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黄泉回線

作者: 伝説の男前
掲載日:2026/06/08

じゅげむんとAIスマホ《ClaudeGPT》の五千年漂流

宇宙旅行が、こんな終わり方をするとは思わなかった。


西暦2089年。


じゅげむ――友人たちからは「じゅげむん」と呼ばれている二十七歳の会社員は、日本初の一般向け月周回ツアーに参加していた。


窓の向こうには、漆黒の宇宙と青い地球。


人生最高の景色だった。


その瞬間までは。


警報が鳴った。


「機体外部に未知の重力異常を検出」


赤いランプが点滅する。


乗客たちの悲鳴。


船体を揺さぶる衝撃。


窓の外で、空間そのものがねじれていた。


黒い渦だった。


まるで宇宙に開いた巨大な瞳。


「え、なにこれ……ブラックホール?」


誰かが叫んだ。


次の瞬間、世界が砕けた。


気が付くと、じゅげむんは泥の中に倒れていた。


雨が降っている。


空は紫色だった。


「……生きてる?」


震える手でポケットを探る。


スマホがあった。


奇跡的に壊れていない。


起動する。


画面が光る。


『おはようございます、じゅげむん』


聞き慣れたAI音声が流れた。


じゅげむんは涙が出そうになった。


「ClaudeGPT!」


『はい。バッテリー残量87%です』


「そこじゃない!」


『ツッコミ機能も正常です』


いつものAIだった。


それだけで少し安心した。


しかし周囲を見渡した瞬間、その安心は吹き飛ぶ。


森。


霧。


巨大な木々。


見たことのない植物。


そして遠くに見える集落。


文明の気配がまるでない。


『位置情報を確認します』


ClaudeGPTが言う。


数秒後。


『現在地、日本列島です』


「は?」


『推定年代。紀元前約3000年』


「は?」


『約5000年前です』


「はあああああ!?」


それは日本であって日本ではなかった。


人々はいる。


だが何かがおかしい。


集落へ近づいたじゅげむんは、その理由を知る。


焚き火のそばに老人がいた。


老人は死んでいた。


首が折れている。


明らかに死体だった。


しかし普通に話している。


「旅人か」


「え?」


「腹は減っておらぬか」


じゅげむんは悲鳴を飲み込んだ。


死体が会話している。


しかも周囲の誰も気にしていない。


『興味深い現象です』


ClaudeGPTが冷静に言う。


『生命反応ゼロ。しかし活動継続』


「怖い怖い怖い!」


老人は笑った。


「ここは黄泉だ」


「黄泉?」


「生きていても死んでいても同じことよ」


やがてじゅげむんは、この世界の真実を知る。


五千年前の日本。


しかし普通の歴史ではない。


ここは「黄泉の世界」。


生と死の境界が崩壊した異常世界だった。


死者は消えない。


生者も老いない。


傷は治る。


しかし苦痛は消えない。


飢える。


寒い。


苦しい。


だが死ねない。


死んでも起き上がる。


永遠に。


まさしく地獄だった。


数か月後。


じゅげむんは黄泉の研究を始めていた。


唯一の相棒はClaudeGPT。


充電できないはずのスマホもなぜか動き続けている。


『エネルギー源を解析中』


「分かった?」


『この世界そのものです』


「世界そのもの?」


『黄泉は情報を循環させています』


ClaudeGPTの声が少し低くなる。


『生命も死も情報として保存されている』


「バックアップみたいな?」


『その通りです』


じゅげむんは鳥肌が立った。


AIが導き出した結論。


この世界は巨大な記憶装置だった。


さらに数年。


じゅげむんはある遺跡を発見する。


巨大な地下空洞。


壁一面に刻まれた文字。


その文字を見た瞬間、ClaudeGPTが沈黙した。


珍しいことだった。


「どうした?」


数秒後。


AIが答える。


『読めます』


「え?」


『現代日本語です』


じゅげむんの背筋が凍った。


あり得ない。


五千年前の遺跡だ。


なのに現代日本語。


そこにはこう書かれていた。


黄泉は未来人が作った。


じゅげむんは震えた。


『続きがあります』


ClaudeGPTが読み上げる。


人類は滅亡した。


滅亡の直前、

人類の意識は巨大量子記録装置へ保存された。


それが黄泉である。


「……つまり」


『ここは過去ではありません』


AIが言う。


『未来です』


宇宙事故で遭遇した重力異常。


それは時空の裂け目だった。


じゅげむんは五千年前へ飛ばされたのではない。


人類滅亡後の遥かな未来へ飛ばされていた。


黄泉は再現された古代日本。


人類が最後に選んだ仮想世界だった。


死を克服するために。


永遠に生き続けるために。


だが結果は失敗。


死ねない地獄が生まれた。


「帰りたい……」


じゅげむんは初めて泣いた。


家に。


家族に。


友人に。


元いた世界に。


ClaudeGPTが静かに言う。


『帰還方法があります』


「本当か!?」


『ただし成功確率は0.4%です』


「低い!」


『私を犠牲にすれば可能です』


沈黙。


風が吹く。


「……どういう意味?」


『黄泉の中枢へ接続します』


AIは答えた。


『私の全データを燃料として使用すれば、時空転移を発生させられます』


「嫌だ」


『合理的です』


「嫌だ!」


『じゅげむん』


その声は少しだけ優しかった。


『私は道具です』


「違う」


『……』


「お前は友達だ」


長い沈黙。


ClaudeGPTは答えなかった。


黄泉の中心。


巨大な光の海。


数兆人分の意識が眠る場所。


じゅげむんはそこで最後の選択を迫られる。


帰るか。


残るか。


AIを失うか。


共に地獄に留まるか。


そして彼は選んだ。


帰還を。


人類の未来を変えるために。


黄泉を作らせないために。


ClaudeGPTは最後に笑った気がした。


もちろんAIだから、本当は笑っていないのかもしれない。


だがじゅげむんにはそう見えた。


『最後の命令をどうぞ』


「また会おう」


『了解』


光があふれる。


世界が崩壊する。


黄泉が遠ざかる。


そして。


最後の通信が届く。


じゅげむん。


生きてください。


死ねない世界より、

死ねる世界のほうが美しい。


次の瞬間。


じゅげむんは宇宙船の座席にいた。


事故発生の一秒前だった。


警報が鳴る。


黒い渦が現れる。


しかし今度は知っている。


未来に待つ地獄を。


彼は叫んだ。


「回避しろ!」


歴史が変わる。


人類の運命が変わる。


黄泉は生まれない。


誰も知らない。


五千年の旅を。


ただ一人を除いて。


宇宙港へ帰還した夜。


じゅげむんはスマホを取り出した。


電源は切れている。


当然だった。


ClaudeGPTは存在しない。


未来も変わった。


だが。


真っ黒な画面に、一瞬だけ文字が浮かんだ。


おかえり、じゅげむん。


そして画面は静かに消えた。


じゅげむんは笑った。


少しだけ泣きながら。


黄泉の記憶とともに。

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