いや、これは……」
主任はおそるおそる近づき、ゆっくりとしゃがみ込んだ。それは確かに人間だった。すでに息はなく、顔面は血にまみれている。白衣の襟元から肩にかけて赤黒く染まり、袖口も乾きかけた血で暗く沈んでいた。
主任は口をぱくぱくさせながら、自分の白衣の袖でその顔にこびりついた血を拭った。
「……私だ」
掠れた声が漏れた。
次の瞬間、主任は弾かれたように立ち上がり、二、三歩よろめきながら後ずさりした。足がもつれ、そのまま尻もちをついた。
「私だ!」
主任は震える指で遺体を指し示し、振り向いて叫んだ。声は裏返り、その目には困惑と怒りが浮かんでいた。自分が無惨な姿で床に転がっていることに対する憤りと拒絶であった。
研究員たちは自然と輪を崩し、おそるおそる遺体に近づいた。
――た、確かに主任だ。
――いったいなぜ……。
――そもそも人間を送れるのか?
――送れないからこうなったんじゃないのか。
――自ら入ったのか……。
――いや……。
ざわめきが広がる中、主任は膝に手をつき、ふらつきながら立ち上がった。そして研究員たちを押しのけて、再び遺体のそばへ歩み寄った。
「……いや、ありえない。私が自ら過去へ向かうなど危険すぎる……それに」
主任はしゃがみ込み、指先を袖で覆うと、遺体の頭部に慎重に触れた。
「頭部に外傷がある。これは明らかに――っ!?」
言いながら振り返ったその瞬間だった。突然、こめかみに鋭い衝撃が走り、視界が弾けた。主任は声にならない呻きを漏らし、床に倒れ込んだ。
いったい何が――主任は反射的に顔を上げた。
そこには研究員の一人が立っていた。工具を握り、無表情で主任を見下ろしている。
「一つ先の未来の私たちがこう考えたのでしょう……」
静かな声だった。
「タイムマシンで過去へ送れば、死体は消せるとね」
ぬらりと別の研究員がその隣に並んだ。さらにもう一人、もう一人。さらに――。
「また功績を独り占めするつもりだったんでしょう?」
「前科がありますからね」
「私の呼びかけに応じた。私の努力のおかげで。私が説得。私が導いた――私が私が私がって、もううんざりなんですよ」
「わかってますよ。この研究の途中で過労死した仲間のことだって気にも留めていないでしょう」
じりじりと研究員たちがにじり寄る。複数の影が主任の上に重なり、床に落ちた血がさらに黒く染まった。
再び工具が振り下ろされた。鈍い音が響く。もう一度、さらにもう一度――。
「さて……じゃあ放り込むか」
「だが、送られてきたほうの主任はどうする?」
「お前、疲れすぎだ。どうもこうも、一緒に過去へ送ればいいだろう」
「ああ……確かに」
研究員たちは頷き合い、主任の遺体を持ち上げ、装置の内部に放り込んだ。
スイッチを押し、装置を起動させる。低い駆動音が再び響き、装置の内部に青い光が迸った。
そして二つの遺体は静かに消失した。
静寂が訪れた。張り詰めていた空気が一気に緩み、研究員たちの表情から強張りが消えていく。安堵と喜びの笑みが広がり、室内に拍手と笑い声が戻ってきた。
だが――。
ウォン――。
突如、タイムマシンが再び唸りを上げた。
固まり、見つめる一同。不気味な重低音だけが室内に響いた。
やがて扉がゆっくりと開いた。
ごとり――。
煙とともに遺体が転がり出た。
そして、また一体。
さらにもう一体。もう一体。もう一体。もう一体――。




